ネオンテトラと漆黒の女王 2
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「人材派遣会社ですか」
「ええ、元々人材派遣を細々とやっていたんですが、1985年に施行された、労働者派遣法が契機になりまして、事業を拡大したんです」
俺の前には、青木 佐里さんという、30代らしき女性が、憔悴しきった顔で座っている。
【シャインガレット】という会社の、副社長さんだ。
薄化粧に眼鏡をかけ、緩く引っ詰めた茶髪。
女性にしては長身で、ほっそりとしている。
すごく個人的な印象としては、経理の人、って感じ。
今はひどくやつれていて、頰もこけてしまっているが、普通にしていれば、結構美人だと思うんだよな。
関係ないけど。
なんでこんなことになっているかと言うと、
きっかけはステファニーさんだ。
「順也、ちょっと相談したいことがあるんだけど……」
「ん?どうしたの?」
「友人が会社の副社長をしているんだけど、とても困ってるらしいのよ。私じゃ難しい話は、さっぱりわからないから、順也なら相談に乗れるんじゃないかなって」
俺は未来を知ってるだけの中年サラリーマンなんだが……
ステファニーさんの、期待を込めた眼差しが痛い。
「わ、わかりました。
お力になれるかどうか、わかりませんが、ステファニーさんのお友達が困っているなら、ほっておけません。
お話を伺いましょう。
話すだけでも、気が楽になることもありますし」
「さすが順也!連絡しておくね〜!」
というわけである。
事前に、俺のことを懇切丁寧に説明してくれるという、念の有り様だ。そんなに期待しないで欲しい……。
青木さんは、ステファニーさんが淹れたお茶を一口飲んで一息つくと、またぽつりぽつりと話し始めた。
「社長の有村は、珍しく女社長ですが、まだ若い頃に、セクハラで随分嫌な思いをしたということで……
女性の働きやすい会社を、と、女性の事務職や営業事務、あるいは受付嬢などの派遣を幅広く行なっていました」
「なるほど。
特定労働者派遣ですか?」
「ええ、若いのによくご存知ですね。
弊社は特定労働者派遣の事業者です」
「承知致しました。続きをどうぞ」
登録制を認可されている一般労働者派遣の場合、日雇派遣など、結構グレーゾーンの事業を手がけている場合がある。
事業内容を調べるのが単純に面倒くさい。
認可されてないのにやってる事業者も、居たらしいけどな。
社会問題になっていた記憶がある。
「バブル期の需要もありまして、順調に事業は拡大していたのですが、バブルが崩壊してから風向きが変わりました」
「ほう」
不景気にこそ、派遣会社は儲かるものだと思ったが。
「需要自体はむしろ広がったのですが、契約にない業務内容の要求が頻発したり、パワハラ紛いの厳しい指示が出たり……何より、契約の更新を盾にセクハラを行う、あるいは体の関係を迫ってきたり……といった事例が目立ってきたのです」
「なるほど」
今まで気にならなかった、派遣会社へ払うコストが、不景気になって表面化してきたと。
社員で賄えない部分を担っているのは、今までと一緒なので、必要な人材に働いてもらっているだけなのだが、業績全体に余裕がない。
そうすると、雇ってやってるんだぞ、という意識が強くなる人間が出てくるのは、無理からぬ事と言える。
許されることでは無いが。
「弁護士と相談して、訴訟も検討したのですが、ウチのような中小には、手間も費用も出せるものではありません。
結局、有村は、そういった会社と縁を切りました」
「高潔な方ですね」
泣き寝入りするか、そういうこともあるさと、諦めることが多いだろう。そうやって、心を殺して生きている人は多い。
前世の俺もな……。
「はい、有村の志からすれば、許せないことですので。
しかし、そうすると当然、取引先が減っていきまして……
仕事が無いからと、社員たちは辞めていきました」
「商売は、一筋縄ではいかないですよね」
志は素晴らしいのだが。
結局なんで、その社長さんはここに居ないんだろう?




