ネオンテトラと漆黒の女王 9
2-9
法学部法学科3年、河内 豪太郎は悩んでいた。
サラサラの茶髪、切長の瞳に、長身で整った容姿。
中学から始めたテニスは、高校で県大会上位に入ったほどの実力。
【河内葉通信機器】という、上場会社の御曹司である。
岸谷風に言えば、謎の大学ジャンパー集団クラスタ、に属する。
人も羨むモテ男で、悩みなど一つもないように思われている。
確かに、女に不自由したことはない。
大学でもサークルの部長であり、周りは豪太郎目当ての女子ばかりである。
そして、欲しいものは何でも手に入る。
だが……
父が一代で築き上げた、【河内葉通信機器】には最近、良くない噂が流れている。
いや、噂ではない、事実だ。
父のあまりのワンマンぶりに、周りはイエスマンばかり。
父が怒鳴るから、役員以下も怒鳴る。
社員は残業代も出してもらえず、日を跨ぐまで泣きながら働いている。
ミスをすれば衆人環視の中で謝罪させられる。
ミスしてなくても上司の機嫌を損ねれば降格、バイトと一緒に昼休みもなく電話応対だ。
新卒は10%残れば良い方。
セクハラや、いびり、イジメの話もよく聞く。
会社全体から、怨嗟の声が聞こえてくるようだ。
有料電話サービスを使った商売が調子が良いと聞くが、いかがわしい商売をして、莫大な利益を上げているとも聞く。
しかも、そこに従事しているバイトや派遣の女の子は、望んでその仕事をしているわけではない。時に恫喝されながら、安くこき使われているのだ。
この商売を手掛けてから、父のワンマンぶりに拍車がかかった。
金の魔力に取り憑かれてしまったのだ。
父に苦言を呈したこともあるが、軽くあしらわれてしまった。
「豪太郎、組織は一つの大きな生き物だ。
指先程度の社員はもちろん、ダメになったら生え変わる程度の、髪の毛先のことまで、お前が考える必要はない」
「でも父さん!」
「豪太郎、おまえはウチの二代目だ。
もっと大きなことを考えろ!
金を持ってない、何も考えてないアホどもは、使い捨てなんだよ。
いや、使い捨てられていることすら、気が付いてないかもしれん。
使ってもらえるだけ、感謝して欲しいものだ。
そんな奴ら、気にするだけ時間の無駄だ。
生み出された金のことだけ考えろ、それがお前の責務だ」
と言われては、その金の恩恵を、思いっきり全身で享受している豪太郎には、何も言えない。
悶々と悩む日々である。
そしてもう一つ、大きな悩みがあった。
たまたま同じ講義で見かけた、女子のことである。
コロコロと笑う、麗しい笑顔に、一瞬で恋に落ちた。
サークルの仲間から、国際交流学部の曽良岡 妙子、という2年であることを突き止めた。
どうやら、文系のサークルに出入りしているらしい。
寝ても醒めても、あの笑顔が脳裏から離れない。
こんなことは初めてだ。
思い切って告白してみた。
自分から告白したのは初めてだったので、うまく出来たかどうかもわからない。
困ったように微笑んだ彼女は、
「ごめんなさい、好きな人がいるんです」
と言って、可愛く頭を下げた。
頭がクラクラするような、良い匂いがした。
何故か全くショックを受けた気がしなくて、呆然として去っていく彼女を見送った。
断られたというのに、思いは募る一方である。
あんな破壊力のある女子に好かれて、付き合わない男がいるなど、信じられることではない。
断じてない。
……などと、見当外れな怒りすら湧いてくる始末。
過去、曽良岡 妙子に告白した男は、100%撃沈している。
そして、みな一様に、もっと好きになる。
悪い言い方をすれば、より狂信的なファンになる、という、妙子本人が全く望まない悪循環に陥るのである。
そう、河内 豪太郎は、自らに敷かれたレールを、どこか諦めを持って、どこか自嘲を込めて歩いてはいるが、性根までは腐っていない好青年なのだ。
そしてまた、血気盛んな若者なのであった。




