第26話 ゾンビからの回復
パトリック様も男子生徒が人間に戻ったのを見て安堵した。
「大丈夫か。ここから動けるか?」
生徒はまだ混乱しているらしく、わけもわからない表情のまま周囲を見渡している。
ひょっとすると、ゾンビ時代の記憶はないのかもしれない。
わたくしは、自分の魔法が焼き尽くすのでなく浄化として機能したことに胸を撫でおろした。
ここまではパトリック様の狙い通りだ。
「やりましたわ。成功ですね」
思わず口にすると、パトリック様も小さく笑みを返してくれる。
「どうやらうまくいきそうだ。ただ、魔力は大丈夫か? ここまでかなり無理をしているだろう」
聖水庫で休んだことで、少しだけ魔力は回復した。
けれど万全とはいいがたい。それでも……。
「……はい、ちょっと息が苦しいですが、……でも、救えるのなら頑張りますわ」
そうこうしているうちに、他のゾンビ化した生徒たちが、近づいてくる。
床に足を引きずる者、壁に寄りかかりながら力なく歩み寄る者。
動きは鈍いが、油断すれば噛まれてしまうだろう。
「二人を一度に浄化するのは難しいかもしれないな。私は剣で一体ずつ動きを制するから、君はタイミングを見て《浄化の炎》を重ねてほしい」
「分かりました」
パトリック様は息を整えると、銀の剣を構えた。
「行くぞ」
「はい」
パトリック様が銀の剣を振るう。わたくしは集中力を切らさぬように杖を構え《浄化の炎》を唱える。
再び白い霧がゆらめき、わたくしたちの連携攻撃が始まった。
パトリック様が狙うのは、ゾンビ化した生徒を傷つけすぎない場所だ。
剣の背で叩いたり、片足を刃先ぎりぎりで斬り付けるようにして転ばせたりと、かなりテクニックを要する戦い方をしている。
その隙にわたくしは狙いを定めては、聖水と銀の剣が描く軌跡に《浄化の炎》を注ぎ込み、ゾンビたちを浄化する。
「ぐあ、あぁ……」
ゾンビたちは唸り声を上げて倒れ、数秒後には肌と瞳の色を取り戻し、人間として意識を取り戻す。
手ごたえを感じたわたくしたちは、回復した生徒たちに神殿へ向かうよう告げると、そのままアンジェリカたちを探すことにした。
ここからならば、神殿へ向かう途中でゾンビと遭遇することはないに違いない。
途中、遭遇したゾンビたち浄化していくが、アンジェリカたちの姿は見つからない。
さすがにわたくしも、杖を握る手が震えるほど魔力を消費していた。
「これ以上は危険だ。一度神殿へ避難しよう」
「でも……」
生徒たちをすべて救えたわけではないし、元凶のアンジェリカも放置したままでは、またゾンビが増えてしまう。
「ここで君が倒れれば、ゾンビを倒す手段も失われてしまう。態勢を整えよう」
パトリック様に説得されて、わたくしは後ろ髪を引かれる思いで神殿への道を急いだ。
扉の割れた教室や散乱した机、床を覆う血の跡が、先ほどまでの学園の騒乱をまざまざと思い出させて、恐怖と怒りを募らせる。
半壊状態の廊下を慎重に進むと、突き当たりからくぐもった声が聞こえた。
「……う、うぅ……」
突き当りにいたのは、アラン殿下とトーマスとタイラーの三人だった。
アンジェリカの姿は見当たらない。
三人とも制服の袖や胸元が血で汚れ、瞳が虚ろに広がっている。
だが、アラン殿下だけは微かに口を動かし、喉を震わせていた。
「……ヴィク……トリ、ァァァ……」
名前を呼ばれて思わず立ち止まる。
うめき声しか出せなかったはずなのに、アラン殿下はわたくしの名前を呼んでいる。
助けてほしいからなのか、それとも憎しみからなのかは分からないけれど、アラン殿下は真っすぐにわたくしへと向かってくる。
呆然と立ち尽くすわたくしは、震えをこらえながらパトリック様に目を向ける。
パトリック様は剣を構えつつ、頷いた。
わたくしも、彼らを浄化するために、杖をまっすぐに構える。
ゾンビ化したアラン殿下はゆっくりと片手を伸ばし、唸り声を上げながらわたくしに近づいてきた。トーマスとタイラーも示し合わせたように同時に動き出す。
「くっ……!」
パトリック様が先手を打つ。銀の剣を引き絞りながら、刃の背でアランの腕を打ち払い、転倒させようと狙う。
一方、わたくしがアラン殿下に集中していると、死角から迫るトーマスの攻撃を受けそうになった。
「危ない!」
わたくしの足元を狙ったトーマスを、パトリック様が横合いに体当たりするように弾き飛ばした。
思った以上に三人の動きは素早く、しかもゾンビらしく痛覚が無いので斬撃程度では止まらない。
パトリック様は気遣いながらも、やむを得ず強めに剣を振るわなければならなかった。
トーマスもタイラーも、普段は実技科目で優れた成績を持つだけあって、ゾンビ化しながらも筋力や動きが鈍くなっていないのが厄介だ。
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