ネオンテトラは勇躍す 29
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-2003年10月-
オフィス廊下を、スーツ姿の初老の男が、ひた走っている。
必死の形相。
「待て!逃げるな!」
普段走っていないのか、時折よたよたとしながら、息も切れ切れだ。運の悪い女性社員が突き飛ばされて悲鳴を上げる。
後ろから、何人かの男たちが追っている。
何事かと傍によける従業員達。
「とぉりゃーー!!」
二戸の伸ばした足が、男の足を引っ掛ける。
勢い余って、盛大な騒音をたてながら、廊下の空き缶入れに突っ込む。
「いい大人なんですから、
廊下は走らないようにしてください」
精も根も尽きて立ち上がれないのか、ゼイゼイと息を吐く音だけが廊下に響く。
追いついてきたのは、【河内セキュリティパートナー】の警備員達だ。
「ご協力、感謝します」
男は、引っ立てられて、連れて行かれた。
「何でしょう?人騒がせな」
たまたま打ち合わせで【GOUCHI】に来ていた、二戸 沙苗と、新垣 翔子であった。
【GOUCHI】の専務が更迭された。
前に言っていた、不正の証拠を掴んだんだろう。
社長室で証拠を突きつけられて動揺し、なんとリアルに現場から逃走した。
現代人にあるまじき行為だが、万が一雲隠れされてしまうと、後々面倒なことになるのも確かである。
事が表沙汰になると困るのは、上場企業である【GOUCHI】ではあるが、社長の豪太郎は、それを辞さない構えだった。が、さすがに周りに諌められて、弁護士や河内パパを含めて専務と相談した。
当事者の専務は、孫が可愛い歳であり、家族が後ろ指さされるような事態は、何としても避けたかった。
という事で、両者相談の上、揉み消すことになった。
表面上は、勇退という体になったようだ。
少ないなりの退職金を払い、今までとは待遇はかなり下がるが、系列の会社に出向の上、閑職に落ち着くことになった。
実際に現場を差配していた部長は、元々専務への義理でこの不正に手を染めていたが、派遣会社と癒着して若い女をあてがわれるなど、どっぷり浸かってしまっていた。
社長室に呼び出されてみれば、憔悴しきった専務と無表情の社長、弁護士と警備員多数が待ち構えており、一瞬で全てを悟った。
問答無用で解雇されてもおかしくない状況ではあったが、元を糺せば、本人は指示されて動いていただけであった為、降格の上、地方のインフラ工事の現場から出直しとなった。
部長としては、出世の道が絶たれたことにショックは受けつつも、今更転職するほどの気概もなく、肩を落とすしか無かった。
とは言え、何年か頑張れば、あるいは本社に戻してもらえるかもしれないのだから、何とも優しい処分だ。
その下の課長などは、ある程度知っていて見ないフリをしていた雰囲気ではあったが、実際に手を染めていたわけでもなく、不正な利益を得ていたわけでもなかったため、何人か左遷気味の異動を食らったが、ほぼお咎めなしとなった。
さて、キックバックを上納していた派遣会社2社については、専務と共に悪事に手を染めており、そのままスルーというわけにも行かない。
豪太郎、河内パパが手を回して、社長レイヤーでの交渉とあいなった。
派遣会社の社長たちは、事の次第を把握していなかった。
あるいは、把握してない体であった。
よって、上層部で対応を話し合い、不正を行っていた担当者は、それぞれの会社で処分することとなった。
部長と不倫していた女性は、よくよく調べてみると、愛人業を生業にしているセミプロの夜のお仕事の女性であったことがわかり、派遣会社がそれなりの始末金を支払って、お引き取り願ったようだ。依頼した担当者がだいぶ悪どい。
結局は無かったことにして、闇から闇に葬った、ということになる。
こういうことは、全部表沙汰にしてすっきりしたい、というのが豪太郎の意思だったが、河内パパ、そして弁護士によると、結構よくある事らしく、この程度の事でいちいち不祥事を明るみに出していたら身が持たないよ、と諭されたそうだ。
というのが、俺が豪太郎から聞いた、事の顛末である。
よくあることなのかい……。
まぁ、SNSが無いからね。
情報が流出する心配は、ほとんど無いと言って良い。
こういった、昭和的な解決方法で何とかなる時代だ。
そんなわけで、テレアポ事業の大掃除も終わり、分社化の動きも出て来ている。
うーん、豪太郎との約束を、守らないといけないなぁ。




