ネオンテトラと新時代 7
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「では、皿橋。進行をよろしく」
「承知しました!
では、全体定例を始めます。
各社、昨年度からの動きについて報告をお願いします。
まずは【ブラックエンゼル】からですね。
財務状況は【わいわいげーむらんど!】が好調なため、月次の収支はプラスで、良好です。株式投資している分を除いても、現状4億ほどの内部留保があります」
俺が投資してる6億、みんなに投資させた4億、合わせて10億が株式になってるからな。
「では、ベンチャーキャピタル事業について、沙苗ちゃん」
「はい!
現在出資中なのは、全部で9社です。
いずれも新規創業しているベンチャーです。
総額は2億7千万円。
うち、昨年上場したのが1社。
資金繰りに行き詰まって倒産したのが1社。
その他は今の所問題ありません。
それから、小規模出資の方は昨年度の新規が7件で、総額962万の出資を行いました。これまでの出資から得られた収益は、昨年度で38万と、捗々しくありません」
「小規模出資は、回収に目くじらを立てるつもりはない。
引き続き、みんなが信じた人の手助けをしてくれれば良い」
「承知しました」
個人から二、三人の会社に対しての小規模出資を開始してから、40社ほどに出資した。
そのうち、
5件が半年以内に廃業。
10件が一年以内に廃業。
15件が二年以内に廃業。
30社、75%が廃業している。
これは二戸や他のメンバーに見る目がなかった、というよりは、ごく普通のことだ。
……起業なんてそんなもんよ。
うちの方針としては、雲行きが怪しくなったら、
「無駄に粘るな」
と言っている。
何なら、【預言者】アドバイスとして言っている。
これは小規模だろうがそうでなかろうが、一緒だ。
だから、追加出資も基本的にはしない。
人間、苦しくて視野が狭くなると、事業資金が欲しくて卑屈に成りがちだが、そうなるとまあ、まず持ち直さない。
可能性のない会社に追加出資しても仕方がない。
だからウチ単独の出資先が危ない時は、会社を畳んで出直すことを勧めているのだ。
小規模出資の現場に、俺があまり顔を出さないのもここを気にしてのことだ。
若い女性が多いので、
「搦手から追加出資をもぎ取ろう」
なんて邪な考えを起こして欲しくないからだ。
俺も美女に迫られたら断れる自信がない。
意志の弱い俺……。
事業方針、あるいは計画、あるいはトップの資質。
天の時。地の利。人の運。
どれが欠けても、店や会社は容易く傾いてしまう。
根性論で何とかなる世界じゃない。
ならば再起に賭ける方が、余程勝率は高い。
マイナスからよりは、ゼロからやり直す方が良いだろう。
昭和じゃないんだ。
一度や二度の失敗で下を向く必要はない。
会社を畳んで再起を目指す人には、ウチの経営セミナーに顔を出して、真面目に学ぶことをおススメしている。
やる気と可能性があるなら、もう一度出資することもやぶさかでは無い。
経営には向いてなかった、と諦める人にも、他の出資先に紹介して支える側に回ってもらったりと、エコサイクル的なものも機能し始めている。
中には、【シャインガレット】の管理系スタッフとして採用した者も居る。
「以上が【ブラックエンゼル】の概要ですね。
社長、何かございますか?」
「うん。特に無い。
よく頑張ってくれた。引き続き頑張って欲しい」
「ありがとうございます!
それでは続いて、USについて。
妙子ちゃん」
「はい!
【Jettmax】株の一部売却と、【Skyhi】社に3000万相当の投資を行った以外は、大きな動きはありません」
昨年妙子は、出産を控えていたこともあり、あまり大きな動きをしていない。それでもしっかり利益を積み上げているのは、流石である。
「むしろ今ですね、まとまった投資を行う予定です」
「ほう、どんな?」
先に聞いてるけど、一応説明をしてもらおう。
「打ち上げロケットの開発をしている、【Garaxy Z】という会社があるのですが、そこのCEOが、アン=カーメンという女性です。
シリコンバレーに集まる投資家の中で、ここ数年発言力を増している、有力な経営者です」
アン=カーメンには、俺も何かのパーティで挨拶したことがある。バイタリティに溢れた、重戦車みたいな印象の女性だ。
俺のことを陰陽師か祈祷師か何かだと思ってるらしく、しきりに拝んでいた。
「そのアンが、現在EVを開発している【ステラモータース】への投資を、当社にも呼びかけています」
「妙子ちゃん、EVって何?」
「Electric Vehicle。
つまり、電気で動く自動車ね」
「未来だなー」
「ワタシは関係ないよ」
ステラさん、名前一緒だね。
ちなみにステラさんの焼くクッキーはバカ美味い。
脳天に響くほど甘いんだけど、半生っぽいというか、しっとりしてるんだよねぇ。
「US支社は、アンの呼び掛けに応じて、【ステラモータース】に2億の出資を行う予定です」
「ふむ。
基本的に異論はないんだけど、決め手は何だった?」
「アンの手腕への、期待ですね。
EVはまだまだ商用化には遠い技術ですが、アンなら投資家の期待を裏切らないでしょう。話に乗っておいて損はありません」
「うん。わかった」
アン=カーメンと言えば、実は未来の有名人だ。
【ステラモータース】を躍進させて、20年後には兆を超える資産家になる。
誼を通じておいて損はない。
この甘いクッキーを焼きそうな名前の会社に投資するのはウェルカムだ。返ってくるまでが、かなり遠いけどな。
ちなみに【ステラモータース】は、今回1000万株を1000万ドルで売り出した。つまり1株1ドルと言うことだな。
ウチは200万ドル出して、200万株を得る。
アンは400万ドル出している。
この後も毎年のように大型の出資を募り、最終的には出資総額は1億8000万ドル(約200億円)にまで膨れ上がる。
当然、株券をジャンジャン刷ってるわけで、そうすると初期に投資したウチの持ち株比率はゴンゴン下がっていく。
じゃあ1株の価値が薄まって損するんじゃないの?
と言うことだが、そこについては、投資ラウンドを重ねていく中で、新株発行と共に株式を分割することもあり、薄まりはするものの、数値上はそこまで損しない。
その他にも、上場時の優先的な売却権であるとか、何年経ったらその時の値段で買い取って貰えるとか、そういった条件的なメリットによって、初期の投資元は守られるというわけだ。
アンの予想では、今回の投資第一ラウンドは結構苦戦する想定だったようだ。
黒煙を吐き出す大型エンジンを轟かせるのが三度の飯より好きなアメリカ人にとって、バッテリーで動く自動車というのは、アンのプレゼン能力をもってしても、イマイチピンと来ないらしい。
しかし、妙子が話に乗った影響か、はたまた東洋の神秘の陰陽師が参加したからか定かではないが、あっという間に目標額を達成した。
次の第二ラウンドは、さぞかし盛況になる事だろう。
【ステラモータース】は、2010年くらいに上場することになるのだが、その時まで、投資家にとって価値ある会社として存続させたアンの手腕は、恐るべきものだと言える。




