ネオンテトラは始動する 20
過去編が終わりましたので、岸谷死後の世界を描いてみました。
-2029年5月-
「チッ、岸谷の奴、まさか死んでしまうとは」
四角い銀縁の眼鏡を、くいと上げて、
熊谷 真佐美は呟いた。
60代前半、綺麗にオールバックにした銀髪を撫で付ける。
岸谷に、ボーナスカットを告げた上司である。
「ちっとな、ちっと利益が足らんからと、ボーナス削ったくらいで、心筋梗塞を起こすとは。ま、突然倒れたことにしたから、良いようなものを」
大手カメラ機器メーカー、【リブーソ】の取締役室。
熊谷は、4月に取締役の内示を受け、6月の株主総会で正式に承認される予定であった。
「あいつがいないと、業績が上がらんのよな」
熊谷は、岸谷が部長になってからの上司である。
元々営業畑で、場を強引に取りまとめるノリの良さと、口のうまさで執行役員まで駆け上がった。
岸谷のまとめてきた新規事業や新商品を、悉く自分の手柄として経営層に取り入り、ついに今年、取締役になることが出来た。
この15年の実績が正当に評価されていれば、
取締役の椅子に座っていたのは、岸谷であったかもしれない。
妻を満足させるだけの報酬を得て、借金に苦しむこともなく、娘の学費に苦慮することもなかったかもしれない。
老後を悲観することも、なかったかもしれない。
だが、全ては過ぎ去ったことである。
「ま、仕方ない。良い踏み台になってくれた」
窓の外のコンクリートジャングルを眺めて、
熊谷は満足そうに口角を上げるのだった。
一方。
薄暗い、安いラブホテルの一室。
岸谷の妻、愛美は、熱い情事の後、歳の割には若い、火照った体に、下着を身につけようとしていた。
「ねぇ、お金は?」
45歳くらいか。愛美よりも5つは若い。
サラサラの髪に甘いマスク。
引き締まったその体は、どれほどの女を喜ばせているのか。
「ごめん、旦那が死んじゃって、これだけしかないの」
無造作に、財布から5万を出す。
それを受け取った男は、丁寧に紙幣を数えると、
「今月はこれだけか……」
人生が終わるか、という勢いで落胆する。
「響也、ごめんなさい……」
「良いんだよ。いつもありがとう。
……旦那さん死んじゃって、残念だったね」
「そんな、響也が気にすることじゃないのよ。
真面目なだけが取り柄の、面白くもない旦那だったし」
「僕には、愛美を元気付けてあげることしか……」
「嬉しい……ねぇ響也、私もう独身なの……一緒に」
響也は、強引に愛美の唇を奪う。
「僕は、事業に失敗して、すごい借金があるんだ。
愛美を不幸には出来ないよ」
響也の、憂いを含んだ表情に、少女のように頬を染める愛美。
「私が、支えてあげる!
旦那の保険金が入るのよ。きっと返せるわ」
「ありがとう愛美。
君の思いに、僕は応えたい」
「ああ、響也!」
抱き合う二人。
愛美が響也に出会ったのは、40歳頃、もう10年も前になる。
最初、新しい事業を始める為の資金が必要だった。
そして、事業を軌道に乗せる為の資金が必要だった。
さらに、志半ばで事業に失敗し、多額の借金を背負ってしまった。
10年に渡る、響也の壮大なストーリー。
愛美が貢いだ金は、2000万は下るまい。
夫の給料はもちろん、銀行口座にあった金を、ジャブジャブと使った。金がなくなると、借金をして貢いだ。
ついに出会ってしまった、運命の男の為に。
響也にとって、愛美は、金ヅルの一人だ。
マダムキラーの響也には、抱えている人妻が常時20人は居る。
人生に、何かしらの物足りなさを感じている人妻に、スリルと快楽を与えて、対価を頂いている。
そう、Win-Winの関係だ。
独身になってしまった愛美を、今まで通り抑えるのは難しいだろう。一気に回収して、連絡を断つか……。
そこそこの収入をもたらすし、良い声で鳴くニワトリだったが、扱い辛くなってしまったら、ニワトリ小屋から放逐するしかない。
また、新しい若いニワトリを補充しよう。
そうだ、それが良い。
「僕も頑張るよ、愛美との未来の為に」
岸谷さん、詰んでました。
救いがなさすぎるので、出来の良い娘の話を、何処かで書きたいなと思います。
第一部はこれで終了です。
もしここまで読んでいただけましたら、ついでにポイントをぽちっとして頂けますと、大変励みになります(_ _)




