ネオンテトラは始動する 17
-1994年8月-
「うわー!海が綺麗!!」
「砂浜が気持ちいい!
下田の海水浴場。
湘南と違い、下田まで来ると、さすがにあまり人がいない。
下田の、ビーチまで3分の高級ホテルに一泊二日、ネオンテトラの夏合宿には、予想以上に参加者が多かった。
仕方がないので、横浜から運転手付きのプライベートバスをチャーターした。車3台くらいで適当に行けるかと思っていたのに。
もう怖いものなどない。
総勢20人の、色とりどりの水着を着たメンバーが、きゃいきゃい騒いでいる。こういうのを役得、というのだろうか。
中でも、新垣の黒の紐ビキニが圧巻だ。
小麦色の肌にダイナマイトボディが、白い砂浜によく生える。
ビールのジョッキでも待ってくれたら、ポスターの完成だ。
ここは日本で合ってるか?
有希の上品なチャコールグレーのワンピースもかわいい。
俺は確かに天使を見た。
有希は何でもかわいいのだが。
が、どうしても目が逝ってしまうのが、曽良岡のクリムゾンレッドの柄モノの、パレオ付き三角ビキニだ。
相変わらずズルい、ズルいぞ妙子!
セレクト自体は可愛い方向なのだが、メリハリのあるセクシーな体型をカバーしきれていない。
ごく自然に、可愛いとセクシーを織り交ぜてくる、その小悪魔加減があざとい。そして本人に自覚がない!!
あまり見ないようにしよう。
……皿橋は、まあいいか。
一年も、まあいいか。
俺は、ビーチパラソルの下で荷物番をしている。
アロハシャツに海パン、サングラスで、地元局のラジオを聴いている。家族で海水浴に来たパパ気分だ。
海では、有希と新垣による水泳対決が盛り上がっている。
みんなのために持ってきた、デカ目のクーラーボックス(運転手と二人で運んだ)から、ラムネを拝借していると、
「せーんぱい、何飲んでるんですか?」
妙子だ。
両手を膝について、覗き込んでいる。
その屈み方は、青少年には目の毒だぞ。
セクシーな女芸人がやって一世を風靡した、
いわゆる、でっすーの!ポーズだ。
俺は思わず右手で顔を押さえてしまった。
「ラムネ。おまえも飲むか?」
「わぁ、良いなぁ!私にも頂戴?」
クーラーボックスを開けようとすると、
「これで良いです!」
と、俺の手からラムネをひったくった。
「あ、こら」
「えへへー」
だから両膝ついて、両手で飲むな!
そして、そんなにぐいぐい飲んだら溢すって。
ていうか、何でこっち見ながら飲んでるんだ?器用だな。
言わんこっちゃない、可愛い唇から溢れ出した俺のラムネが、妙子の胸に流れて……
いかんいかん!!
平常心!平常心だっ!!!
おい今、俺のラムネ瓶をペロっとしたな!!
艶めかしくな!俺のラムネ瓶をな!!
ほんと一回、ぶん殴ってやろうかな。
「仕方がないな……」
「ウフフ!」
動揺を悟られてはいけない。
ま、妙子に自覚はないんだけどな。
こういうことを天然でやってくるので、気を抜けない。
「かいちょー!!
荷物見てますから、会長も泳いできたらどうですかー?」
一年達だ。
水泳対決は、新垣の勝利で終わったらしい。
「よっしゃ!
有希、あそこの浮島まで対決だ!」
「今やってきたばっかだし。
それに、直美ちゃんとお昼聞いてこなきゃ」
タオル片手の有希と、オモチャみたいにコクコク頷く皿橋である。
「はーい!
じゃあ私がお相手しまーす!」
「じゃあ妙子ちゃん、お願いね!」
二人は去っていった。
「お、おい……」
「じゃあ、いくぞ!」
「はーい!」
「1、2、3!!」
……遅い。
そうだ、こいつは運動だけは、からきしだった。
泳いでるのか、溺れてるのか、よくわからん。
適当に合わせて泳ぐ。
気持ちいいな。
ともあれ。
もうすぐ浮島、というところで、妙子の動きが止まった。
「どした?」
「足つった……」
アホー!!
どこまで鈍臭いんだ!
すでに、足のつかないポイントまで来てしまっている。
ええい、仕方ない。
「妙子!ゆっくり掴まれ。絶対にしがみつくなよ!」
左手で妙子の脇を抱き、右手側で泳いでいく。
「ごめんなさい……」
「いいから」
無事に浮島に辿り着き、妙子を上げて、俺も上がる。
「ふう、びっくりしたぜ」
「だって、先輩が先に行くから焦っちゃって……」
足先を揉みながら、膨れっ面をする。
先行ってないけどね!合わせてたけどね!
「大丈夫か?」
「うん」
「そうか」
砂浜の方が、ざわざわしている。
誰か様子を見に来るようだ。
「先輩、……妙子、って呼んでくれましたね?」
「!!」
しまった。
咄嗟に前世の癖が……。
「……すまん」
「あの……なんか……嬉しかったです……」
潤んだ瞳で上目遣いをするなぁ!!
破壊力が過ぎるんだ、ほんと。
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『妙子、俺、お前のことが……』
『私も、出会った時からずっと……』
『これからずっと、妙子、って呼んでいいか?』
『……うん……恥ずかしいけど……嬉しい』
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いかんいかん!!
瞬速ゴールインする未来を幻視してしまったわ!!
どうすれば…どうすれば…
「お昼は何かなー」
「……」
滑った。
「どうしたんですか?」
ざばっと、顔を出して、新垣が様子を見にきた。
「ごめん、私、足つっちゃって」
「えー?ちょっと大丈夫?」
「うん、先輩に助けられちゃった、ウフフ!」
「ならいいけど」
「もう大丈夫だよ!」
「ゆっくり帰ろ。先輩も見ててくださいね」
「おう、わかった」
新垣が、意地の悪そうな顔をした。
「先輩、変なとこ触らなかったでしょうね?」
「アホ、俺は紳士だぞ!」
「本当かなー?妙子ちゃん、大丈夫だった?」
「ウフフ、大丈夫だよ」
新垣、おっそろしいこと言うよな。
妙子はこういう時、真に迫った悪ノリをかます事があるんだ。
後3話で第一部は終了予定です。




