ネオンテトラと漆黒の女王 11
2-11
午前中は、一年は講義が詰まっているので、部室は空いている。
ということで、珍しく、【ネオンテトラ】の部室にいると、妙子が顔を出した。
「お、珍しいな。
だいたい放課後にいると聞いたけど」
「うん……ちょっとね、ウフフ!」
カバンを下ろして、新聞のチェックを始める。
今日は薄茶の革カバン。
これは、俺が初期メンバーにプレゼントしたものだ。
セルルスという海外ブランドの、バナキーンというカバンで、2020年代には、恐ろしく高騰したカバンである。
この時期たいした知名度はないが。
俺は、これの大きめの黒を使用している。
さて、次の講義の予習をせねば。
英語はかなり喋れるようになっているのだが、やはり日々の研鑽が欠かせない。国際交流学部には、海外から来ている講師が多く、講義がそもそも英語だったりするので、大変なのだ。
妙子は前世でも今世でも、英語バリバリなのが羨ましい。
バタバタと一年が駆け込んできた。
「曽良岡先輩、そこで河内さんが曽良岡さんのこと探してましたよ!ここにも来るかも!」
「そうなんだ……」
妙子はちょっと困った顔で、立ち上がり、辺りを見回した。
隠れる場所でも探していたのだろうか?
やがて諦めたように、力なく座った。
「すみません、曽良岡さんは……」
噂をすれば、何か高身長のイケメンが現れた。
だからその、謎のテカテカジャンパーやめろ。
「あ、ここにいたんだ。
ちょっと話があるんだけど……」
爽やかスマイルを浮かべるイケメン。
一応、部室の入り口から中には入って来ないようだ。
サークル部室あるあるで、サークル所属じゃない人間は、部室に立ち入らない、という不文律がある。
招き入れた場合を除く。
「すみません、次の講義の準備で忙しいので……
単位落としちゃうかもしれなくて……ウフフ!」
勉強なんかしなくても余裕のはずだ。
ということは、妙子はとても嫌がっている。
つうか河内、おまえ振られたんじゃないのか。
「いや、ちょっとで良いんだ」
デリヘルの痛客か。
粘るんじゃない。
俺は立ち上がって、入り口に向かう。
「ちょっとしつこいんじゃないか?河内」
こいつが【河内葉通信機器】の御曹司だってことは、ちょっと調べればわかった。
幹部会でも話題になって、俺らからすると、非常に不愉快な相手だ。
後から思い出したのだが、
実はこの会社、あと3年もすると、粉飾決算で自壊する。
色々な事業に手を出して、調子が良いと思われていたが、莫大な不良債権を経営陣、主に社長が隠していたのだ。一度風向きが変わると、内部告発が相次ぎ、もはや会社としてやっていけなくなった、というわけだ。
当時、かなり話題になった。
なので放っておいても良いんだが。
「あんたに関係ないだろ」
腕時計マウントは俺の圧勝だ。
自分より金持ってそうな相手とは、渡り合った事ないだろ?
ガキみたいな受け答えだ。
「俺はこのサークルの会長だ。
大いに関係がある」
「あんたが噂の岸谷か。
学生投資家とかって、もてはやされてるらしいな」
どこでだよ!!
ほんとにやめて欲しいんだが。
「その噂はどこでき」
「曽良岡さん!」
無視!
俺は、奴の視線を遮るように立った。
「俺は確かに投資家だ。
だから、いろんな噂を耳にする。
確かな情報として、河内、お前ん家の会社、だいぶ評判悪いな。
知らないわけではなかろう?」
河内、この世の終わりのような顔をする、の巻。
まさかこんなところまで悪評が轟いてるとは、思わんよな。
「え、いや、それは……」
「そ、そんな……河内先輩……」
妙子、今初めて聞いてショックを受けました、みたいな顔をしている。
ひどい、ひどい役者だお前は。
「具体的に言ってやろうか?
おまえが知ってて放置している、数々の話を……」
「ち、違うんだ!曽良岡さん、そんな顔をしないで!
うわーー!!」
……河内は去った。
親父の会社の悪評をダシにするのはどうかと思ったが、ありゃ共犯か、もしくは本当に黙認してる感じだな。
知りませんでしたーと、すっとぼけるほど、知恵は回らないようだ。
そしてどこで俺の噂を耳にしたのか、教えてくれなかった……。
「妙子、おまえ学内じゃ河内に捕まると思って、ここに逃げてきたんだな?」
「えへ、そうだよ?また先輩に助けられちゃった」
可愛い妙子を守るためだ、俺は何だって……
「あ……」
「また妙子、って呼びましたね?」
小悪魔は、嬉しそうに、はにかんだ。




