ネオンテトラは勇躍す 41
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米国の投資会社は独立独歩、利己的に動く資本主義の権化だ。周りと歩調を合わせるなど、有り得ない。
そんな事をするくらいなら、自分だけこちら側と連絡を取り、持分を高値で売り付ける、そう動かなければおかしい。
有り得ないのだ。
奇しくも鶴岡と幹水は、同じように現実を受け入れられなかった。
「……賛成が、過半数に達した為、本案は可決されました……」
会場が、どよめきに包まれる。
入退室禁止だというのに、飛び出していく新聞記者たち。
ドンッッ!
「茶番だ!そんなの受け入れられるか!!」
壇上の鶴岡は、思わず叫んでいた。
唇が震える。
バシャバシャとカメラマンのフラッシュが焚かれる。
「鶴岡君……抑えたまえ」
幹水の押し殺した声。
「しかし!!」
しかし、と言ったものの、可決されてしまったものは覆せない。資本主義の原理原則なのだ。
狼狽えてみたところで、ゴシップ記事の餌になるだけだ。
壇上で立ち尽くす鶴岡。
新代表となる阿武隈は、唯一創業者側の取締役だ。
すぐに経営陣が刷新されて、旧体制側は排除される……。
【ツキウサギグループ】の中核たる【ラジオジパング】は、【ツキテレビ】の大株主であること以外にも、グループ各社が子会社として名を連ねる。
出版、通販、音楽レーベル、映像制作会社……その数は10を超える。
これは、テレビよりもラジオが隆盛だった頃の名残だ。
グループに与える影響は、計り知れない。
それよりも何よりも、鶴岡が恐れていることは、グループ内であることを良いことに常態的に行われていたスレスレの数字の改ざん、スレスレの循環取引、ほぼアウトの縁故採用、見て見ぬ振りをするしかないキックバックなど、ほぼ黒のグレーな行い。
そして、国内外や各種団体へのグレーな便宜、取引。
そして大小の取引先、出入りの弁当屋に至るまで暗に要求していた金や女。このレベルになると鶴岡も把握しきれない。
100回身を滅ぼしてもお釣りが来るような証拠がゴマンと眠っている。
表沙汰になれば、関係している人間は自分も含めて破滅だ。
俺はやってないっすよ、は通用しない。
社長なんだから。
ストンと力なく、鶴岡は元いた椅子に座った。
対して幹水は、泰然自若とした表情を崩していなかった。
【ツキテレビ】の経営権が奪われた訳ではないことが一つ。
そして、【ラジオジパング】の5倍の時価総額を誇る【ツキテレビ】は、【ラジオジパング】とは格の違う深い闇の数々が眠っている。
万が一経営権を奪われることを想定して、証拠隠滅に勤しんだとしても、到底隠し切れるものではない、ということがわかっている。
さらにマズいことに、近年ニュースプロパガンダで儲けている。
特定の意図に基づいてニュースを流すことで、金を払う個人、企業、団体……それこそ無数に存在する。
こちら側としては選び放題、値を吊り上げ放題なのだ。
どんな意図だろうと、金になるなら問題ない。
笑えるほど儲かっちゃうんだから仕方ない。
ただ、そういう向きは、総じて冗談が通じない。
ははは。不味いなぁ。
仮に経営権を奪われたとしたら、自分も、その取り巻きも、他の取締役も、帳簿を管理している人間も、全員無事では済まないだろう。
いずれにしろ、全てが終わることは避けられない。
だから、ジタバタしても仕方がない。
悪い想像はやめよう。
社に戻って、無い知恵を絞って対策を協議するしかない。
報道部を使って源一を叩くか?
創業者である嘉之助さんの所業なら、いくらでもヤバいネタがある。
が、既に嘉之助さんはこの世にない。
……弱いか。
むしろ源一を怒らせるだけだ。
追い詰めて自棄になられても困る。
心臓に銃を突き付けられているのは、こちら側だ。
思い余って引き金を引かれては、確実にこっちが死ぬ。
世論を誘導しても意味はない。
政府筋か……?
騒然となった会場で、幹水は彫像のように動くことはなかった。




