ネオンテトラと新時代 38
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「あ?何だって?」
【ツキテレビ】社内の鷺ノ宮のオフィス。
ゼネラルプロデューサーである鷺ノ宮 陽次には、役員以外では唯一と言っていい個室が与えられている。
ポスターや台本、資料、見積りや何らかの書類で足の踏み場もないが。
鷺ノ宮は、唾を飛ばして部下の下っ端プロデューサーの木下に食ってかかった。
日頃の不摂生のせいか、鷺ノ宮はだらしなく太り、髪はベタっとしていて、目だけがギラギラと輝いていた。
元々丸顔なので、それは豚を想起させる。
接待の場ではさすがに風呂に入りまともな格好もするが、普段は何日か風呂に入らないのも、服を何日も洗濯しないのも、何日も家に帰れないのも当たり前。
それだけ忙しい。
テレビマンであるからには、それが当然なのだ。
「よく聞き取れなかったから、もう一度聞くぞ?
陣内さんはご満足されて、スポンサーを融通してくれたんだよなぁ?」
汗を流して木下はしどろもどろに応える。
「いえ、その……
紫帆ちゃんがすぐ帰っちゃったらしくて……
陣内さんお怒りでして、悪いけど他局の方が良い子用意してくれるから、今回は融通出来ないと……」
下っ端プロデューサーである木下は、たいした権限もなく、制作会社やスポンサー、タレントや芸能事務所のご機嫌を取り、スケジュールや予算の管理、社内政治の綱渡りから他部者との調整まで、あらゆる辻褄合わせを行っている、縁の下の力持ちである。
頭を下げて、額が擦り切れるほど土下座をするのが仕事だ。
番組制作会社と、よろしくやっているディレクターの、なんと羨ましいことか。木下が精神を擦り減らして獲得した予算を無造作に使って、もっと予算があればなぁ、などと巨匠気取りで御託を並べるゴミクソ野郎どもだ。
地獄に堕ちれば良い。
しかし、出世コースに乗るためには、このポジションが一番早い。実際、鷺ノ宮がそうしてきているのを、間近に見ている。
俺もいつかこうなってやる!と、静かに闘志を燃やす木下であった。
精神が持てば、であるが。
鷺ノ宮は腕組みした。
牛窪 源一によるガバナンスの刷新については、鷺ノ宮も知る所だが、彼は冷ややかな目線を向けている。
メディアなんぞ、上手く利用して欲望を満たす為の道具に過ぎない。賢く立ち回れば女なんか抱き放題だ。
学歴や容姿にコンプレックスのある鷺ノ宮からすれば、お高く止まった一流大学出のアナウンサーや、プライドだけは高い綺麗どころのタレントが屈辱の表情で跪き、時に自らお楽しみを献上してくれるのがたまらない。
一度味わったら、麻薬のようにやめられない。
昔からみんなやってる事じゃない?
テレビの仕事は激務なんだよ。
のうのうとつまらねぇ仕事をしてる一般人とは格が違うの。
ちょっとしたお楽しみがあって然るべきでしょ。
何が悪いわけ?
それを空気の読めないお坊ちゃんが、引っ掻き回している。
由々しき自体だ。
【林林広告】が今回ウチを完全スルーしてきたのも、源一の影響があるのかもしれない。前なら、笑ってこちらの頼みを多少なり忖度してくれたものだ。
そんなことが、ちらりと脳裏を掠めたが、どうでも良いと思考を切り上げだ。俺は俺の欲の赴くままに、やりたいようにやる、それだけだ。
今も昔も、これからも変わらない。




