ネオンテトラと漆黒の女王 10
2-10
秋も深まった10月。
そろそろ肌寒い、と感じる季節だ。
「諸々の処理が完了しまして、銀行への返済を行う事ができました」
「そうですか、それは何よりです」
自宅に青木さんが訪れている。
グレーのレディススーツをキッチリと着こなした姿は、いつもと変わらない。
が、前と比べ、明らかに顔色が良くなり、表情も柔らかになっていた。眼鏡を直す仕草にも、落ち着きが見られる。
やっぱこの人美人だった。
やや幸薄そうなのが、儚げで良い。
「給与の方は?」
「そちらも正常化しました。
お気遣い頂いて、ありがとうございます」
「マキとメグは?」
あの後、この二人には、呼び捨てOKと了承を貰っている。
というか、そうしろと言われた。
代わりに、正式にジュンジュン呼びになった。
全く俺にメリットがない。
「今月の中旬から、仕事が入っています。
今回はしっかり内容を吟味させて頂いたので、落ち着いた職場ではないかと思っています」
職場はさておき、あの二人自体が心配だけどな。
「良かったです」
「求人も再開しています。
ぽろぽろと問い合わせが来始めていますね」
バブル後の不況真っ只中なので、人は集まりやすい。
2020年代と比べて、この辺は救いがあるな。
「前にお伝えした採用基準は、守ってくださいね」
「はい、承知しました」
以前の【シャインガレット】は、女の子のみの派遣、という意味では、業態を絞れていたと思うが、自転車操業で派遣先を選ばなすぎた。
派遣先での業務内容が多岐に渡ると、それだけ問題も起こりやすい。
これからは、受付嬢、秘書、総務等の本社業務、ショウルームなどのアテンダー、窓口業務などに業態を絞る。
イベントコンパニオンは、希望者だけだな。
よって、そこに向いた人材を吟味して取るように、と伝えている。
また、バブルで美味い汁を味わってしまった人は取らないように、とも伝えた。
あの異常な世界を堪能してしまった人は、正直今は使い物にならない。もう少し、今の時代感を理解してもらった後に来て欲しい。
労働の対価として支払われる賃金の感覚が、時代に見合ってない人間は、いつの世も一定数存在する。
そういう不幸なマッチングを予め避けておくというのは、経営者にとって必要なのだ。
【シャインガレット】で雇うスタッフの場合は、働き者であるかどうかが最重要だ。いじけた態度で仕事をするようでは、ウチのターゲットとする業務の派遣社員は務まらない。
今出来るのはこれくらいだ。
今までよりは、問題が減ると思う。
「お店の方は?」
「引き続き、マキちゃんとメグちゃんに任せていますが、
風俗紛いのサービスは禁止、制服も落ち着いたものにしています。
お客さんからは苦情も出ていますが、オーナーが変わったので……と言うことにしています」
「それで良いです」
捕まるよりはマシだ。
「バーテンの方は?」
「はい、渋谷の飲食店界隈の集まりで聞いてみたところ、
再開発で取り壊しになるビルで、一人で小さなバーをやっていたご老人がいまして。
引退を考えていたらしいのですが、週に何日か入って貰えそうな感触です」
「おお、良いですね」
「引き続き調整します」
お店の方は、いずれ落ち着いたバー本来の姿にしようと思っている。マキとメグは、派遣の仕事とバーの仕事掛け持ちになるので、若いとは言え、さすがに死んでしまう。
ご老人が入るタイミングで、お店の名前も変えよう。
客が減るだろうが、そこは一応手を打ってある。
「今は、私もたまにヘルプに入ることで、お店の方は何とか、という感じですね」
「青木さんも制服着るの!?」
「ええ、前からたまに入っていますので。
落ち着いた感じのブレザーでやらせて頂いてます」
生徒会長とか、そっち方面か……。
それはそれで需要が有りそうだ。
「なにか?」
青木さんが眼鏡をくいと上げる。
「……いえ」
「順調そうで何よりね」
ステファニーさんが、新しいお茶を出してくれた。
この人、俺を巻き込むだけ巻き込んでくれたので、ささやかな仕返しをした。
週一で、渋谷のオフィスとお店の、掃除と備品管理をお願いしたのだ。格安でな!
ステファニーさんは、青木さんのお兄さんがオランダ駐在していた頃からの、旧知の仲らしい。
たまに話するだけでも、青木さんの気が楽になるなら、とも思う。




