ネオンテトラと新時代 37
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【プロトコントル】から返事があった。
出資を受け入れると言うことだ。
まあそうだろう。
後の世ならともかく今の時代、システム会社の価値は低い。
出資した上で仕事も提供するという、酔狂な投資家は珍しい。
即答しても良い所だと思うが、段階を踏んで先方を立ててあげることが必要だ。
「デューデリジェンスの結果、先方はだいたい年商8000万。平均して月に200万程度の赤字を出しています。細々とした仕事の他は、【ツキテレビ】の案件が継続して入っていますが、思った以上に契約条件は劣悪、やればやるだけ赤字で、業績は右肩下がりです」
新垣が、資料をパラパラとめくりながら読み上げる。
「ダァ」
ここは俺の自宅。
手の中には未来。
隣では、凛子がお行儀良く絵本を読んでいる。
妙子は外出。ステファニーさんは買い物だ。
愛菜ちゃんは夕食の支度をしている。
「……先輩、流石にオフィスを持たれてはどうでしょうか?」
「うん。わかってる……」
【シャインガレット】にも【ブラックエンゼル】にも、【バタフライアクセス】にも、相変わらず俺の席はない。
【シクリッド】の奥にあった俺の隠れ家はなくなった。
まあ自宅で仕事すれば良いやと思っていたんだが、子供が出来て、そうもいかなくなってきている。
「続けて」
「はい。
役員は鎌切さんの他二名で、全員技術者です。
ヒアリングした限り、経営に関しては素人に毛が生えた程度ですね」
「手厳しいな」
「……役員報酬は月に40万そこそこ。社員の給与水準も平均25万程度で年次の昇給も、ほとんどありません。
社員は不満はそれほど無いようですが、不安は募らせているようです」
「エンジニアは、報酬よりも気の合う仲間を求めがちだからな。社内的には、割と良い職場なんだろう。それにしても少し水準が低いな」
「はい。
銀行からの借り入れは、全部で6000万です。
追加の融資は渋られているようで、キャッシュフローは既にアップアップです」
「普通に倒産寸前じゃないか」
「はい。はっきり言って倒産寸前です。
一部の融資の返済が今年の年末にありますから、非常に厳しいですね」
「やれやれ。
月に300万の保守の仕事を発注すれば、ひとまず倒産は回避出来るが、出資なしではどの道終わりか。
出資の目安は?新垣の考えを聞かせてくれ」
「そうですね……。
2500万で30%の増資、で如何でしょうか?
正直言って買収出来ちゃう状態ですが、先方を立てる、と考えると、この辺が落とし所かと。
【ツキテレビ】案件から撤退し、何か仕事を繋いであげる必要があることと、当方からの仕事の発注はマストです。
それに、負債の肩代わりはしたくありませんので、こちらとしてもこのくらいが丁度良い按配かと」
「ふむ……第三者割当増資か。
もうちょっとサービスしても良いかな。
3000万で30%でどうかな?
銀行への返済にも余裕が出来る」
新垣は小首を傾げて考えている。
第三者割当増資は、会社に対して、合法的に資金提供する際によく使われる手法だ。新株を刷って、資本金を増加させる。鎌切さんから株式を買っても、鎌切さんの収入にしかならないからね。
今回は30%株式を増やす形になるので、今までの1.3倍に株式数が増加する。だからうちの持ち株比率としては、23%くらいかな?法律上は関連会社になる。
【ブラックエンゼル】が上場企業なら結構大事なことなんだが、そうではないので、正直それほど重要な事ではない。
一千万程度を返済に回して、体制の立て直しに一千万、後は何かあった時のために金庫に収めておけば良い。
ほぼ人件費だからな。人がうまく回れば改善は容易だ。
「まあ、先輩がそうお考えであれば、良いんじゃないでしょうか?
お友達価格のサービスと考えれば。
ただ、妙子ちゃんや直美ちゃんがなんて言うか……」
「妙子はシビアだからなぁ。
……まあ、許してくれるさ。
出資条件含め、みんなで相談してみてくれ」
「承知しました。
先輩の意向がそうであれば、反対はしないと思います」
「弁護士とも相談が必要になると思うが、多分、取締役に一人入れることになると思う。
そうなったら新垣、おまえが入ってくれよな」
「えー、私ですか?
佳奈ちゃんで良いじゃないですか」
「いや、【バタフライアクセス】の案件を扱うんだぞ?」
「うーん、じゃあ梢ちゃんで……」
「雪村じゃナメられるだろう。
何でそんなに嫌なんだ?」
言いにくそうにする新垣。
「嫌、ってことは無いんですが……
その、男性の多い職場は……」
「あぁ……」
皆まで言わずともわかってしまった。
新垣は、掛け値なしに、モテる。
信じられないくらいに、モテる。
圧倒的なナイスバディに、男たちは吸い寄せられ、平伏してしまう。
妙子とは別ベクトルのモテ女なのだ。
しかも人妻でしょ?
確かにこれはアカン。
今まで女性限定に絞ってきたから、こういう問題は起こらなかったが……。
「だから真鍋か」
真鍋は、何故かモテないのだ。
スタイルも整っているし、正統派な美人顔。
マメで仕事も出来る。
だが、モテない。
纏っているオーラの問題だろうか。
同じように二戸もアレなのだが、あいにく二戸は出向中だ。
困った時の皿橋は時短だしなぁ。
「いや、だから、という訳では無いのですが……」
互いに行間を読む会話。
付き合いの長さ故に成立するやり取りだな。
「ま、まぁ、真鍋、良いんじゃないかな、うん。
よく考えたら悪く無いと思うよ。ハハハ」
「ですよね?
その件も、みんなと相談して決めて良いですか?」
「ああ、それで良い」
「ありがとうございます」
これは、なかなかに困った問題だ。




