第五話
「……はぁ~。二人、遅くない? もう作れたよ? トイレも、お風呂も」
「いや、この家にあったものをちょっと直しただけじゃんか……『ギロッ!』すみませんでした。ってか、男子一人になるから早く帰ってきてほしい。あー海翔~悠~、マジで早くしてくれ~」
「ふっ、私はお前を男子として扱わない!」
「堂々と何言ってんだよ!」
「じゃあ私も扱わない~」
「紅月さん、何言ってんの!?」
外は月明りしか見えない。夜だ。彼らが行ってから、時間にして三時間ほど……長いと思うのも仕方がない。
ちなみに、トイレも風呂も直したのは沙紀である。稲盛は、窓を頑丈にし、小柳は周りで踊っていた。
拠点として使う分には申し分ないだろう。
ただ、やつらが来たらたちまち破壊されるだろうが。
だが、それにしても遅すぎる……
待機中の稲盛、小柳は、最悪の事態を頭の片隅においておいた。そうでないことを祈りながら。
だが、沙紀は違う。一切の心配をしていない。
あいつらなら、あいつならば帰って来ると信じているからだ。
その瞬間―――
ガタン! バキバキッ、バァン!!
「「「!!!」」」
物音がした。いや、そんな生ぬるいものではない。破壊音だ。この建物を壊そうとしている音が聞こえる。
堕者だ。
「やばいやばいやばい……っ! 私たちの位置バレてるっ!」
「静かに! 音だけで認識しているわけじゃないけど……せめて、音を立てずに、脱出しないとね。裏口の方から逃げよ」
「ろ、ろろ、堕者……」
少しずつ、音のしないように裏口の方へ引いていく三人。破壊音はしなくなっていたが、一応は離脱をしなければ。
そう、思っていた。
あの目を見るまでは。
「!? 止まって!」
「ど、どうしたの!? 明日香!?」
「……裏口に、いる」
「「!?」」
明日香の指が指していたものは、この仮拠点の倒壊している部分だった。
沙紀が目を細めてみると、瓦礫の隙間から黒い球体が見えたのだ。
堕者の眼が。
「……破壊してたやつが裏口に回ったか……もしくは……」
「この家はもう包囲されてる、か……?」
「え、やばいじゃん。俺達だけでどうにかなんの?」
「なるわけないじゃん! 銃効かない相手に肉弾戦とか、頭おかしいの!? 馬鹿なの!? ばーかばーか!」
「明日香。落ち着いて。確かに稲盛君は馬鹿だけど、今は冷静に。馬鹿だけど」
「……そこまで馬鹿って言わなくてもいいじゃん……」
「「うるさい!!」」
「すいませぇん!」
女子二人が権力を握っている今の状況で稲盛に発言権などなかった。
だが、二人も焦っているのだ。この状況で冷静にいられる方がおかしいが。
そこで、二人は悠と海翔に連絡をしようと考えた。しかし、連絡するためのスマホはどちらもリビングに置いてある。裏口から取りに行くと、堕者に見つかる可能性が高い。相手がどこにいるか分からないこの状況では、むやみに動くわけにはいかなかった。
「いきなりピンチじゃん……! うへへ」
「……あれ、もしかして明日香、ちょっと楽しんでる!?」
「さすがミスクレイジーっす……」
「うるせぇやい! こんな映画みたいな展開、ちょっと楽しいだろうがよ!」
「おい口調。口調を取り戻せ、明日香」
「おほほほほほ。いきなりピンチですわ~!」
「なんか違う!」
遊んでいるわけではないのだが、どうしても漫才が始まってしまう。
だが、二人もしっかり頭を働かせている。次の一手を、と。
力でも負ける。素早さでも負ける。数……は分からない。
あれ? 詰んでる?
