ネオンテトラとミレニアム 18
3-18
5月も中頃が過ぎた頃、豪太郎から連絡があり、不動産屋【猪鹿蝶不動産】を紹介してくれた。
担当は、中塚 万次さんという、40過ぎのおじさんだ。名刺に課長、とあったから、それなりの人を付けてくれたようだ。
何軒か見せて貰ったが、なかなか良い物件がない。
「ここは、さる芸能人家族が住んでいた家でして、田舎に引っ込まれると言う事で、一年前から売りに出ている物件です。今は空き家になっておりますが、家主様が定期的に手入れは行っています」
三軒茶屋と学芸大学の間の辺りの、閑静な住宅街だ。
駅を使うには少々不便だが、自転車でもあれば問題ない距離かな?
よく手入れされた庭と、デカい家が見える。
「広さは?」
「敷地は100坪です。
ご希望通り、十分な広さだと思いますよ」
「ふむ。間取りと築年数は?」
「間取りは、二階建ての5LDKです。
昭和58年に建っておりますので、少々古めですが、家主様が6年前に一度、大規模なリフォームを行っています。
中をご覧頂いた方がよろしいでしょう」
外観は特に古びていない。
味のある煉瓦造り。
特に軋むことのない扉を開いて中に入ると、瀟洒な作りの洋館であった。向かって右に階段があり、左はLDKかな?
「わぁ!明るくて素敵!」
そう、妙子も一緒だ。
新居になるわけだしな。
確かに二階の窓から採光されていて、明るい印象だ。
「こちらがリビングになります」
「わぁ!」
左手に行くと、暖炉付きの、どでかいリビングダイニングだった。奥にアイランドキッチンが見える。
出入り可能な大きな窓から、芝生の生えた庭が見える。
「いかがでしょうか?」
「先輩、私ここ気に入ったわ!」
「悪くないね。値段は?」
「はい、今でしたら、諸々込み込み2億5千万になります。
調度品も、気に入ったものがあればお付けして良い、と家主からは伺っています。不景気でなかなか買い手が付かないこともあり、精一杯勉強させて頂いております」
まあ、許容範囲だな。
「もう少し詳細に見せてくれ」
「承知いたしました。
ではこちらに」
その後色々と見せてもらい、家主が、なかなか住みやすさに気を遣っていたのだな、ということがわかった。
「ここにするよ」
「やったー!」
「ありがとうございます!!」
「支払いは、現金一括でいいかな?」
「勿論でございます!!」
「少しサービスをお願いしたいのだが、聞いてもらっていいかな?」
「何でございましょう?
河内様のご紹介でもありますし、私どもにできることでしたら何なりと」
「【大海崎工務店】にリフォームを頼みたいんだ。
渡をつけて欲しい」
「【大海崎工務店】ですか。
社に戻らないとわかりませんが、おそらくは大丈夫かと……。理由をお聞きしても?」
「友人から、信頼できる会社だと聞いてね」
「そうでございましたか。
承りました。少しお時間をいただきますが、宜しいですか?」
「うん。この家を購入してからの話になるし、気長に待つよ。ちなみに、その時は御社の仲介にしてもらって構わないから、そのように話を進めてもらって良い」
「承知いたしました!
新しいお話まで頂いて、誠にありがとうございます!」
【大海崎工務店】。
俺が【リブーソ】で働いていた時に、撮影用のハウススタジオや工場付属の社宅の建築など、色々と一緒に仕事をしていた会社だ。社長は職人上がりで、小さなリフォーム業者から始まって堅実に丁寧な仕事を積み重ね、100人クラスの中堅所までのし上がった。
安い、早い、美味い、を体現したような会社で、常に最低限のコストで、最大の効果を上げる手段を考えてくれる。
【リブーソ】では、美味しい工場建設なんかは、役員の紐付き、つまりキックバックがあるような大手に出して、無茶な低額予算の仕事の処理は、周り回って俺の所に来たものだ。
開発部門なんだけどね。
そんな困り果てていた時に出会ったのが、【大海崎工務店】という訳だ。
親身になってこちらの要望を聞いてくれて、時には社長自ら現場にも来てくれた。社長を筆頭に、いい人達のいる会社だった。
だが……
散々儲けの出ない仕事を笑顔で引き受けてくれたこの会社、2020年に債務超過で倒産する。
お客様の為に、と良い仕事を最小限のコストでやっていた結果、コストに見合わない、無理な要望を言うクライアント達のカモにされたのだ。
あれをやれ、これをやれ、やらないなら金は払わないぞ!
目に浮かぶようだ。
クライアントの為にと仕方なく身銭を切った結果、徐々に経営が苦しくなっていった。
仕事で会う大海崎社長の顔色が、だんだん悪くなっていくのを見ていた。一緒に酒を飲む機会では、大変ですよ〜、なんて明るく笑っていた。
折りからのソロナショックで建築需要が鈍化したのが、致命打だったようだ。
職人上がりでよくある、【良い仕事をしてれば、周り回っていつか自分に返ってくる】なんてお花畑思考の持ち主だったのだ。
悠華さんもそうだが、本当に馬鹿らしい。
馬鹿過ぎて泣けてくる。




