ネオンテトラと漆黒の女王 35
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「しかし困ったのぉ」
可愛く紅茶を傾ける姿は、お姫様そのものだ。
喋らなければ。
そしてジャージでなければ。
「だ・か・ら!私の信頼する岸谷さんと翔子に、来てもらったのよ」
やっと本題に入れそうだ。
長かったな……。
「おひい様、おいたわしい」
「私たちが付いております」
何故か黒田さんと赤松さんも来た。
少し寝た方がいいと思うよ。
目がヤバい。
「なに、今月は大丈夫じゃ!今月は!
確か、秋葉のPCショップのBTOシステムを組んだやつ、あれの振込があるからの」
サラッと凄いこと言ったぞ。
今の時代、最先端も良いとこじゃないか。
「小島さん、それはいくらの仕事でした?」
「んー、20万くらいかな?」
やっす!!タダ同然!!
「それは……ちょっと仕事の割に安くないですかね?」
「まあ、五次請けの仕事じゃからの」
派手に中抜きされてますね!!ね!!
俺は軽く眉間を揉んだ。
「小島さん、ち…「悠華で良い」
「悠華さん、後輩の花明院からの相談でもありますし、弊社【ブラックエンゼル】は、御社を支援する用意があります」
「おお!ありがたいのじゃ!」
素直な良い子だなぁ。
ほっこりしそうになる。
「おほん、具体的な話の前に、確認したいことがあります」
「なんじゃ?」
「悠華さんをはじめ、黒田さんも赤松さんも、夜を徹してお仕事をなさっているように、お見受けします」
「そうじゃな」
「何故ですか?」
「ん?何故とは?」
「悠華さんのご実家は、かなり裕福なご様子。
会社を畳んで、岡山に帰る、という選択肢もあるかと」
悠華さんは、ニヤリと笑った。
「武家の娘が一度家を出た以上、おめおめと帰れるわけがなかろう。
例え一肌脱ごうが、ばんつを脱ごうが……」
「悠華!!」
「「おひいさま!!なんとふしだらな!!」」
「わかったのじゃ……。
ともあれ、ワシは家には帰らん。
黒田と赤松の子女も預かっておる。
立派にここで、一旗上げてみせるわ」
「……なるほど。志は理解しました。
では、御社は最終的に、どこを目指しているのですか?」
「どこ?」
「この会社は、どうなれば成功なのですか?」
「ううむ。そうじゃな。
三人食っていけて、好きなだけPCパーツが買えれば良いな!」
俺は頭を抱えてしまった。
この子は経営者向きではない。
明らかに、プレイヤー向きだ。
「……その為には、どうすれば良いと?」
「……わからぬ!わからぬから、窮しておる」
「そうですね。
あなたは、ご自分が、社長としてこの会社を舵取り出来ていない、とある程度自覚なさっていますね?」
「そうじゃな。プログラムコードのように分かりやすくはないな」
「私が思うに、悠華さんには、腐らせておくには勿体ないほどの才能があると思っています」
「なかなかわかっておるの。ワシも常々そう思っておる」
「少しは謙遜しなよ……」
「しかし悠華さんは、100%の力を発揮できていない」
「かもしれんの」
「その原因について、考えてみました。
御社には致命的に足りていない点が、三点あると思われます」
「ほう、聞かせてくれ」
「一、営業能力。
労力に見合った報酬を得ることが出来ていません。
二、進捗管理能力。
決められた期限までに、要求に見合った納品物を納められていません。
三、経営管理能力。
会社の方向を見定め、未来を見据えて資金を回していくことが出来ていません。
この三点です」
「……ううむ、反論できんのぉ」
さすがのおひい様も、ちょっと凹んでいる。
なまじプレイヤー能力が高いと、自分が十人分働けば何とかなる、と視野狭窄に陥ってしまうことが多い。
だが、それは悪手だ。
運任せで大体の場合、ジリ貧待ったなしなのだ。
こんな可憐な見た目の女性だ。
ナメられるしな。
「今のあなた方三人、十分な報酬を得ていますか?
