ネオンテトラと漆黒の女王 34
2-34
下北沢の駅から、三軒茶屋方面に下っていくと、10分も歩けば、閑静な住宅街になる。
「うう、寒いな」
「今日は真冬並みの冷え込みって、言ってましたからね」
「なんで私まで……うー寒い」
「おまえの紹介だろ。責任を持て」
新垣と花明院と三人で、ウェブ制作会社【バタフライアクセス】を訪ねている。今にも倒産しかねないということで、急いでアポを取った。
こういうのって普通、先方から来るもんなんじゃないだろうか……?
奥まった一角に、古めかしいアパート、わかりやすく言えば今にも崩れ落ちそうなボロアパートがある。
「ここか……?」
「……そのようです」
地図を二度見してから新垣が答えた。
2階の角部屋、当然のごとくチャイムが壊れてるようなので、歴史を感じさせるドアをノックする。
「新聞は要らんのじゃ」
??
可愛い声がした。
「悠華〜?楓だよ。
投資家を連れてくるって言ったでしょ」
メンド臭そうに花明院が声をかける。
ギシギシとドアから出てはいけない感じの音をたてながら、ドアが開いた。
「なんじゃ楓か。
ならば早く言えば良い」
出てきたのは、小柄な少女(?)だった。
綺麗に切り揃えられたぱっつん前髪、肩甲骨くらいまではありそうな黒髪は、艶やかに輝いている。
勝ち気そうな大きい瞳の下には、くっきりとクマが刻まれている。
くたびれた青のジャージの上下が、ルックスと不釣り合いな哀愁を感じさせる。
「こちら、【ブラックエンゼル】の社長の岸谷 順也さん。
こっちが新垣 翔子さん」
「よろしく」
「よろしくお願いします」
「うむ。ワシが小島 悠華じゃ。まあ入れ」
何となく面倒ごとの匂いを感じつつ、部屋に入ることにした。
1DKぽい間取りだが、キッチン兼寝床っぽいジャングルの先に、仕事部屋があったのだが……
「機械だらけ……」
何だかよくわからない年代物のパソコンのようなものや、ケーブル類、剥き出しのマザーボードやメモリなど。
無造作に積み上がっている。
その奥に人がいた。
「おひい様、お客様ですか?」
「ごきげんよう」
楚々とした振る舞いと言動だが、こちらを見ることもなく、ボサボサ頭でカチャカチャとキーボードを叩いている。
寝てないなぁ……悠華さんを含め。
「この二人はワシの部下じゃ」
「黒田です」
「赤松です」
「まあその辺に座れ」
どの辺?
「悠華、座る場所がない。
外に出よう」
「む、そうか。仕方ないの」
ということで、近くのカフェ。
「悠華はね、兵庫の名家の流れを汲むお嬢様なのよ」
「うむ!ご先祖様を辿れば、かの応仁の乱において……」
「いや、15世紀の話はいいから。
実家にいれば、おひいさまおひいさま、って崇め奉られるのに、何でかこっちに出てきちゃったのよ」
「田舎におっては、最新のパーツが手に入らんからのー。
ごちゃごちゃ言われるし、飛び出してやったわ」
部屋にあったPCも、やけに高そうなやつだったしな。
「それはいいとして。
ウェブ制作の仕事をコネを使いまくって取ってるんだけど、全然納期を守らないし、見積もりも適当なのよ。その上機材にやたらとお金をかけるし」
花明院がため息をつく。
こいつを呆れさせるとは、只者ではない。
「プログラムとPCの知識は一流なんだけどね」
「大学で発表した新しい言語スキームが好評でな、米国からスカウトがきておったからの。クソ親父が勝手に断りおったから、絶縁してやったわ」
そりゃすごいな。何言ってるかよく分からんが。
とにかく、すごく偏った才能の持ち主だという事はわかった。
「んで倒産の危機にあると」
「そういうこと」
「人聞きが悪いのぉ!今だけじゃ!
【狸商事】の社長が、良い仕事くれそうなんじゃ」
「どんな?」
「なんとコーポレートサイト作るだけで200万じゃ」
「それ、なんか条件なかった?」
「む?確か、一流ホテルのスイートを取るから、夜を明かしてねっとりじっくり話し合いたいと。
何か良いパーツの話かのぉ」
鼻高々の悠華。
「……それって」
「たぶん……な」
「でしょうね……」
「「「はぁ……」」」
「な、なにぃ!?ワシを我が物にしようと?」
一通り、魚心あれば水心、的な話を言って聞かせた。
全くわかってなかった。
ひどい箱入り娘もいたものだ。
よく今まで東京で生きて来れたな。
きっとあの、お付きの人みたいな二人が頑張っているのだろう。
「どう見てもそうでしょう。
普通、そこまで露骨な提案の場合、わかった上で請けるもの、と先方は思ってるし、了承したなら小島さん、あなたも承知の上、ということになりますよ?」
「そ、そ、そんな気はこれっぽっちもないのじゃ!」
「悠華、あんた貞操の危機だったのよ?
もうちょっと機械以外のことに興味を持ちなさい」
あの花明院が人を諭すとは、明日は嵐だな。
「機械ではない。神聖なるPCパーツなのじゃ。
うーむ、しかしこの仕事が無くなると、来月を乗り切れるやもわからんな……よし、ここは一つ、ワシが一肌脱いで」
「悠華!!」
「なんじゃ楓、冗談の通じん奴じゃな」
「はあ、あんたと話してると疲れるよ」
「心配せんでも、ワシをその手に抱けるのは、真のもののふのみよ。
タヌキジジイの分際でワシに触れようものなら、素っ首掻き切ってやるわい」
「はいはい」




