ネオンテトラは始動する 3
-1994年4月-
山野辺大学は山を切り拓いて出来た大学である。
よって、広大な敷地を有している。
建物は全て◯号館という数字がついており、全部で18の建物がある。
いわゆるサークル棟は、8号館と9号館に集約されている。
F&I同好会「ネオンテトラ」の部室は、8号館の2階にある。
広さは15畳くらいか。
この、学内の部室をゲットする為に、俺は苦労して大学の公式同好会としての承認を得たのだ。
サークルにとって、部室はなくてはならないものだ。
授業の空き時間、昼ごはん、放課後、全ての交流に使われる。
まさにサークルの心臓部だ。
今ここに、「ネオンテトラ」の初代メンバーが揃っていた。
会長
岸谷 順也
国際交流学部 国際経済学科 3年
部長
皿橋 直美
文学部 英語文学科 2年
副部長
東堂 有希
経済学部 経済学科 3年
新垣 翔子
文学部 英語文学科 2年
曽良岡 妙子
国際交流学部 国際交流学科 2年
以上の5名である。
なぜ俺が会長、という謎の肩書きになっているか?
このサークル、実は女子限定のサークルだからだ。
なので、俺は一歩引いたポジションにいる。
ちなみに全員、前世では写真同好会のサークル仲間だったメンバーだ。俺も含めて全員、今回もやはり写真同好会で出会ったわけだが、未来を知っている俺が、幸せな未来を示してあげたいメンバーなのだ。
別に俺だけ楽して生きるなら、それでいいとも言えるのだが、人には取り戻したい過去、というものがある。
なので無理を言って、「ネオンテトラ」の創立メンバーに引き摺り込んだ。
部長の皿橋だが、実は来年、写真サークルの部長になってしまう。面倒見の良い善人なので、先にこちらで押さえさせてもらった。
ついでに言うと、こいつは卒業後、電気関係のメーカーの営業になる。
そして、猛烈なセクハラパワハラの洗礼を受けて、数年で精神を病む。
前世ではその後どうなったか、誰にもわからなかった……。
そうならないよう、俺の下で働いてもらおうと思っている。
皿橋と同じ学科で同学年の新垣は、皿橋の親友だ。
沖縄の地主の一人娘だとかで、彫りの深い顔立ちと、大ぶりなナイスバディの持ち主だ。黒髪でストレートのショートカット。
明るく社交的で人当たりが良い。
楽しいことが大好きな、やはり善人だ。
こいつは卒業後、持ち前の正義感からかマスコミ系に進むが、その目立つ美貌が邪魔をして、同業の女子の嫉妬をモリモリと買う。
また、おじさん達の好奇の視線にさらされ、仕事がやり辛くなる。
その後はよく知らないが、有力者の愛人になったとか、破局したとか、業界内では、良くない意味で名前を知られることになる。
というわけで、こいつも俺が面倒を見たいと思っている。
同学年の東堂 有希は、俺の彼女だ。
上品で表情も穏やかな、大人しい女の子だ。
栗色の胸まであるストレート。
髪を染めているのは、ささやかな冒険なのだろう。
親は、名古屋で飲食店チェーンを営んでいる。
有希も、回収したい過去の一つだった。
最後に、曽良岡 妙子。
瓜実顔にやや吊り目の、日本的な美人。
コロコロと笑うその笑顔は、子供のように見えることもあれば、妖艶さを漂わせることもある。どれだけ翻弄されたかわからない。
肩までの黒髪を後ろで留めている。
小柄な外見からはあまりわからないが、実はスタイルが抜群に良い。
賢く真面目で社交的、ウィットに富んで嫌みな所がなく、英語が堪能、空気も読めちゃうスーパーウーマン。
そう、走馬灯に出てきた、
前世の大学時代の彼女である。
性格も趣味も、何なら人としてのスペックも違うのだが、何故か猛烈に惹かれ合って付き合った。
が、社会人になってほどなく、別れを告げられた。
俺が若く愚かな、……まだまだ子供だったのだ。
妙子は、総合商社に就職した後、米国と日本でワインか何かのバイヤーをしてメキメキと頭角を表すと、米国勤務となり、ITベンチャーへの投資事業の責任者となって莫大な利益を上げたと聞く。
米国支社長間違いなしと思われていたが、取り扱った海外のITベンチャーのイケメン社長と結婚してあっさり退職、シンガポールに住んでいるとか何とか、風の噂で聞いた話だ。
というわけで、妙子の社会人スペックはバケモンである。
今はただの可愛らしい女子大生なのだが、わからないものだ。
妙子はほっといても自力で成功するだろうが、俺の知る中で最も優秀な人材なので確保したい。
なんとなく、近くで見守りたい、という思いもある。
付き合わないのかって?
怖いんだよ。