ネオンテトラと新時代 27
5-27
-2004年9月-
目黒駅西口。
権之助坂を下る途中には、飲食店や居酒屋、オフィスビル、ライブハウスや公園など、あらゆるものが存在している。
目黒川を渡って坂を下り切ると、大鳥神社という由緒正しい神社に出る。
その近くには、有名な爆盛りラーメンの店があったりする。
「まだまだ暑いなぁ」
「東京の暑さは異常ですよね〜」
「なんでワシまで……」
「あ、ここですよ」
権之助坂から目黒川を左に入ったオフィスビル。
目当ては3Fに入っている株式会社【プロトコントル】。
プログラム用語であるプロトコルと、紙飛行機を表すコントレイルを合わせた造語だと言う。
言葉通り、システム開発を主に請け負う中堅会社だ。
新垣はいつも通りとしても、悠華さんのダレッぷりは半端ない。たまには外に出ようよ。
「ワシ、その辺で茶ーしばいてても良いかな?」
「悠華ちゃんの用事でしょうがっ!」
「あうう……ならば早く入るのだ」
「社長の鎌切です」
俺の目の前には、ガリガリで髪はボサボサ、眼鏡をかけて目の血走った男がいる。ヨレヨレのチェックのネルシャツをデニムにインしている。
うん、テンプレなデスマーチ中のエンジニアだ。
【プロトコントル】の社内では、二十数人のエンジニアが黙々とキーボードを打ち込んでいた。
何だか雰囲気暗いなぁ。
ここは一つだけある小さな会議室。
「ども、【ブラックエンゼル】の岸谷です」
「新垣です」
「【バタフライアクセス】の小島じゃ。
今日は親会社の社長にも来てもらったぞ」
鎌切さんの表情がパッと明るくなる。
「ゆ、ゆうかりん様!
お会い出来て光栄です!!」
「うむ、マンティヌス氏じゃな」
「ゆうかりん?」
この人たちは何を言っているのか。
「うむ。言ってなかったかの」
「何も聞いてないよ」
「うむ。マンティヌス氏は、ワシのチャット友達。
いわゆるチャッ友じゃ」
知らんがな。
「ゆうかりん様は、僕たちのチャットルームの女神なのです!」
鎌切さん、目が怖い。
元から血走ってるだけに。
「古くはIRC時代から、国内のプログラマーのチャットコミュニティがあっての。そこで知り合ったのじゃ」
「ゆうかりん様は、あの頃から神プログラマーとして目立っていたのですが、当初は皆、中の人は男だと思ってたんです」
「そうじゃな。
なんか知らんが、誰も彼も生暖かい対応をしておったのぉ」
じとっとした目で鎌切さんを見る。
「いやだって、普通男しかいない界隈ですからねぇ!
しかし、アメリカ留学中に雑誌の取材を受けたことをぽろっと語られて、調査班がゆうかりん様を特定!
我らのアイドルゆうかりん様が誕生したのです!!!」
そんな熱く語られても……。
まぁ、悠華さん可愛いからね。
言動とのギャップが激し過ぎることを除けば。
「ま、そんなわけでワシは個人を特定されておったのだが、最近皆も自分から名乗るようになっての」
「ええ。匿名でひっそり集う時代は終わりました。
インターネットを通じて知り合った者同士が、個人として繋がる時代が来ているのです!」
実名ソーシャルネットワークの黎明期がこれから来るからな。
プログラマー界隈は時代を先取りしてるなぁ。
「マンティヌス氏が困っとるというので、こうして足を運んだわけじゃ」
「ところでマンティヌスというのは……」
「ああ、私のハンドルネームです。
私の苗字、昆虫のカマキリみたいでしょ。
それを英語にして文字っているのです」
カマキリは英語で言うとマンティス、だからか。
「じゃあゆうかりんというのも……」
「うむ。ワシのハンドルネームじゃな。
ワシの家には花梨の木が多く植わっておっての。
爺やがよく花梨の果実でのど飴を作ってくれたことを思い出して、ゆうかりん、じゃ」
「なるほど」
アイドルみたいなネーミングだと思ったが、全然違う切り口だった。
「しかし生のゆうかりん様にお会い出来るとは、私マンティヌス、光栄の至り!ゆうかりん様は実在した!
ありがたや、ありがたや」
「うむ。好きなだけ拝むが良いぞ」
もう宗教だな……。
オタサーの姫、的な?
ちょっと違うか。




