ネオンテトラは始動する 5
-1994年4月-
「「かんぱ〜い!」」
ひとまず新入生の勧誘に手応えがあったことを祝して、コーラで乾杯だ。これは大学生協で格安で売っているものだ。
「先輩、次は新歓コンパですねぇ!」
皿橋は手応えがあって嬉しそうである。
「そうだな」
「入会届は、新歓コンパの後になるんですよね?
結構大事じゃないですか?」
と、新垣。
鋭いね、そうなんだよね。
「誰も残らなかったりして!」
「ひっどーい!」
「ウフフー!」
「曽良岡、皿橋をからかうんじゃない」
「はーい」
「改めてなんだけど、岸谷くん。
このサークルは、資産運用?の同好会なんだよね?」
のんびりと有希。
こやつ、実はあまりわかってなかった。
経済学部の癖に。
「そうだ。今の大学生は、就職して給料を貰って、それで定年まで勤めて、年金をもらって、死ぬまで自遊自適な生活ができると思ってるが、それは大間違いなんだ。
これまでよりも、ずっと生きていくのが難しい時代が来る」
これから先、大小を問わず企業はバタバタと倒産していく。
生き残りを賭けた企業のリストラ、非正規雇用の増大で終身雇用制度は崩壊する。
増税が行われて、所得はどんどん減っていく。
年金を貰える年齢も、上がっていく。
円の価値が下がって、日本は外資に買い漁られていく。
……なんて言っても、誰も信じないだろう。
実は言いたくても言えないのだが、今はそれはいい。
世間的には、米国の映画会社を買収していた頃の、華やかな感覚から、抜けきれていないんだ。
「だから資産運用するの?」
「ああ。例えば、今までは、貯金をすれば利息で勝手に増えていくと思ってなかったか?」
「違うの?
うちのお父さんも、定期預金してるって聞いたことあるよ?」
「あ、うちの両親もそんなこと言ってたかも!」
「だよな。だが、それはもう古いんだ」
「「古い?」」
「今、10年の定期預金を組んだとして、年利何%の利息がつくと思う?」
有希が小首をかしげる。可愛い。
「5%とか?」
「適当に言ったな」
「てへ」
「おおよそ1%だ」
「たったの1%?」
「そう、たったの1%だ。
5%だったこともあるし、それ以上だったこともある。
10年定期を複利で組めば、満期でほぼ倍になる。
金利が高かった頃なら、定期預金はノーリスクで高リターンな金融商品だったんだ。親世代が定期預金をしていたのも頷けるだろ。
だが、今現在から定期預金を組んでもたったの年利1%だ」
ちなみに2000年代に入ると、0.002%とか冗談みたいな低金利になる。
「ほとんど意味ないね」
「うむ。無意味とは言わないが、利回りとしては魅力的ではないな。今はそういう時代になった、ということだ。
知っての通り、俺は株式投資メインでやってるが、他にもいくらでも資産運用する手段はある。
別に手を出さないまでも、時代に則した知識を得ておくことで、社会に出てから助かることもあるんだよ」
「その為のネオンテトラなんだね」
「うん。まあ啓蒙活動半分。
興味のある学生が集まってくれれば、将来、俺の会社にスカウト出来るかな、という下心半分だ」
これは本心だ。
前世でのサークルの仲間を含めた友人達の、社会に出てからの動きを見るに、基本人それぞれ、と言った所だが、自分も含めて、世に出る前に、もっと社会のことを知っておけば良かったと思う。
よって、多少なり経済状況や資産運用について知る機会があれば、追い詰められる前に何らかの手を打てることもあるだろう。無駄に散財したり、あからさまな詐欺に引っかかったりすることも減るかもしれない。
そしてこの時期、男女雇用機会均等法が施行されたとはいえ、色々な意味で男女の格差がある。
どちらかと言えば、女子の方が苦戦しているイメージなのだ。
実際、中堅の私立を出て、総合職で新卒採用されていた皿橋と新垣は、比較的恵まれた境遇であったはずだが、能力以外のところで躓くことになる。
曽良岡は例外として。
それが女子限定にした一つの理由。
誰が男子のために資金を拠出するか、という思いもなくはない。
他にいくつか真面目な理由があるが、
おいおい語ることもあるだろう。
そして、安定した新卒採用元を作っておきたい、というのが、サークル設立の、割と大きな理由だ。
資金面で問題は起こらない想定だが、事業を回す人材確保が必要だろうと考えた。
面倒な新卒採用を全国から募るよりも、業界リテラシーが高くて、ベーススペックの安定した人材を継続的に獲得できると見ている。
サークル組織に数年間在籍するわけだから、俺たちが卒業した後も定期的にOB(の方から)訪問することで、人材評価の精度も上がる。
同じ大学出身者で固めるのも、安定要因になるだろう。
少数精鋭でいく予定だしな。
その為の、種蒔きなのだ。
「岸谷くんは、随分先を見てるんだね」
頼もしげに、有希が肩に顎を乗せる。
「ま、まあな」
彼女なのにドキドキしてどうする。
「とにかく、来週の新歓コンパ、成功させましょう!」
「「おー!」」