快適な暮らしは送れていますか?」
「いや全く」
「おひい様、私達はおひい様と一緒に居られるだけで、幸せでございますよ!」
「お前たちの気持ちは嬉しいが、ひもじい暮らしをさせておるのは、確かじゃ」
「なんと勿体無いお言葉!そのお言葉だけで十分でございます!」
忠誠心高すぎ。
「現状を正しく認識されているようで、安心しました。
では、具体的な解決方法なのですが……」
「うむ」
「弊社に株式を売却して【ブラックエンゼル】の完全子会社となるプランが一つ。この場合、先程挙げた御社のウィークポイントは、弊社が解消します。三人が人並みに生活出来るよう取り計らいましょう。
少なくとも、今よりは環境が良くなるはずです。
売却額は大したことありませんが、悠華さんは現金を手に入れることが出来ます。
代わりに、悠華さんは代表権を失い、好きに会社のお金を使う事はできなくなります。また好きな時に会社を辞めたり、好きな時に会社を畳むこともできなくなります。
また、弊社の指示に従う必要があります。
そしてもう一つの手段、悠華さんに資金を貸し付ける、という手もありますが、こちらはオススメしません」
「何故じゃ?」
「明確に借金になるからです。
よほど返す見込みが立っているなら別ですが、借金は、正常な判断力を鈍らせます。
よって、私は貸付はしません」
「ワシも金を借りるのは嫌いじゃ」
「ちなみに、銀行には話をしてみたのですか?」
「ん?なんで銀行なのじゃ?」
銀行融資を思いつきもしてないんだな。
ま、この状況で融資する銀行は無かろうが……。
この分じゃ弁護士も税理士もついてないか……。
「いえ、何でもないです。
で、いかがですか?御社の詳細はこれから調査が必要ですが、
花明院の紹介でもあります。悠華さん達がその腕をブンブン振るうことが出来、かつ安定した生活も出来るようにしましょう。
ある程度の機材費用も考えましょう。
弊社は悠華さんの腕を買う、というメリットを得られます。
将来的にご自分の資金が確保され、その気があれば、代表権を買い戻す相談にも乗ります。
あとは、自己資本で、一国一城の主としてやられている今の状況を手放すことが出来るかどうか、その一点かと思います」
一息に説明した。
正直この案件は【シャインガレット】に近い人助けだ。
全て無駄になるリスクがある。
悠華さんの才能と知識は魅力だが、その為の仕事を作り出す労力は、バカにならない。それならもうちょっと手のかからない、マシな投資先がある、ってもんだろう。
投資回収の価値を生み出すのに何年だ?
それまで悠華さんはやる気を失わないだろうか?
盗んだバイクで走り出したりしないだろうか?
疑問は尽きない。
だがまぁ、“21世紀の輝く貴女と共に”なのだから仕方ない。
「ふうむ。
さっきも言うたが、ワシは好きなPCパーツを買える環境があれば、何も言う事はないのじゃ。あとワシら三人の生活な」
PCパーツが先に来てるけど!
不安だ。
「会社も仕事を請ける為に作ったものじゃ。
特にこだわりはない。無論、会社を売り渡すことの重要さは理解しておるぞ。岸谷が望むなら、この見目麗しいワシが一夜を共にしてやっても……」
「悠華!!!」
「「おひい様!!!」」
「冗談じゃと言うておる」
武家の子だからかな、斬るか抱かれるか、みたいな極端な発想はやめて欲しい。中間で良いんだ中間で。
「……悠華さん、会社案内にもある通り、ウチは将来ある女性を支援することを目的に掲げています。
すぐに信用は出来ないかもしれませんが、御社つまり、あなたとお二人が真摯に仕事に邁進する限り、私達は協力を惜しみませんよ」
「わかった。武士に二言はないな?」
「ええ」
武士じゃないけどね!
「じゃあ新垣、みんなと協力してデューデリと契約まとめてくれ」
「はい」
「あとちょっとこっち来て」
俺は新垣を、少し離れたところに誘った。
「何でしょう?」
俺はそっと100万の札束を渡した。
「俺のポケットマネー、つまり報告しなくて良い経費だ」
「おお」
「契約までの世話代だ。身綺麗にして美味いものでも食わせてやれ。
何ならホテルを取っても良い。ゆっくり休ませてやれ」
「承知しました」
俺はテーブルに戻った。
「今後のことは、この新垣が担当します。
困ったことがあれば聞いてください。
今請けている仕事も、こいつに全部教えてください。
対外交渉を引き継ぎます」
「わかったのじゃ。よろしく頼む」
目の下にクマを作った悠華さんは、少しホッとしたように、笑った。




