ネオンテトラは勇躍す 9
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「岸谷さん」
「何でしょうか?」
「私のブレーンに、なってはくれないだろうか?」
微笑みながら、木戸さんは語りかけた。
目の奥は笑っていない。政治家だから当然だ。
だが、滲み出る人の良さは、如何ともし難い。
険しい顔で国会答弁をしている様子が、前世の記憶には残っているが、こんなに穏やかな人なんだな。
「ブレーン?というのは、何をする人でしょうか?」
「構えるようなことはありません。
私の話し相手になって、相談に乗ってもらう仕事です」
「なるほど。砂池さんのご紹介でもあります。
木戸さんのお力になれるなら、私も嬉しいのですが……」
「ですが?」
「これから総理を目指そうかというお方です。
怪しげな占い師に捕まった、などとゴシップの種にでもなったらいけません」
「カカカ、そりゃ大変じゃ」
「なるほど。
岸谷さんは預言者と有名ですからね……」
どこでなのか?
本当にもう、流石に諦めの境地だよ。
「では、こういうのはどうでしょう?
私は、お酒を飲みに行きたい時、【シクリッド】のVIPルームを予約します。そこに、たまたま岸谷さんがいて、一緒に飲むことになる、というのは?
頻度が月に一回とかなら、不自然ではありません」
「確かにそれなら、私も気楽です」
「しかしそれだと、ブレーンとしての契約が難しいんじゃないかね?」
「む、確かに」
「いや、お金は結構ですよ。
秘密保持の契約だけ交わしましょう。
お金が発生していなければ、とやかく言われる事もありません」
「しかしそれでは、岸谷さんが損します」
「一応これでも、成功している投資家だと言われております。日本の未来を担う方と、飲み友達になれるなら、それ以上のことはありません。
飲み友達として、たわいもないお話をさせて頂ければと思います」
「フフフ、そうですか。
たわいもない話をね、ハッハッハ!
わかりました!」
「砂池さんが、最近顔を出してくれないものですから、寂しかったんですよ」
「おや、預言者殿。
ワシが居ないことをこれ幸いと、メグちゃんを口説いておるのではないかね?」
おまえと一緒にすんな!
「私は妻帯者ですよ!妻一筋なんです!」
「ほほう。
ワシの目からは、かなり好色な部類に見えるのだがな」
類は友を呼ぶってか?
勘弁してくれ。
「砂池さん、若者をからかうものではありませんよ」
俺が困った顔をしていたら、木戸さんが助け舟を出してくれた。
「ほっほっほ。まだまだ若いのう」
「しかし実際にこちらにいらっしゃるのは、来年の6月以降として頂いていいでしょうか?ちょっとこちらの事情で」
来年は、派手に資金を動かす予定だ。
インサイダーを疑われたくない。
「なるほど、株式市場が慌しいですからな。
了解しました。
ところで岸谷さん」
「はい?」
「預言を賜りたいのですが、
私は、総理になれますかね?」
直球だな。
なれるよ、とは答えられない。
「木戸さんが、ご自分の信じる道を進むなら、光を見失うことはないでしょう」
本当の預言者みたいな言い方になってしまった。
預言者のみなさんって、みんなこんな制約を課されているのかしら?
「ありがとうございます。
何だか自信が湧いてきました」
「一つ、助言がございます」
「ほほう。何でしょう?」
「強い言葉は、人に伝える為には重要です。
しかしながら、強過ぎる言葉は、時としてあなたの不利に働くことになるかもしれません」
木戸さんは、よく発言を切り取られる人だったと記憶している。真面目で志のある人のようだから、つい言葉が強くなってしまうのだろう。
気をつけて欲しい。
「預言者殿、ありがとうございます。
心に刻んでおきます」
「カカカ、岸谷くん。
預言者ぶりが、板についてきたようだの?」
「やめてくださいよ。
エセ預言者の戯言です。
聞き流して頂ければと思います」