第30話 祈り(パトリック視点)
「しかも一番厄介な、光魔法を使えるアンジェリカなる者が逃亡中。……いや、待て。アンジェリカ? 聖女かもしれぬと言われている、あのアンジェリカか?」
違うアンジェリカであってほしいという神官長の気持ちは分かるが、残念ながら、そのアンジェリカだ。
「そうです。しかもゾンビになっても回復魔法が使えるので、攻撃しても回復されてしまいます」
「アラン殿下たちを人間に戻した技を使うしかないということか」
「そう思います」
光魔法を含んだ聖水と、ヴィクトリアの《浄化の炎》であれば、アンジェリカを再び人間に戻すことができるだろう。
ただ、光魔法を含む聖水だけならば、神官や神殿騎士たちとの協力を得れば何とかなるのだが、《浄化の炎》を使えるのはヴィクトリアだけだ。
ネズミ算のように増えていくゾンビたちの攻撃をかいくぐってアンジェリカの居場所を探すのは、かなり困難になるだろう。
「確実に倒せるのか?」
神官長の突き刺さるような問いかけに、私は口を閉ざす。
正直なところ、やってみなければ分からない。
しかし、それ以外に方法はないのだ。
「……正直、分かりません。ただ、鍵はヴィクトリアだと思います。彼女の《浄化の炎》なら、アンジェリカを浄化する可能性がある。もっとも、アンジェリカが人間に戻るかどうかは別問題です。力が強大すぎるので」
もしかしたら、アンデッドと同じように、首を落として切断面を徹底的に焼くしか方法がないかもしれない。
その場合は、人間には戻れないかもしれないが……。
神官長はしばし沈黙した。
長い一日が終わり、窓から差しこむ日の光が茜色に染まっていく。
室内が暗くなっていき、神官長の顔に影を落とした。
「分かった。ヴィクトリア嬢が回復し次第、詳細を聞かせてもらおう。こちらもできる限り聖水を用意しておく。むやみに外に出るのは危険だが、学園や街を見捨てるわけにもいかない。今夜はひとまず、神殿で体勢を整えるとしよう」
「はい、承知いたしました」
神官長は一連の流れをまとめるように、机の上にあった羊皮紙へペンを走らせる。
私はその間、これからどうすればいいかを考えていた。
光魔法を含んだ聖水と《浄化の炎》でゾンビを人間に戻すのは十分可能だと判明したが、アンジェリカにだけは通用するかどうか分からない。
それに、ヴィクトリアが倒れるまで魔力を使わなくてはならないような戦闘が再び起きたら、彼女の身が持たないかもしれない。
神殿騎士である私が学園や王宮のために全力を尽くすのは当然だが、ヴィクトリアはまだ学園の生徒なのだ。
そこまでの負担を強いていいのだろうか……。
「ところでパトリック」
「はい」
物思いにふけっていたら、突然名前を呼ばれたので顔を上げる。
「名前を呼び捨てにするとは、ヴィクトリア嬢とはずいぶん親しいのだな」
からかうような気配に、言葉に詰まる。
神官長には、王位継承のゴタゴタから逃れるために神殿騎士になってからというもの、ずっと世話になっている。
だから下手な誤魔化しは効かないだろう。
「この緊急事態に、敬称をつけて呼び合う余裕はないと思いまして」
「ふむ。なるほどな?」
まったく信じていない顔で頷かれて、内心で舌打ちをする。
私自身の想いがどうであれ、彼女はまだアランの婚約者だ。私のせいで醜聞に巻きこまれて欲しくはない。
「とりあえずご報告は以上です。私も休めるだけ休み、明日に備えます」
神官長の返事を待たず、頭を下げて部屋を退出する。
貴賓室に寄ってヴィクトリアの様子を確かめたいが、今は女性神官が付きっきりで世話をしているはずなので、迷惑になるだろう。
そう分かっていながらも、扉の隙間から様子が見えないだろうかと未練がましく考えてしまう。
何というか、胸の奥が落ち着かず、居ても立ってもいられないのだ。
だが残念ながら扉は私が閉めた時のまま、ぴったりと閉じていた。
私は内心で残念に思いながらも、顔に出すことはなく、自室へと足を向ける。
石畳の廊下を歩きながら窓の外を見ると、夜の帷が神殿を包み始めていた。
外のゾンビが増えている様子はないが、結界の周辺には何らかの気配を感じる。
学園から間もなくしてここに来た人々は、果たしてどこまで疲弊しているだろうか。
回廊の先に礼拝堂がうっすらと見えて、キャンドルの光が美しく揺れていた。
神殿騎士として暮らす私は、その光を見て少し懐かしさに似た安らぎを覚える。
明日は新たな動きがあるだろう。
結界の外にいるゾンビをどうにか浄化する必要があるし、街へ広がるのを防ぐための作戦も立てなくてはならない。
その中心に立つのはきっと私であり、そしてヴィクトリアだ。
アンジェリカを倒せるかどうかは全くの未知数だが、私は自分の力を信じ、彼女の《浄化の炎》を信じて行動を起こすしかないだろう。
部屋に戻る前に、私は礼拝堂の扉を少しだけ開き、中を覗く。
祈りを捧げる神官が何人かいるが、私を見ると黙って会釈をくれた。
私もそっと頭を下げ、短い祈りを捧げる。
どうかこれ以上、被害が広がりませんように。そして、ヴィクトリアが無事に回復し、明日も一緒に闘えますように、と。
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