ネオンテトラと新時代 35
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サクッとタクシーを拾って、そそくさと立ち去ることにした。
彼女は、我妻 紫帆と言うらしい。
【ツキテレビ】のアナウンサーだそうだ。
そう言えば、前に収録の見学に行った時、シホちゃんと呼ばれていた女の子だと思い出した。
給湯室で、誰が抱くか?と噂されていた子だ。
つまり、予定通り誰かに生贄にされそうになった、と言うことだな。給湯室の話の流れだと、【林林広告】の部長だ。
流石にあれこれ聞ける雰囲気ではないから、想像だけど。
……やれやれ、また鷺ノ宮絡みかよ。
派手にやってますなぁ。
紫帆さんのマンションは、田町にあった。
セキュリティバッチリの高層マンションだな。
さすがはアナウンサー。
赤坂からは、さほど遠くない。
「この辺で降ろして頂ければ……」
「んー、ちょっと待って」
俺はガラケーを取り出して、とある男に連絡。
「どう?大丈夫?」
「はい、特に変な輩は居ませんね」
「ありがとう。仕事に戻ってください」
「承知しました」
電話を切る。
俺に張り付いてくれている南條衆の方だ。
多分このマンションは、【ツキテレビ】御用達だろう。
だいたい、半タレントの女性アナウンサーなんて、危なくて適当な所に住まわせられない。
自動的に、会社の指定するマンションに住むことになる。
と言うことは、鷺ノ宮がその気になれば、部屋番号まで知ることが出来る。
どこまでこの子が危ない立場かわからなかったから、ちょっと周辺を調べてもらった、という訳だ。
「紫帆さん、怪しい奴とかは居ないみたい。
安心して帰ってください」
「はは、は、はい。
何から何まで、ほんと、本当に……」
「良いの良いの。
困った時はお互い様、ってね」
「あの……お名前を伺っても?」
「……ジュンヤだよ。
ただのジュンヤ。こっちはコズエ」
雪村に目配せをする。
「コズエでーす」
合わせてくれた。
よく出来た部下である。
「はぁ……」
別れ際に、紫帆さんに話しかける。
「紫帆さん。
一応仕事は、2、3日休むと良い。
なに、多少穴が空いても大丈夫だよ。
それから、会社には、普通に行っても良いと思う。
多分みんな軽く流してくれると思うよ。
そういう業界だから」
「そういう……業界」
「そそ。
紫帆さんはノリが悪いねぇ、で話は終わり、だ」
「そんなっ!」
信じられない、といった顔をするものだ。
若い子はピュアだね。
「……大変なことがあったんだと、想像は出来る。
だから、よく考えた方が良い。
君のような普通の感性を持つ人間には、少々生き辛い場所かもしれないからね」
「……」
紫帆さんは、唇を噛み締めている。
うん、ちょっと話しすぎたか。
「じゃあね」
「ちょっと、待ってください!
また、お話し、出来ますか……?」
「え?……ああ。
そうだな、もし何か話したいことがあるなら、火曜の夜にここに来るといい。一人でな」
俺は四角いカードを渡す。
「会員制バー、シクリッド?」
「メグという女の子にこれを見せて、'ジュンヤと話したい'と伝えればわかるだろう」
ふふふ、怪しいだろう?
だから来ない方が良いよ。
「社長、なんですか?
ジュンヤにコズエって」
紫帆さんを見送ってから、俺たちはタクシーを走らせていた。雪村が当然の疑問を呈する。
「面倒事は、なるべく避けたいだけさ」
「私には、社長が自分から面倒事に鼻先を突っ込んで行ってる、としか思えませんが」
「あれを助けないのは、有り得ないだろ」
「それはまあ、そうなんですが……
曽良岡先輩や青木さんが、社長に監視役をつけたがる理由がわかったような気がしましたよ」
「……」
「【シクリッド】に我妻さんが来たらどうするんですか?」
「来ないだろ。
あの子はあれで結構芯がありそうだ。
事故に遭ったと思って、俺たちのことなんか忘れて逞しく生きていくさ」
「そうですかねぇ……」
なんだよ!来ないでしょうよ。
人をトラブルメーカーのように扱うのは、本当に心外だ。
来ないよね……?
「へくしっ!」
「ちょっと肌寒くなってきましたね」
「あ、コート貸しっぱなし……」
踏んだり蹴ったりだ。