結構ヤバイを優に超え、チェックまで来た。さすがにマズイ。
稲盛と沙紀が仮拠点の大黒柱を切り倒し、堕者から逃げる時間を稼ぐか? という話をし、覚悟を決めた瞬間―――
状況をひっくり返す駒が来た。
「つ~いたっ!」
「着いたんだから、早く降りろ!」
「あ、悪い。ありがとな、お疲れ様」
「いや、疲れてはねーんだけど。なんつーか、疲れた」
「どっちだよ」
「ってか、悠。なんか、仮拠点の周り、堕者達いねーか?」
「……おーおー、たくさんいるな。俺の〈空間認知〉にも引っ掛かってる。ざっと、五体くらいか?」
「羨ましい……」
「お前にはお前の武器があるじゃねえか。それこそ羨ましいわ。俺の使う超素能力、全部肉体的にも精神的に疲れるんだもん」
「はっ、俺は一切疲れねえ! つーわけで」
「うん?」
「どうせなら倒しに行こうぜ~。力貰ったし、武器もあるし」
「……いいね。やるか!」
面白いこと考えるじゃんか。
ってか、そりゃそうか。力を得ても逃げていちゃ意味がない。
立ち向かってこそ力は輝くのだ。
そして、〈俊足〉によって駆けていった海翔は、いつの間にか仮拠点のすぐそばまで接近していた。
俺も負けてらんねーじゃん?
「……Are you ready?」
GO!
俺も俺で〈インフィニット〉によりエネルギーを取得。高速で近くの堕者に肉薄し、さっき手に入れた剣……『ディヴァル』により一体の堕者を切り捨てる。
マジか……あの堕者がこんなにあっさり……
くっそ楽しい!
「もっと来いやぁ! !? ぐっ……!」
〈インフィニット〉の副作用により、とてつもない倦怠感が体を襲う。しかし、それを〈インフィニット〉の無限エネルギー生成によって相殺する。後のことなんか考えない。肉体へのダメージとか考えない!!
「オオオオッ!!」
「喰らえやぁ!」
と相当な勢いで振ったディヴァルは、目の前の堕者を切り裂いた。
しかし、その堕者に隠れたもう一体の堕者が、こちらに攻撃を仕掛けてきた。
剣を振り切った体勢。振り上げの一撃で対応できるが、どうせならばあれを使おう。
「〈可能性平衡〉!」
「オゴッ……ガハッ……」
俺が選択しなかった可能性を顕在させる超素能力。俺が一体目の堕者を上段から斬ったことで、二体目の堕者を上段から斬る可能性が消えた。
このままでは、前者の未来に傾いてしまう! となり、後者の未来も存在させることで世界の平衡を取ろうという能力だ。
……まあ、実際は未来が傾くことは無いんだけどな(by澪)。
「easy……ぐっ、ごはっ……。だ、代償でかすぎんだろ……」
〈インフィニット〉同様、強力な力にはそれ相応の代償が付くようだ。
特に、可能性を同時に扱うなんてものは、因果律に反している。
今の俺はボロボロだ。
「おっ、悠の方も終わったか……って、なんでそんなボロボロなんだよ!? 中身が!」
「……俺は、お前の方が羨ましいわ……今の俺は、〈インフィニット〉の力で無理やり動いてるだけだからな。体力満タンなのに瀕死ってこと」
「なかなかに扱いづらいんだな、お前の。まっ、俺は体に一切の負担は無かったけどな~!」
「羨ましい……」
そんなことを話しながら、俺たちは仮拠点に入った。
外装は堕者達に破壊されているところもあったが、中には何の被害もない。
むしろ、綺麗だ。
「「ただいま~」」
「「「お帰り~!!!」」」
「ふふっ、悠が死ぬことは無いと思ってたけど、ちょっと安心した」
「いや、まあ、何気に俺死にかけてるしな。今回」
「外で堕者達を一方的にボコボコにしてたよね? あれ、どういうこと?」
「ああ、その話をしようと思ってな。もうちょっとで来るはず……」
ガチャッ
「……ここで合ってる? 悠、海翔」
「ああ。いらっしゃい」
「……!???? どゆことどゆことどういうことぉ!?」
「ああ、こいつは、研究所で―――」
「女の子を拾ってきたのぉ!?」
「誤解されるだろうが! 俺がナンパしてたみたいだろ!」
「……別に間違えてねえよな……」
そこ! 海翔! 聞こえてるからな!
