ネオンテトラとミレニアム 22
3-22
恵比寿。
1994年に開業した、複合型商業施設【恵比寿フィールドベース】。その39階にある中華【西湖松】。
シャレオツな中華を提供する、お高いお店である。
窓際のテーブル席から見える夜景が、とても綺麗だ。
妙子と観たかった。
「おい、話聞いてるのか」
「え?あ、ごめん、聞いてなかった」
河内豪太郎である。
今日はコイツの奢りの会食だ。
なんかひとつ離れたテーブルに、御付きの人が4人座ってるのが微妙に気になる。
今日の豪太郎は、縦縞の紺のイタリアンスーツ。
「若社長ぶりが板に付いてきたというか……若干胡散臭いヤンエグみたいに見えるぞ」
「おい、心の声らしきものが漏れ出ているぞ」
「お、すまんすまん」
俺は、着るものについては、今でも【中島屋】任せだ。
毎月、コーディネート込みで何着か送られてくる。
季節の変わり目に、古いやつを引き取っていく。
今日はなんかてろっとした紫の長袖のワイシャツだ。
白ワインを傾ける。
エビのオードブルとよく合う。
「全く……で?曽良岡さんと結婚したというのは本当か?」
「ああ、本当だ」
「チッ」
「おい!今舌打ちしたな?」
この親子は、揃いも揃って、妙子好きが過ぎるんだよ。
「まあ良い。愛に法の壁は無いのだから」
「あるから!」
「……」
スルーしやがった!!
不機嫌そうに白ワインをあおる豪太郎。
「家を買うって言い出したから、何となく察してはいたが」
「やっぱわかっちゃうもんかね」
まあ、パパにはバレバレっぽかったもんな。
「……一応、おめでとう、と言っておく」
「お、おお。ありがとう」
「曽良岡さんの幸せは、俺の幸せでもあるからな」
おまわりさん、妻の狂信者がここにいます。
犯罪を犯す前に逮捕してください。
「さて、本題だ」
そう言えば、何か話があるとのことだったな。
「ウチの会社は、小島さんとこの会社とのゲーム事業の成功もあり、前期、ようやく黒転した」
「ああ、IRはちゃんと見たぞ。
良かったな」
そう、【GOUCHI】は、スキャンダルからの復活を遂げ、ついに黒字転換したのだ。
元々、従業員1000人を抱え、売上500億を超える大企業なのだ。堅実にやってれば、普通に利益は出る。
事業の多角化を推し進めて、やりすぎちゃった河内パパが悪い。
前期はたまたまギリギリのところだったのを、【わいわいゲームらんど!】がちょっとだけ利益を後押ししてあげただけだ。
塵ツモの塵くらいの役には立った。
偉い人は、リスクのない儲け話に敏感に反応する。
それが少額だったとしても、結構喜んでくれる。
「うむ。何とか立て直しは出来たよ。
それで、需要の高まっている、通信インフラの工事や保守をさらに進めることにした」
「それは良いね。
得意な分野を伸ばすのは、賢い」
死ぬほど伸びる分野だ。自信を持って良い。
「預言者様にそう言ってもらえて、ホッとしたよ」
「あのな、俺は神様じゃないから」
「それでもだよ。
俺の決断で、会社の行末が決まってしまう。
恐ろしくて、預言者様の賛同が得られるだけで、胃の痛みが収まるってものだ」
「そうかもしれないな。
でも、俺の言葉を信じちゃダメだ。
エセ預言者の言葉ほど、信じちゃいけないものはない」
「クックック、まあそう言うなよ。
岸谷は金を取らないし、思惑がないから、気楽に話を聞いてもらえるのさ。意外と貴重なんだ」
「そんなものかね」
「そんなものだ。
世の中、隙あらば騙してやろうって奴ばっかで、嫌になる」
「何とも世知辛い」
「うむ。小島さんや新垣さんのように気持ちの良い人には、なかなか巡り会えないね。
でだ、そっちの事業に注力することにして、中小の業者を買収したり、取り込んだりしてるわけだが……」
「わけだが?」
「経営資源集中のため、テレアポ事業を売却、あるいは分社化して子会社にしたいと思ってな」
「ほう」
事業の選択と集中は悪い事じゃない。
一定の売り上げを上げている事業を、思い切って切り離す、というのは、なかなか出来ることじゃないが。
「親父が手広く広げた事業の中には、不動産業やソフトウェア関連などもあるんだが、部門が幅広くなって、仕切りが面倒になってきた。だから、ゆくゆくは分社化出来るものはして、ホールディングス化しようと思ってる」
「なるほど」
「まずはテレアポ事業から、と思ってるんだが、専務が反対している」
「へー」
「専務は、親父の時代に多角化経営のために雇われた人物で、元は経営コンサルタントだ。前回のリストラでは、目立った失点も無かったし、味方になってくれたから留任とした。ま、それは良いとして、テレアポ事業の立て直しをお願いした経緯がある」
「ふむ。なんでだろう?」
自分が立て直したから反対?
