ネオンテトラは始動する 7
-1994年4月-
大学から徒歩5分、駅からも徒歩5分、つまり中間の場所に、俺が部屋を借りているマンションがある。
2LDKで80㎡ほど。家賃は30万くらい。
10階建のマンションの8Fである。
前世では、家賃4万の古い木造アパートに住んでいた。
雲泥の差とはこの事だ。
リビングのソファセットにカバンを投げ出し、一息ついていると、チャイムが鳴った。
「税理士の長谷川です」
マンション入り口の来客用モニタに、スーツを着て眼鏡をかけた、目つきの鋭い中年男性が映っている。
「どぞ」
ロックを解除する。
長谷川さんは、バブル期に一定の資産を作ったタイミングで、馴染みの証券会社から紹介してもらった、目黒に事務所を構える税理士さんだ。
「コーヒー飲みます?」
「結構です」
「そっすか」
ガサガサと書類を出している。
無駄が嫌いなのだ。
「知り合いの司法書士に用意してもらいました。
会社設立のために記入書類がいくつかあります。
また、判子もご用意ください」
「了解です」
一応コーヒーを出しておく。
「一応確認ですが、会社の形態は有限会社、資本金は2000万、名称はクラウンローチ、事業内容は株式の運用、ということでいいですね?」
「ええ、それで間違いありません」
書類に目を通して記入していく。
「資本金をご用意できるなら、株式会社でもいいと思うんですが……」
「俺一人の会社だし、大したことをするつもりもないんです。
事業会社はまた別で作るつもりだから」
資産管理会社みたいなものだ。
一つ作っておくと、何かと使える。
有限会社にしたのは、より簡略化されたクローズドな法人だから。
2006年の新会社法制定で、会社設立のハードルはぐっと下がるが、それまでは株式会社は割に面倒くさい。
そのタイミングで有限会社は作れなくなるし。
「承知致しました」
書類を確かめて、長谷川さんは帰って行った。
「さて、飯でも食おう」
と、カップ麺を用意する。
多少余裕のある生活を送ってはいるが、身に染み付いた貧乏性は抜けないのだった。