ネオンテトラと新時代 32
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そんなこんなで1時間ほどして、いつの間にか下っ端プロデューサーがいなくなったりして、徐々に人も減ってきた。
「じゃあボクはそろそろ失礼しますよ」
エボ川さんは、若い女の子と二人で帰るようだ。
「もー、エボ川さん、全然連絡くれないんだからぁ」
「ごめんね、今日は付き合うから」
とか言いながら出て行った。
確かあれは、私の前にアシスタントをしていたアキちゃん。
二人で出ていくということは、つまりそういうことなのだろうか?
紫帆は廊下で二人を見送りながら、自らの体の異常を感じていた。
(さっきから、何だか身体が熱い。
頭もぼーっとする。そんなに飲んでないんだけどな)
と、ガバッと後ろから抱きつかれ、胸をまさぐられた。
「おー、やっぱデカいなぁ。
柔らかくてええやん」
鷺ノ宮だ。
「ちょ、鷺ノ宮さん。
やめてください!」
振りほどこうとしても、うまく力が入らない。
(おかしい!
それに、何だかとっても身体が敏感になってる。
そんなにきつく揉まれたら)
「……あっ」
首に息を吹きかけられた。
「ごめんごめん。
おじさん酔っ払うと、抱きつき癖が出ちゃうんだよねぇ。
許してね」
鷺ノ宮がパッと離れる。
「酔い過ぎですよぉ」
何とか言葉を絞り出す。
(今あんた、胸揉んだよね?)
「でも、紫帆ちゃんも身体が熱ってきちゃったんじゃない?
いけない子だね。ちょっとこっち来ようか」
有無を言わせない鷺ノ宮に手を引かれて、パーティ会場に戻る。ソファに座らされて、一息つく。
「陣内さん、紫帆ちゃんが少し休みたいって言うんで、後お願いしていいですか?」
「ああ、構わんよ」
「じゃあみんな、行こうか」
「「「はーい」」」
女の子たちと鷺ノ宮が、そそくさと帰り支度をする。
「え、ちょっと、待って……」
(冗談じゃない!
こんなオヤジと二人きりなんて、襲ってくれと言ってるようなものじゃない!)
陣内が紫帆の肩を乱暴に抱き寄せる。
そんなにきつく抱きしめないで……。
視界がぐるぐるする。
紫帆は混乱の極致だった。
「紫帆ちゃんは、もう少し休んでいくと良いよ。
なに、私に遠慮しなくていい」
その方がいいかもしれない。
少し気分が落ち着くのを待つだけだ。
別に襲われると決まったわけでもない。
流石にそんな事はないだろう。
……という、願望に近い気持ちが少しだけ湧いてしまう。
ほんの少し逡巡しているうちに、鷺ノ宮と女の子たちはわいわいと出て行ってしまった。
陣内がネクタイを緩める。
「紫帆ちゃんとは、一度ゆっくりと、わかり合いたいと思ってたんだよね。ほら、言葉だけじゃわからないこともあるでしょ?こうして紫帆ちゃんが私と過ごしたいと、残ってくれたのだから」
「い、いえ、そういう意味では……あっ」
陣内が首筋にキスをする。
と同時に、太腿に手を這わせてくる。
「大丈夫大丈夫」
(大丈夫じゃない!)
陣内の蛙のような顔が近づいてくる。
(気持ち悪い!無理無理無理!)
紫帆は、残る力を振り絞った。
人生で最高に力の限り振り絞って、陣内を振り払った。
「わ、わたし気分が良くなってきたので、失礼しますっ!!」
そして人生で最高に機敏な動きでカバンを取り、駆け出した。
「ちょ、待ちたまえ!」
陣内が伸ばした手は、紫帆のワンピースの背中の布を掴んだが、ボタンをバラバラと散らして破れ、紫帆は部屋を脱出することに成功する。
それから先のことは、必死過ぎてよく覚えていない。
気がついたら、ホテルの中庭の草むらに身を隠していた。
(どうしてこんなことに?
怖い、恥ずかしい。
こんな姿じゃ人前を歩けない。
靴置いてきちゃった。
陣内さんを怒らせちゃったかな?
鷺ノ宮さんは陣内さんと示し合わせて?
ここまで探しに来るの?
明日会社行きたくない……)
紫帆の明晰な頭脳は、まともに働いていないのだった。
「君、大丈夫か?」




