ネオンテトラとミレニアム 17
3-17
-町田市-
プロポーズが無事に成功して、一週間後。
ああ、ついにこの時が来てしまった。
「やっぱ日を改めた方が……」
「ウフフ、先輩。
大丈夫ですよ!」
「しかし……」
妙子の実家前である。
住宅街の中にある、一軒家。
曽良岡、と書かれた重厚な表札。
綺麗に手入れされた植木鉢や、プランターが並んでいる。
着慣れないスーツを着て、手土産持参。
マジで嫌だ。
いや、遅いくらいですよね。
妙子と同棲してはや3年。
ええ、幸せですよ!!
ずっと妙子を見ていられる特権を、世界でただ一人持っているのは俺だけだ!ああ!俺だけなんだー!!
まだ振られてないぞ!これからも頑張って妙子を独り占めだー!!ワーハハハハ!!
ふう。現実逃避はこのくらいにして。
「あら、いらっしゃい。岸谷さん。
待っていたのよ?」
妙子によく似たお母さんが出てきた。
「失礼します!」
実は妙子の母、ゆかりさんには、何度か会っている。
妙子は四人姉妹の末っ子だ。
ゆかりさんは、妙子のことを大変可愛がっている。
変な虫が寄り付きはしないかと、ハラハラなさっていた。
なので妙子が気を利かせて、お茶したりご飯したりと、コミニュケーションを取る機会を設けてくれたのだ。
と言う事で、今日は味方である。
玄関を上がると、廊下の先から、3人の姉が顔を出す。
手前から、ちょっとぽっちゃりした妙子、ちょっと気の強そうな妙子、ちょっと派手目の妙子。
母方の血、濃すぎぃ!!
軽く会釈する。
お姉さん達は初対面だが、多分ただの野次馬だ。
ちなみに、ちょっとぽっちゃりした妙子こと長女は既婚、他の二人は未婚だそうだ。
恐る恐る応接間に入ると、今日ご挨拶しなければならない相手が、ソファで腕組みして待っていた。
四角い眼鏡をかけ、気難しそうな表情を浮かべたおじさん、曽良岡 慎二さんだ。能面の様な顔をしてらっしゃる。
とある電機メーカーで、品質管理の仕事をしているそうな。
ゆかりさんは何度か、俺とお義父さんを会わせようとしたようなのだが、何故かいつも拒否されている……。
と言う事で初対面なのだ。
「失礼します」
「お父さん、岸谷順也さん。
大学の先輩なんだ」
「……知っている」
重いなぁ、空気が。
「まあまあ、座って座って」
ゆかりさんが助け舟を出してくれたので、妙子と共に腰を下ろした。
「岸谷順也と申します。
妙子さんとは、お付き合いをさせて頂いております」
「……」
眉を顰めている。
ゆかりさんに聞くところ、お義父さんは、それはそれは妙子のことを可愛がっており、溺愛と言っても過言では無いそうだ。
甘え上手な末娘だ。
可愛いだろうなぁ、ははは……。
「もう、お父さん!
先輩が困ってるでしょ?ウフフ!」
「……妙子」
「なに?」
「……おまえ、勝手に同棲したな」
「え?お母さんには相談したよ?
お父さん話聞かなかったじゃん」
「だからっておまえ!
お父さんにキチンと話をだな!」
「全然聞いてくれなかったじゃない」
「それはダメって事なんだよ!
わからんかなぁ!その辺の機微というものが!」
「言わなきゃわかんないよ。
それに、私はもう子供じゃないんだよ!」
「結婚前の娘が、同棲だなどと……
お父さんがどれほど心配したか!」
「先輩は優しくて理解があって、包容力もあって、私のことを一番に考えてくれてます!
心配なんかしなくて大丈夫だよ」
「むぐぐ……」
なんか、妙子に聞いてたのとだいぶ話が違うと言うか……
かなり緊迫してるなぁ、親子関係。
これ、話を切り出しても良いのかな……。
「まあまあ、お父さん。落ち着いて。
ほら、お茶でも飲んで」
ふうふう言ってるお義父さんに、ゆかりさんが仲裁に入る。
多分、こういう家族なのかな……。
自分以外全員女、というのはなんかこう、みんな口は達者だろうし、お義父さんに同情する部分がなくもない。
お茶を一口飲んで、お義父さんは俺に向き直った。
「……岸谷くんだったね」
「はい」
「その歳で、投資家として成功しているとか」
「はい、成功していると言えるかどうかは、分かりませんが、投資家をしております」
「その、危なくないのかね?
浮き沈みが激しいと聞くが」
まぁ、一般的にはそういう認識だよな。
胡散臭い、と思われるのは仕方がない。
実際には、投資を持ちかける人、が胡散臭い、というかほぼ確でクロなんだが、イメージがごっちゃになっている。
「リスクは承知しています。
なので、私は自己資金だけでやっています。
会社も無借金経営です。もちろんこの先も」
「ふむ」
ゆかりさんから、事前情報は得ているだろう。
これはただの確認だ。
確かに不安定な職業だ。
破滅する人も多かろう。
だが、俺は自己資金だけでやっているので、破滅するとしたら、読みを誤った時だけだ。
それでも信用取引をしていないので、ゼロ以下にはならない。間違って株を塩漬けにすることになったら、それはそれ、またどこかで上がるのを待てばいい。
リスクは最小限。
お義父さんは、ふう、とため息をついた。
「君は、妙子との結婚を相談に来た、と言う事で合っているかね?」
先に言われた!!
「は、はい」
娘さんを私にください、ってやらないパターンか!?
「私は可愛さ故に、この通り、妙子をわがまま放題に育ててしまった」
「ちょっとお父さん!」
「妙子、お父さんの話を聞きなさい」
「自慢の娘だが、君には苦労をかけることも多かろう」
「そんなことはありません。
妙子さんは、私には勿体無い、素晴らしい女性です」
「そこまで断言されると、何も言えんな」
「じゃあお父さん!?」
妙子が立ち上がる。
「うむ。認めよう」
「やったー!」
片腕でガッツポーズをする妙子、何だろう、小動物っぽくて可愛い。お義父さん、この希少な小動物は、私が責任を持って保護すると誓いましょう。
全然言うこと聞かないで、地球の裏側に旅立っちゃいますけど。
「良かったわね、妙子!」
「岸谷くん、妙子を宜しく頼む」
「はい!」
その後、やれやれ、だの、私より先に結婚するなど許せん、だの、ちっ!もっと修羅場になればいいのに、だのといった空気を醸し出すお姉さん方にご挨拶をした。
怖いなぁ、お姉さん。