ネオンテトラは勇躍す 43
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牛窪 源一の別荘の一つが、奥多摩にある。
奥多摩と言えば春は梅、秋は紅葉の楽しめる、風光明媚な場所だ。東京都内の観光地と言える。
そこに、白いくたびれたセダンが到着した。
車と同じくらいくたびれた表情の、二人の男が降り立つ。
汗ばむ季節だが、ここまで来ると不思議なことに、ひんやりとした涼しさを感じる。
「後ろ、大丈夫だな?」
「はい、何度も確認しました。
メディアはついて来ていません」
無表情で運転手に確認したのは、幹水。
仏頂面のもう一人は、鶴岡である。
「鶴岡君、もう少しまともな顔をしろ。
交渉に臨む顔じゃないぞ」
「……ふん」
鶴岡は現場上がりだ。
正直に顔に出てしまう。
幹水は、やれやれと思ったが、もう声には出さなかった。
それすら億劫になるほど、自分も疲れてしまっていた。
「幹水、鶴岡、よく来たね。
直に会うのは何年振りかな」
ポロシャツにチノパンというラフな格好で、源一は二人を出迎えた。表情は明るい。
「まあ、そこのソファにかけたまえ。
何か飲むか?」
「いえ」
「強い酒を頂けますか」
取締役を再任されず、現在無職の鶴岡は、酒でも飲まないとやってられない。
取締役は社員ではないので、信任されなければ、基本その場で失職する。
幹水と鶴岡は、いずれも創業者である嘉之助の部下だった。その孫である源一のことは、子供の頃から知っている。
聡明で負けん気の強い、可愛い子だった。
この別荘にも、何度か来たことがある。
幹水と鶴岡は、株主総会の後、源一に呼ばれた。
昨日の今日だ。社内の人間、しつこいメディアの追跡を振り払うのは、思いの外大変だった。
影武者を乗せたダミーを五台出し、自分たちは途中で二回車を乗り換えて、ここまで来たのだ。
しかし、直に話せる機会は、これを逃せば二度とない。
双方弁護士が立つし、間に何人も挟まることになる。
普通、こういった強引な乗っ取り、クーデターの類は、双方連絡を取ることはまずない。
勝者と敗者は、相容れないからだ。
勝者は連絡する必要が無く、そして敗者には話す機会すら与えられない。
幹水は、嘉之助を会社から追い出した後、一度も話すことはなかったなと、苦い気持ちになった。
幹水も鶴岡も、まさか源一本人から呼ばれるとは思っていなかった。鶴岡は一度は断ろうとしたが、幹水に諭されて、来ることにした。
何の話か知らないが、グループ総勢10,000人の社員の人生がかかっているのだから。
「源一さん、やってくれましたね」
鶴岡は、ウィスキーを煽った。
「そしてなんでお前がここにいる!」
手を組んで微笑んでいるのは、蒲田だった。




