ネオンテトラは始動する 15
-1994年5月-
丸の内に、村乃野証券のデッカいビルが建っている。
バブルの崩壊で結構なダメージを被ったはずだが、さすが大手は違いますな。
36Fにある、島田さんのオフィスを訪ねると、ほどなくして島田さんと、20代後半くらいの男性2名が現れた。
島田さんは、白髪混じりでさすがに歳を取ったが、仔犬のような印象はあまり変わっていない。
「私の部下の、矢田と、福原です」
一通り名刺交換を終えると、奥の応接室に通された。
ちなみに士業と付き合うようになって、「投資家」という肩書きの名刺を作った。
応接室には、二人の先客がいた。
目がぎょろっとした感じの、人当たりの良さそうな30代くらいのビジネススーツの男。
それから、渋めのおじさま然とした、中年の男性。
こちらはジャケットは着ているけどカジュアルだな。
「元大蔵省の大臣秘書官でいらっしゃった、蒲田さんです」
島田さんの紹介を受けて、
ギョロ目がニコニコして握手を求めてきた。
「どうも」
「あなたが予言者、岸谷くんですか、会えて光栄です」
「予言者?」
島田さんが慌てて間に入った。
「すみません、内輪の話で……」
「あはは、島田さんは岸谷くんのことを予言者のようだと、評価してらっしゃったのですよ」
「大袈裟な」
苦笑する。
未来を知ってるという意味では、間違いじゃないけどな。
「こちらは、投資組合をまとめてらっしゃる、結城さんです」
「初めまして、結城です」
おじさまが、ゆったりとした所作で、握手を求めてきた。
腕時計をチラッと見たら、やべぇ感じのやつだった。
「岸谷くんは、5歳から投資を始められたと聞く。
俄には信じられないが、大学生にしてひと財産築いているとか」
だからコンプライアンス!
「あはは、たまたま運が良かっただけです」
結城さんも、俺の腕時計をチラッと見た気がした。
いつものやつと違って、レトリック社のモンテカルロという、高級腕時計の定番中の定番を身につけてきて良かった!
「良い腕時計だね。モンテカルロかな?」
「はい。親から、少し背伸びをしてでも良いものを身につけなさい、と言われまして……」
「良いご両親をお持ちのようだ」
「恐縮です」
出まかせである。
名刺交換も終わり、皆着席した。
「お忙しい中、お集まり頂き、ありがとうございます。
本日は、蒲田様と結城様に、岸谷様をご紹介させて頂きたかったのと、蒲田様から、何やら岸谷様にご相談があるとか……」
島田さんが、蒲田さんに話を振った。
「ええ、新進気鋭の投資家である岸谷くんとご縁を頂き、ありがとうございます。
実は、私はこれから、独自の投資組合を作って、株主の権利をもっと主張していきたいと思っています。海外では株主は、その権利を行使して、企業経営に積極的に関与しています」
物言う株主ね。ん?
元大蔵省で投資組合って、2000年代から台頭した蒲田ファンドか!?
ハゲタカファンドとして、結構な悪名を轟かせていた。
「なるほど」
「結城さんからも資金を提供して頂く予定なのですが……」
結城さんが頷いている。
なんだ?俺にも参加しろってか?
「折角の機会です。
初対面のところ、失礼を承知で伺いたいのですが、予言者と名高い岸谷くんから見て、私はどうですか?
成功しそうでしょうか?」
俺は占い師じゃないぞ。
「岸谷くんが困ってるぞ」
結城さんがカラカラと笑う。
「フフフ、それもそうですね。
私も人生の大勝負を前に、少し気負いがあるのかもしれません。
では、若者の忌憚のない意見を聞かせてもらえますか?」
うーん、そうだなぁ。
あんまり具体的なことを言うと、体が固まりそうだしなぁ。
「では、いち若者の意見として……
蒲田さんは、私から見ても、運を持ってらっしゃる方だとお見受け致します。どのような事業をなされても、蒲田さんらしく人生を切り拓いていかれるものと思います」
「岸谷くんにそう言われると、何やら本当に、予言を受けているような気がしますね」
「しかし、ですね。
これからの日本を担う、若者のことも考えて頂きたいと思います。
起業して一発当ててやろう、という野心的な若者は、目立ちますから、蒲田さんのお目に止まることもあるかもしれません。
しかし、目立たないかもしれませんが、真面目で心優しい、人を思うことが出来る、素晴らしい若者たちこそ、これからの未来に必要なのではないかと思います。
どうか彼らを、導いていただきたいと、思います」
微笑んでいた、蒲田さんと結城さんの表情が真顔になる。
「これは、一本取られました。
経済という悪魔を相手にしていると、岸谷くんのような志を、どうも忘れがちになります」
蒲田さんは、バツが悪そうに頭を掻いているが、どこまで響いているのやら。
大蔵省出身の蒲田さんには、国民に対して思うところがあったのかもしれないが。
「甘い考えだな。
そんなことでは、足元を掬われるぞ!」
結城さんは手厳しい。
「恐縮です」
「……だが、その志を、どうか忘れないで欲しい」
結城さんは、にっこりと微笑んでいた。
「はい」
「ところで、だ」
結城さんが話を変えた。
「岸谷くん、君も私の投資組合に参加しないかね?」
おや。そう来ましたか。
「ああ、それが良い!
結城さんは近々、投資組合を中核とした会社の名称を変更して、大々的に事業展開されるそうです。
なんと言いましたかな?」
「チャコフです」
ぶー!!
と、お茶を吹きそうになった。
チャコフと言えば、日本で最大手の投資ファンドに成長する。
結城さん、超大物じゃないっすか。
島田さん何してくれちゃってんの!
俺は目立たないように儲けたいのに。
「私のような個人投資家には、勿体無いお話です。
持ち帰らせてください……」
「なに、1億でも2億でも構わんよ?」
ワンコイン感覚で言わないで欲しい。
「ははは、まぁそのくらいにして頂いて。
岸谷様が困ってらっしゃいます」
島田さんが助け舟を出してくれた。
だが島田、おまえギルティやぞ!
「そうか、まあ気が向いたら名刺の番号に連絡してくれ。
岸谷くんなら大歓迎だ」
えらく気に入られたものだ。
むしろさっさと忘れて欲しい。
会がお開きになって、俺は電車に揺られていた。
酷い目に遭ったわ。
-蒲田と結城-
「どうですか、彼は?」
「金儲けが上手いだけの、いけ好かないやつかと思ったが、なかなかどうして、気骨があるわい」
「ロマンチストですがね」
「確かにな。だがそこが良い、面白いわ、わはは」




