ネオンテトラと漆黒の女王 3
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「そこに、【川内葉通信機器】さんから、お声が掛かりました。
あ、こうちようつうしんきき、です。
電話の交換機器なんかを扱ってらっしゃったんですが、最近は通信販売のユーザーサポートなんかをメインにやられています」
テレアポか。
知った名だな。何だっけな……後で思い出そう。
「事業が拡大したので、まとめて人が欲しいということで。
女性中心の職場ですし、電話応対の仕事なら大丈夫かと思い、10人ほど派遣したのですが……
管理側の正社員が、契約にない雑用はさせる、残業代は払わない、理不尽なパワハラはする、果ては有料電話サービスを利用した、男性客を対象とした、いかがわしい商売を強要してきたり……」
最後のはPQ3ダイヤルか!!
懐かしい、ってか今はオンタイムの技術だった。
1990年代を騒がせた、時代の徒花だ。
PQ3ダイヤルで儲け抜けた、目端のきく経営者は、2020年代には巨大企業の社長になっていたりする。
それくらいジャンジャン儲かったのだ。
「管理側は女性も半分くらい居たらしいのですが、全くこちらの言い分など聞かず……なかなか先方が対応してくれなかったのですが、二ヶ月で契約を終了しました。
しかし、派遣した女の子たちは、心身共に疲れ切って、ほとんど会社を辞めてしまいました」
「酷い話だ」
「ええ。経営が傾いていた所に舞い込んだ話だったので、よく聞きもせず請けてしまったのが、不運でした。
後で良くリサーチしてみると、かなり悪い噂のある会社だと言う事がわかりました。被害を受けたのはウチだけではないようで……。
ショックを受けた有村は、もう辞める、といって、全て私に譲渡して、田舎に帰ってしまいました。
私、ただの経理担当ですよ!!
副社長って言っても名前だけなんです!!」
やっぱ経理だった。
「よくわからないうちに会社を引き継ぎましたが、従業員はほとんど居なくなっちゃいましたし、事業を立て直す見通しも立ちません。それに加えて、銀行からは、融資の返済を前倒せ、と矢の催促です。
もうどうして良いのか……」
銀行による貸し剥がしを受けているのか……これはキツい。
青木さん、貧乏クジを引いたな。
この時期、不良債権問題が深刻化している。
そのあおりで、健全な企業まで被害を被っているケースがあると聞いたことがあるが、本当だったのか。
「今日も返済を待ってくれるよう、銀行に行っていたのですが、色良い返事も貰えず……」
青木さんが、やつれるのも無理はない。
前社長の有村さんの気持ちもわかる。
みんな一生懸命頑張ったんだろう……。
だが、このままでは、青木さんはすぐに窮地に陥るはずだ。
社長の責任は重い。
「……ご苦労、お察しします。
つかぬことをお伺いしますが、青木さんは、
【シャインガレット】の未来について、どのようなゴールを描いているのですか?」
「ゴール?」
「あー、つまり、どうなれば良いと思ってらっしゃいます?」
「どうなれば……うーん、とりあえず返済を待ってもらって……」
「そうでなくて……会社の未来の姿です。
明確なビジョンをお持ちですか?」
「そんなこと言われても、そんなのありませんよ」
憮然としている。
そう、大抵の人は、未来のビジョンなんて描けない。
目の前のことに精一杯だ。
それに、青木さんは、あれよあれよと言う間に、経営を押し付けられただけの人だ。尚更難しい。
「ですよね。不躾なことを聞いて、すみませんでした。
では、青木さん自身についてはどうですか?」
「私自身?」
「ええ。青木さんは、どう働きたいですか?
一番幸せで、やりがいを感じている自分の姿は、どんな姿ですか?」
「そ、そうですねぇ……
従業員がみんな笑顔で、明るい雰囲気で、その中で私は、好きな経理の仕事に没頭出来ること、でしょうか……
出来るわけも、ないんですけど」
青木さんは、悲しい表情で呟いた。
「では、ちょっとだけ、その未来をどうすれば実現出来るか、考えてみましょう」
あまり反応はないか。
追い詰められてるもんな。
俺は、メモ帳を手に取った。
「まず、青木さんについてです。
青木さんは、社長はしたくないんですね?」
「はい。私は経理の仕事がしたいんです。
人の上に立ちたいとも、経営をしたいとも思いません……」
「では、社長は誰かに代わってもらいましょう」
「そんな簡単に……」
「青木さんが働きたい未来を実現するために、
ちょっと考えるだけですよ」
青木さんがなるほど、と言う顔をする。
思考実験だと思って貰えばいい。
実現性とかは、今は無視だ。
「次に、融資についてですね。
失礼ですが、返済の必要な金額はおいくらですか?」
「500万です」
大したことないな。
傾いた会社は、もっと借金を重ねててもおかしくないのだが。
「その他に、会社に借金のようなものはありますか?」
「ありません」
「そうですか。
では、その返済は、これも誰かに、いったん肩代わりしてもらいましょう」
「それが出来るなら有難いです」
「もしくは、株式を譲渡して出資してもらう手もあります。
会社の株主構成は?」
「難しいことはよく分かりませんが、株式は社長が100%持っていて、それを私が全て譲り受けています」
「つまり、青木さんが100%持ってるわけですね?」
「はい」
「実は前社長の権利が残ってたりしませんか?」
「弁護士が取りまとめてくれたので、大丈夫だと思います」
それなら出資の受け入れ、あるいは買収受け入れは容易い。
【シャインガレット】に価値があるとは思えないが……
思考実験、思考実験!
「では出資、あるいは買収といった受け入れも、場合によっては可能、と。
次に、従業員についてです。
青木さん以外に、従業員は何人ですか?」
「二人です。
辛い環境を耐えてくれて、残ってくれた、大事な従業員です」
「雇用形態は?」
「契約社員です」
「承知しました。
今は派遣の仕事は?」
「ありません」
待機中、と。
「青木さんと、従業員の給与、その他事業所の家賃や弁護士費用など、月のランニングコストは、支払えていますか?」
「給与は滞りがちですが……その他は問題ありません」
派遣の仕事がないのに?
あ、内部留保があるのか。
「運転資金はいかほど?」
「120万ほどです……」
あっという間に消える額だな。
「すぐに尽きますね……」
「まぁ、でもお店があるので……」
「お店?」
お店って何。