別に分社化してもいいのでは?
「それなんだが……どうも、一部の派遣会社からキックバックを受け取っているのではないか?と睨んでいる」
「ああ。それなら反対するかもな」
「うむ。
テレアポ事業には、【シャインガレット】を含み、複数の派遣会社が関わっている。もちろん、【シャインガレット】がクリーンなのは知っている。スタッフも優秀で助かっている。
だが、大小の派遣会社3社から、部署の部長に不正な金の流れの疑いがあると、調査の結果わかった。実際、その3社からの派遣数は、急激に増えているんだ。単価も不自然に釣り上がっている。
そして、その部長は、専務の昔からの部下で、働き振りは悪くないし、そんな大それた事をするようには見えない」
「なるほど。
部長を介して、専務に渡っている可能性が高い、と」
キックバック上納システムだな。
都合が悪くなったら、部長、あるいはその下の課長を切ればいいわけだ。
専務の足が付かないようになっている。
「そういう事だと睨んでいる。
事業を売却されたら困るし、子会社化されたら、経理上バレ易くなるし、自分が関与できるかもわからない」
「面倒な話だな。
不正を行ってますよね?と、聞くわけにもいかないし」
「うむ。困ってるんだ。
ついでに言うと、部長はその3社のうちの1社から派遣されている女性と、不倫関係にあると思われる」
「ひどい有様だな」
「返す言葉もない」
「俺に何かして欲しいのか?」
「いや、何とかこっちで尻尾を掴む。
それより、諸々片付いた後、おそらく子会社として分社化すると思うんだが、誰か【ブラックエンゼル】のスタッフを出向で寄越して貰えないだろうか?
部長待遇で迎える。
部長ってことは、実質現場のトップだ。
誰にも文句は言わせないから」
「え、なんで?」
「信用できるからだ。
社外の人間の方が信用出来るってのも恥ずかしい話だが、他に女性メインの職場を、堅実に見張ってくれる上層レイヤーに心当たりがない。
ウチは設備関係の会社なんだよ」
「ふむ、なるほどねぇ。
しかし、ウチも人手不足なんだよなぁ」
他の会社の手伝いに回せる奴が、いない。
「ま、考えといてくれ。
すぐに方が付くとも思えんし」
「わかった。考えとく。あ!」
「ん?」
「【シャインガレット】だが、いずれ【ブラックエンゼル】の子会社にしようと思ってる。そうすると、テレアポの会社と利害関係が生じやしないか?」
「なるほど、ま、そうなったらその時考えよう」
「そんなんでいいのか?」
「たいした問題ではないと思うし、
後のことを考えても仕方がない」
「随分と適当だな」
「もう深く考えないことにしている」
フカヒレのスープを啜りながら、豪太郎はそう、うそぶいた。
恵比寿ガーデンプレイスは、当時オシャレスポットとして名を馳せましたね。




