第21話 パトリック様の助け
逃げようと扉をくぐろうとした時、不意にわたくしは後ろを振り返った。
先ほど聞こえた声に、聞き覚えがあったからだ。
「パトリック様!」
驚きと安堵が入り混じった声が、自然と口をついて出た。
わたくしを助けてくれたのは、パトリック様だったのだ。
彼は銀色に輝く剣を振るい、アンジェリカたちを弾き飛ばしている。
だが、剣の刃の付いていない側で打ち払うだけ。
異母弟であるアランが相手にいて、彼を傷つけることができないからだ。
しかしそれでは十分な威力が出るわけもなく、アンジェリカたちはじりじりと距離を詰めてくる。
「パトリック様、危ない!」
わたくしは咄嗟に手を伸ばし、《浄化の炎》をアンジェリカに放った。
白い炎が一瞬にして彼女の髪を包み、燃え上がる。
「う゛う゛……あ゛ぁぁ……」
炎に焼かれたアンジェリカが、くぐもった声で唸り、後ずさる。
炎が広がる光景に、アランやトーマスも本能的に距離を取った。
「パトリック様、生徒たちは逃げました! あなたもこちらへ!」
わたくしは声を張り上げて彼に呼びかけた。
「しかし、アランたちをこのままにはしておけない!」
パトリック様は迷いなくアンジェリカの動きを見据えたまま答える。その正義感に胸が痛む。
アランから見ると、パトリックは自分の地位を脅かすライバルだったはず。
王位に興味がないと証明するために神殿騎士となっても、パトリック様は危険視されていたので、ひっそりと暮らすことを余儀なくされていた。
だからアランを恨んでいても仕方がなく、このまま見捨てたとしても無理はないというのに、身の危険を押しても助けようとするなんて……。
王としての資質は明らかにパトリック様のほうが上だ。
アランではなくこの方が王太子であれば、どんなに良かっただろうか。
と、その時。わたくしの目の前で異様な光景が広がった。
燃え盛っていたアンジェリカの体が、炎が弱まるにつれて元通りになっていったのだ。
焼けた髪は再び元の長さに戻り、ただれた肌も再生していく。
「アンデッドが……回復している、だと……?」
パトリック様の困惑した声が響く。その声は、わたくしの中の不安をさらに増幅させた。
「彼女……光魔法で回復したのかもしれません」
「そんなこと、あり得ない……!」
彼の驚愕の表情に、わたくしは震える声で告げた。
「パトリック様、彼女たちはアンデッドではないのだと思います」
わたくしの言葉に、パトリック様は一瞬目を見開いたが、すぐに剣を構え直し、再び襲い掛かろうとするアンジェリカを押し返した。
「どういうことだ? アンデッドでなければ何なのだ?」
わたくしは冷静さを保とうと、必死に前世の知識を探る。
「アンデッドであれば、光魔法でダメージを受けるはずです。でも、彼女は逆に回復してしまいました。さらに、アンデッドであれば学園の結界を越えられないはず。それを考えると、彼らは魔物ではなく……別の存在です」
「別の存在……?」
「わたくしの知る限りでは、これは……ゾンビ、と呼ばれるものだと思います」
「ゾンビ?」
その単語を聞いたパトリック様は、一瞬困惑した表情を浮かべた。だが、すぐに剣を振るい、アンジェリカを押し戻す。
「……そのゾンビとやらが何なのか詳しく教えてもらいたいところだが、今はそれどころではないな」
わたくしは、彼の冷静さと判断力に感謝しながら、《浄化の炎》を再び放ち、彼らの動きを一瞬止める。
その間にわたくしたちは食堂の出口へと急いだ。
「食堂のドアを閉じて、バリケードを作りましょう!」
わたくしは周囲の生徒たちに声をかけ、近くの教室から椅子や机を持ってこさせた。
それらを使ってドアを塞ぎ、アンジェリカたちが出てこられないようにする。
パトリック様もその作業を手伝いながら、残っていた生徒たちに力強い声で呼びかけた。
「今のうちに神殿のほうへ逃げるんだ! 早く!」
生徒たちは彼の指示に従い、次々と神殿へ向かって駆け出していく。
その背中を見送りながら、わたくしは小さく息をついた。
「ヴィクトリア、君もここを離れるんだ」
パトリック様がわたくしに言う。
「さあ、私たちも神殿へ向かおう」
けれどもわたくしは首を横に振る。
「ここは危ない。さあ」
そう言って差しだされたパトリック様の手を、わたくしは取ることができない。
なぜなら……。
「まだ学園に生徒たちが残っています。彼らを避難させなければ」
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