ネオンテトラとミレニアム 13
3-13
-銀座-
【シリコンズ ゴールド】の一号店にやってきた。
外観からして、ハイソサエティでオシャレ。
フェアトレードコーヒーしか扱ってなくて、カフェインレスコーヒーもあり、グルテンフリーのフードメニューが充実している。
当然禁煙だ。
何と言うか、時代をだいぶ先取りしてる感。
客層も、だいぶ意識高い系の匂いがプンプンとする。
ここまで突き抜けたら、確かに差別化にはなってると思うけど……。
失礼ながら落ち着かないなぁ、と思いつつも、800円のアイスコーヒーを持って、待ち合わせ相手の席へ。
「よう」
だいぶ白髪が増えたな。くたびれた中年の男性。
とは言え、前世よりはだいぶ健康的で幸せそうに見える。
きっと彼もこの店では落ち着かないだろう、と少し申し訳なく思いながら、席に着く。
父である。
この店の席は、簡単なブース形式になっていて、隣と結構距離があるので、仕事をするにも商談をするにも便利である。
「こっちに来るなんて、珍しいじゃん」
「ああ。出張のついでにな」
父はまだ現役のサラリーマンだ。
半導体工場で、結構偉いポジションにいる。
とは言え、父は理系、俺は文系だ。
何をしてるのか、さっぱりわからない。
「順也、お前の事だ。
この前の株式市場の暴落もわかってたんじゃないか?」
「ま、ある程度はね」
「……きっとまた父さんの予想を超えるくらい、資産を増やしたんだろう」
「ご明察」
俺は大学入学辺りから、自分の資産を誰にも話していない。
もちろん両親にもだ。
前世で財布を握っていた妻は、あればあるだけの金を使った。金に囚われると、人は周りを巻き込んで不幸になる。
だから基本、誰にも言わない。
実家には、長谷川さんにガタガタ言われない程度に仕送りをしている。両親は堅実なので、無駄遣いせず、たまの旅行なんかに使ってるらしい。
「その割には順也、おまえはあまり幸せそうに見えないな」
「そう?」
「人間、悩みの80%、人によっては100%金の事だ。
もっと、幸せそうにしてるんじゃないかと思ったが」
「そうかもしれないね」
一口、ホットコーヒーを飲んで、
ふう、と父はため息をついた。
「順也、おまえは未来を見てきたと言ったな」
「そうだね」
「……一体、どんな地獄を見てきたんだ?
どれほどひどい未来をみたら、そうなる?」
「……」
もうすぐ訪れる未来だ。
税金に苦しみ、政治は腐敗し、他国の調略を受け、モラルは崩壊する。庶民同士で憎しみ合い、男女間で憎しみ合い、世代間で憎しみ合うように仕向けられ、誰かがほくそ笑んでいる。
平等だ、多様性だ、総活躍社会だと、美辞麗句が並べ立てられ、その裏で税金は掠め取られているから、届けるべき所に届かない。
正しいことを成そうとする人が、いない訳ではないだろう。
だが、それでは都合の悪い人たちもいる。
足を引っ張り、情報を操作し、時には命すら危ぶまれることさえあるのだろう。
忌み嫌う昭和の頃よりも人々は勇気もやる気も無くし、困窮し、犯罪が跋扈し、心が無くなり、欲に塗れている。
人を愛し、家族を愛し、真っ当に暮らそうとすればするほど、肩身の狭い思いをし、理不尽に踏みにじられるのだ。
「言いたくなければ、言わなくてもいい」
「……だから俺は、助けられる人を助けている」
「そりゃ偉いな。
なら、もう少し良い顔が出来ると思うんだが」
「……確かに」
何故だ?
俺はもう、暮らすだけなら何もしなくても良いくらい上手くやったと思う。金に困らない人生を送りたかったからだ。
愛する人もいて、満ち足りた生活を送っている。
そして、助けられる人を助けている。
前世で不幸になった人だけでなく、青木さんや悠華さん、その人達の下にいる人まで。
……では何故、俺は父にこんな事を言われているのだ?
「父さんも馬鹿じゃない。
この国が、緩やかに滅びに向かっている事はわかっている。
少子高齢化が良い例だ。
団塊ジュニアと呼ばれる、順也たちの世代は、人口が多い。
では、その下はどうだ?
徐々に減っているな。
団塊ジュニアが子供を作らないと、この国は終わりだ。
……だが、現状はどうだろう?」
「バブル崩壊が起こり、今またITバブルが弾けた」
「そうだな。景気が悪い。
景気が悪いから、企業は人を雇わない。
父さんの会社もそうだ。
だから、団塊ジュニアの世代は、正社員として雇用されず、不安定な暮らしをしている人たちが多い。
政府は、それを放置している」
「愚かだ」
「そうだな。
この世代を大切にしなければ、終わりだとわかっているのに。それは何故だろう?」
「誰かが何とかしてくれると思っているんだろう」
「かもな。言い得て妙だ。
未来の政治家が、経営者が、誰かが何とかしてくれるだろう。だから今を生きる老人達は、何も考えず蓄財に励んで良いと思っている。あるいは父さん達も、そうかもしれない。
これまでは、そんな考えでも、何とかなっていた」
「そうだね」
「だが、誰も何もしてくれなかった。
順也が見た未来は、そんな未来じゃないのか?」
「……」
その通りだ。
団塊ジュニア世代は、少なくとも俺が死ぬまで、保護も援助もされる事はなかった。それどころか、むしろ鞭打つ政策が取られていたような気がする。
その後の世代も一緒だ。
そんなんで子供が増える訳がない。
歴史の流れとして考えてみると、実に愚かだ。
「今のはほんの例え話だが。
その未来は、変わらないのか?」
変わらないだろ。
……変わらないのか?
いや、俺が何をしたところで、歴史は変わらない。
……本当に?
「……」
「言っておくが、おまえは俺の自慢の息子だ。
これ以上ないくらいに、な。
だが、何かを考え続けることは、悪い事じゃない」
「じゃ、妙子さんによろしく。
コーヒー、おいしかったよ」
父は、会社に戻るそうだ。
コーヒーは確かに美味しかった。
……俺は、未来に絶望していたんだ。
クソッタレな未来に。




