ネオンテトラと漆黒の女王 16
2-16
-1995年8月-
下田の夜。
「だからですね、会長!
わらしは言いたい!
先輩たちはどうしてこんなにスタイル良くて美人なんですか!?
会長の趣味ですか!?」
ここは俺の部屋である。
一人で過ごす、穏やかなひとときを妨害する闖入者が約三名。
酒瓶を持った皿橋と、皿橋の連れてきた、幹部候補の二年生である。
さっきから俺に絡んでいるのが、二戸 沙苗。
法学部政治学科の二年生。
昨年、『私は2号でいいです!』と、張り切っていた下級生だ。
やれやれ。
何故、妙子や新垣のスタイルに言及しているか?
二戸は、スレンダーと言うには少々貧相というか、薄くて細い体型の女子なのだ。
ないものねだりである。
顔はまあ、可愛い方じゃないかな、俺から見て。
腰まであるロングの黒髪。
大丈夫だ、そういうのが好きな奴もいる。
「たまたまだろ」
「たまたまじゃないでしょう!どう考えても!
そして、生暖かい目で見ないでください!
全くもう、一緒にお風呂入ったら、自信無くしますよ!
同じ人類として!
ああ神様、あなたは何故こんな試練を与えたもうたのか!
私が何か、気に入らない事でもしたのでしょうか?
飲まないとやってられないわ!」
……この子は何というか、ザ・秘書って感じだな。
アメコミとかに出てくる、噂好きでキンキンと口うるさい、ちょっとイジワルな。
実は二戸とは、前世の写真サークルからの付き合いだ。
今回は直接【ネオンテトラ】に入ってきやがった。
こういうのを、腐れ縁、というのかな。
こいつは、仕事面ではこの後も、そんなに苦労しない。
実際、大企業の秘書として、結構ちゃんとやっていた。
性格にやや難がありつつも、細かいところによく気が付く細やかさがある。
社交的で弁が立ち、面倒見が良いしな。
見るからに野心がないし、悪いことをしない善意で動くタイプ。
良いとこの嬢ちゃんなんだよな。
オバチャンの井戸端会議では、口数の多さで主導権を握るタイプ、と言ったら良いのかな?
……だが、致命的に男運が無い。
ゼロを下回って、マイナス方向に張り切ってしまっている。
毎回ダメな男と付き合っては、その男の愚痴を俺に聞かせる、というプレイをしてくる奴である。
俺が死ぬまでの歴史で言えば、ずっと独身だったな……。
こいつ、卒業して暇そうだったら、俺の秘書にしてやろうかな……。
「沙苗はさぁ、人を羨むんじゃなくて、もっと自分を磨いた方がいいと思うんだよねー」
「にゃ、にゃにを!!
楓!もっとオブラートに包みなさいよ〜!」
人の心を鋭く抉ってくる、もう一人の二年生。
ウーロン茶を飲みながら、ポテトスナックを摘んでいる。
花明院 楓。
文学部芸術学科の二年生。
変なオブジェとか作るらしい。
すらっとした長身で、肩までの黒髪を、後ろでくくっている。
目が大きく、人を凝視してくるタイプ。
美人と言えなくも無い整った顔立ちだが、化粧っ気がなく、どちらかと言えばサバサバタイプというか、男っぽい。
「まあでも、会長の趣味は感じるよねー。
直美もそう思うでしょ?」
俺まで流れ弾喰らってるし!
そう、こいつは誰にでもタメ口なのだ。
「薄々は感じてました〜!」
皿橋は、だいぶ酔っ払っており、二戸とお揃いで浴衣がだいぶ乱れているが、惜しむらくは、全くセクシーさが感じられない。
「……感じないで、マジで」
花明院、実はこいつも前世から知っている。
写真サークルではなく、卒業後に仕事で会った。
こいつは卒業後、実家の古書店の店番をしながら、前衛的なアート集団を指揮し、色んなイベントに出展していた。
特殊な撮影機器を発注してきたんだよな。
スポーツ大会とか、首脳会議みたいなのでも、何か披露してたし、結構成功していたと思う。
そもそもこいつは、由緒正しいガチ貴族の出だ。
金持ちは金持ちだが、それより圧倒的な強者感というか、上流階級オーラがすごい。
歴史の重みを感じるね。
庶民には計り知れない、エグいコネを持っていそうだ。
ここまで聞くと、幸せな人生を送るしかない勝ち組かと思いきや、こいつは残念ながら、致命的に男の趣味が悪い。
何でこんなのと?という、冴えない男を何人か渡り歩いたあげく、30代後半で、ぽろっと会った公務員の男と結婚するが、あまりにもつまらない男で、世を儚んでバックパッカーとなって海外逃亡してしまうのだ。
離婚しろや!いやその前に、なんでそんなのと結婚したんだ!?
という感想を持った記憶がある。
行動が読めない、変な奴なのである。
頭は良いし、弁も立つ。
そもそも血筋的に、人を統べることに慣れている。
まあ、残念な奴なのである。
という二人が、二年生の有望株として、皿橋がわざわざ俺の部屋に連れてきたメンバーだ。うーん、腐れ縁。
でもまあ、花明院は、次期部長として良いかもな。
統率力が極めて高いのは、前世で実証済み。
男の趣味が悪いのが、全てを台無しにするのだが、このサークルには男がいないからちょうど良い。
多分、皿橋もそう考えているのだろう。
二戸は副部長かな?
「会長って、予言者って言われてるけど、卒業したらどうするの?」
「うん?自分の会社で、投資の事業をするつもりだ」
「すご〜い!」
二戸、目が$になってるぞ。
「やっぱそうなの?すごいね。
応援するよ。銀行の知り合いとかいる?
資金調達するなら、親戚が頭取やってるから紹介しようか?」
さらっと、エグいこと言ってくるんだ。
「いや、今のところ自己資金でやってけそうだから、問題ない。
でもいずれ世話になるかもしれないから、その時は頼む」
「うん、いつでも言って」
俺は、資金調達する気はない。
銀行との付き合いも面倒だ。
【シャインガレット】が典型的な例だが、会社はどこかで運転資金に窮することがある。だから、金を困ってなくても融資をしてもらったりして、銀行と付き合う。
そうして、『信用』という価値を高めておく必要があるのだ。
そうしないと、本当に困った時に、まとまった額の融資を受けることができなくなってしまう。
だが、俺はでっかく事業を展開しようとも思ってないし、1000人の社員を統べようとも思っていない。
自己資金の許す範囲で、心の許せるメンバーと、細々とやっていければそれで良いのだ。
世の経営者の多くも、そう思っているだろうが、それが難しい。




