ネオンテトラと漆黒の女王 12
2-12
-1994年12月-
バー【シクリッド】
「順也さん、マティーニです」
オリーブの飾られた透明なカクテルを、音もなく俺の前に置いてくれたバーテンダー。
青木さんがスカウトしてきてくれたご老人、茂木さんだ。
白い髪はキッチリとオールバック、口髭のある落ち着いた方だ。
七十を過ぎて矍鑠としており、週三で入ってもらっている。
ベストに蝶ネクタイのクラシックスタイル。
11月から正式に来てくれたタイミングで、お店の名前も【シクリッド】と変えた。内装もいじった。
以前のJKガールズバーの面影はない。
が、マキ、メグ、あるいは手すきの女の子を1名ないしは2名入れており、その衣装は、胸元の空いた白いワイシャツとタイトスカートだ。
若干のセクシーさを残した。
ま、茂木さんのいない時は、やや営業スタイルがガールズバーチックになるのはご愛嬌だ。
それでも以前に比べれば、上品になったものだ。
バーテンダーの見習いもいずれ入れるし、徐々に変わっていけば良い。
JK目当ての客は来なくなったが、意外にも、マキとメグのファンみたいな客が一定数いて、以前の客も半分くらいは、相変わらず贔屓にしてくれている。
「ありがとう」
マティーニ美味い。
隣では、青木さんがウィスキーのロックを煽っている。
何杯目だろうか?
この人、意外に酒が強い。
「じゃあ、一応、黒字化の目処はついた感じ?」
「ええ、従業員も6人増えて、安定して働く事ができています。
マキちゃんとメグちゃんも合わせて、凸凹はありますが、概ね4、50万くらいは毎月利益として内部留保出来そうです」
「持ち直してきたね」
「ええ、請ける業態を絞ったことで、従業員の傾向をある程度まとめることが出来ているのと、トラブルが減ったことが大きいです。
私が比較的自由に動けるようになりましたので、従業員のケアや、クライアントの調査に、時間を割けるようになってきました」
「さすが青木さんだ」
「そうれふよ!私は頑張ってる!
もっと褒めて〜!」
うん、若干絡む傾向があるんだよな……。
「よしよし、青木さんは偉いなぁ」
「うふうふ」
なんで俺が、年上の頭を撫でてあげないといけないのか。
ネコみたいだな。
「あー!ジュンジュンが佐里っちを落としにかかってる!」
「マキ、人聞きの悪いことを言うんじゃない!」
「もっと撫でてぇ!」
「青木さん、飲み過ぎでは……?」
あ、カウンターに突っ伏して寝ちゃった。
「青木さん、寝ちゃいました」
茂木さんが、大きめのショールを青木さんに掛けた。
心憎いくらい気が利くね、このご老人は。
「だいぶ疲れが溜まってるみたいです。
仕事終わりに、よくここに顔を出すんですが、0時過ぎてから来られることもあります」
「うーん、そうかぁ。
やっぱオーバーワークか……」
「いつも、『社長に約束したんだー!』って言って、自分を鼓舞されてますよ」
「ウチが派遣先でお尻掴まれた〜って言ったら、佐里っち怒鳴り込んできたんだよ!?『うちの従業員ナメてんですかっ!?』って、カッコよかったなぁ」
「頑張ってんなぁ」
お尻を掴まれた、というパワーワードには、あえて触れない事にしよう……。どうしようもない案件なら、青木さんから報告があるはずだ。
寝ている青木さんが険しい顔をしていたので、頭を撫でてあげると、少し表情が和らいだ。
管理側の人材不足は、深刻だ。
管理リソースの限界でこれ以上人を増やせないし、何よりこのままでは、青木さんが潰れてしまう。
わかっちゃいるけど、そう簡単に丁度いい人なんて見つからない。
派遣用の人材と違って、会社に共感や愛を感じてくれる人じゃないと、本社業務は任せられない。
これ以上手を広げないことと、ステファニーさんにもう少しサポートしてもらおうか。
「マキ、タクシー使っていいから、青木さん連れて帰ってくれないか?」
青木さんの住まいは、三軒茶屋にある、女性専用の小綺麗なアパートだ。ここからはタクシーで15分ほどで着く。
「ジュンジュンがやってよー!
今だけ!送り狼の特典つき!持ってけドロボー!
佐里っちの蜘蛛の巣を払ってあげて!」
「アホー!!早く行け!!」
「はーい」
どこの蜘蛛の巣だよ……。
他に客がいなくて本当に良かった。




