表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

132/200

ネオンテトラは勇躍す 44

4-44


 「これはご挨拶ですな。

なに、私はただの立会人です。お気になさらず」


「そうだ。

蒲田さんは、立会人として同席してもらっている」


「そうですか……」


 幹水としては、特に問題はない。

今となっては、彼も【ラジオジパング】の経営者と言って良いのだから。

むしろ居るだろうな、と思っていた。



 「さて。鶴岡、幹水。

俺がこうして、お前たちを呼んだのは、何でだと思う?」


なんでって、何でだろう?

鶴岡と幹水は、顔を見合わせた。



 【ラジオジパング】の経営を手中にした以上、【ツキテレビ】の3割の株式も手中に収めている。

米国の投資家をまとめ上げる手腕があるなら、【ツキテレビ】の過半数も既に見えているのではないか、と幹水は考えていた。

3割の株式を握られている以上、安易な第三者増資割当は決議されない。【ツキテレビ】の株を薄めることすら容易にはいかない。


盤面としては詰みなのだ。


 政府筋の介入をとりつけて、無理やり何とかするしかない、もはやそういう運任せの状況だ。



 「裏切り者の私たちをあざ笑う為でしょう!」


「……鶴岡、おまえのそういう単純なところは、俺は嫌いじゃないぞ」


「源一さん。

悔しいが、今は私達の負けだ。

もちろんこのままで終わるつもりはないが。

それより、あなたは何か交渉の余地がある、と言いたいんですか?」


「幹水、相変わらず聡いな」


ごくり、と鶴岡が息を呑む。

生き残る手段があるというのか?


 幹水は考えた。

源一さんは、嘉之助さんの孫だ。

つまり創業者一族の代表として、我々簒奪者から、【ツキウサギグループ】を取り戻す使命がある。

人の怨念とは、時代を超える。そういうものだ。

我々の破滅こそが、源一さんの喜びなのだ。

そしてそれは、もはや容易に手の届く位置にある。


 「わかりません。

ここで何かを交渉する意味が、あなたには、無い。

何もしなくても、あなたの願いは叶うのだから」


巌のような顔で、幹水は絞り出した。


「幹水」


「……はい」


源一は、カーテンを開けて、窓の外を見た。

快晴ではないが、眩しい。

初夏特有の天気だ。


「俺の願いとは、なんだ?」


「我々から、グループの経営権を取り戻すことでしょう」



「うん。それは魅力的だな!

お祖父様も、さぞかし喜ばれることだろう」


違うのか?

幹水はわからなくなった。


「違うのか?とでも言いたげだな」


源一はソファに座り直した。


「違わない。

……それはそれで一つの目標だった。

お前たちに腹を立てているからな。


だがーーー」



源一は、目を瞑って、両手を組んだ。


 「お祖父様が言い残したことがある」


「嘉之助さんが……?」


「お前たちを恨むな。

……という事だ。

俺が一族の恨みを晴らすことに、人生を費やしてしまうことを恐れたのかもしれない。あるいは、お前たちのことが、憎めなかったのかもしれない。

ただし、お前たちが道を誤ることがあれば、正してやってくれ、ともな」



 鶴岡は、目頭が熱くなった。

その時は、そうするしかなかった。

それが正義だと信じていた。後悔はない。

だが、今まで心の奥底に、大きな棘が、ずーっと刺さり続けていた。その棘が、ふっと抜かれたような気がした。


ん???

幹水もまた感慨を感じなくもなかったが、鶴岡よりは頭の回る男だった。

権力と腐敗で濁った思考ではなく、もっと単純に、誠実に考えろ!


「源一さん、まさか……

株主総会で言っていたことが、

あなたの本当の気持ちだと!?」


源一は、にっこりと微笑んだ。


「ずっとそう言ってんじゃん」





ええーーーー





 幹水は絶句した。

あんなの建前っつうか、なんかそれっぽいこと言って、ほんとは金儲けの為にやってる、って思うじゃん。

世の中の99%、いや100%欲に塗れたゴミどもなんだよ。

俺や鶴岡のように保身しか考えてない経営者も、賄賂を要求してくるゴミカス共も、天下り先の紹介をおねだりしてくる脂ぎったジジイ共も、みーんなそうなんだよ。


だって、


だってそうだろう……?



ガバナンスの改善は大事だよ。

俺だってそう思うよ。

でも、


【誰も守ってない】


じゃん?


【裏でせせら笑ってる】


じゃん?


幹水はそう思った。

幹水の汚水に浸かった思考回路では、それが限界だった。



 幹水は頭を抱えてしまった。


「そんなバカな。

そんな事のために、あなたはこんな大博打を仕掛けたと?」


「そうだな」


 信じられない。

源一さんのゴールは、欲に塗れた【ツキウサギグループ】のガバナンス改善だった。

嘉之助さんの遺言に忠実に、我欲もなく、高潔な精神で。


【ラジオジパング】の経営権奪取も、その手段に過ぎなかったのだ。



 鶴岡は、既に考えるのをやめて神妙な顔をするしかなかった。

どうせただの人になってしまっている。

源一がどうしたいのか、最後まで聞くほかなかった。


 「幹水。

おまえが想像するように、お前たちを排斥して、俺が【ツキウサギグループ】の総帥となって手腕を振るう。

……それも一つの手だ。

そうできる可能性は高い」


でしょうね。

惨めに抗ってはみますがね。

幹水は自嘲の笑みを浮かべた。


「だが、お前たちを、まだ信じたい気持もある」


は?

鶴岡も幹水も、そんな言葉が出てくるとは思わなかった。

自分たちが破滅しない未来があるのか???


「俺の目的は、ガバナンスの改善だ。

どうだ?俺の話に乗ってみないか?」


源一は、悪戯っぽく、微笑んだ。

鶴岡と幹水には、それが少年時代の源一と重なるのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