後でしばく!
「じゃあ、どうしたのよその娘! めっちゃ可愛いじゃん!」
「……これは、褒められているのだろうか?」
「んー、多分褒められてる。で、えーっと、こいつは研究所で働いてた一人で、いろんなことを知っている。澪って呼んでやってくれ」
「ん、よろしくお願いします」
礼儀正しく頭を下げ、三人にあいさつする澪。
そして、研究所で俺たちに話していたことを三人にも話す。
みんな、信じるか分からなかったが、案外すんなりと信じてくれた。
さっき、風になる海翔と、何もしていないのに俺の目の前の堕者が斬られた光景を見たからだろう。
嫌でも信じられる。
そして、少し遅れてから行く、と言った彼女は、研究室に置いてあった色々な設備を持ってきた。
彼女曰く、「いろいろな物を作ったら役に立てると思うから」だそうだ。
俺的には、腐死者や堕者の寄らない研究所を拠点にすればいいのでは? と思ったんだが、どうやらあれは俺達一般人には分からない、高度な科学力を用いて作られた結界によって入らないようになっていただけで、あと二日ほどで効果も消え、あそこも堕者に占領されるだろう、とのこと。
そして、彼女はアレも持ってきていた。
「ん、じゃあ、さっきの話で出た血成、飲んで」
「「丁重にお断りさせていただきます」」
「トマトジュース! トマトジュース! ぐえっへっへ」 ごくっ
「えっ、自己暗示掛けながら飲んでる猛者がいるんだけど!? ……よし、じゃあ私も!」 ごくっ
「ええ!? 紅月さんも飲むの!? これ、俺も行かなきゃいけないパターンじゃんかよぉ!」
というわけで、三人も地獄の苦しみを味わうことに。
小柳は「うへへ~、うへへへ~」と酒を飲んだかのようになっており、沙紀は「う~ん……」と、目を回してのびている。稲盛は「おえっ、おおえっ」と言いながら、吐きたいけど吐けないを繰り返している。
「……辛いよな! 俺たちも辛かった! 特に、味がよく分かってなかったから!」
「いい笑顔で言いやがってぇ! 悠ぅ! 呪うぞ! 呪うぞぉ!」
「いや、俺達は絶望的に不味いって言ったけどな。で、お前たちの超素能力はなんなんだ? って、あの機械は研究所にあるんだったな……明日にでも連れていくか」
「……大丈夫。私、持ってきた」
「ここでも有能な澪登場。ってか、あんなでかいの持ってこれたのか?」
「……いや、小型のやつがある」
「あ、そうなんだ……」
というわけで、早速端末に手を置く稲盛。
【超素能力】
デッドリー:超猛毒を生成する。
毒薬:特性を変化させた毒を生成する。
ベノムゾーン:指定した空間内の空気を猛毒で満たす。
毒竜顕現:毒竜を生成する。
「……稲盛。お前なにかあったのかよww」
「違う! いや、マジで違うから! いや、違わないけど! 病んでるとかじゃない!」
「まっ、これを見ると、モチーフは毒だな。頭がやられてるから毒なんじゃね? (笑)」
「おいこら悠。それどういう意味だ」
「や~いバーカバーカ」
「おい小柳ィ!! 乗るんじゃねえよ!」
「あ~っはっはっはっは! あはははははは!」
「紅月さんまで!?」
「小林の頭の悪さは毒にやられているから~」ということが判明(笑)し、次の小柳へ。
【超素能力】
癒しの手:触れた対象を癒す。
祝福領域:自身が認知している空間内では、自由に治癒が行える。
リカバリー:一度祝福をされた者は、一度だけ瀕死状態から回復する。
プロンプトリー:十秒だけ、対象を即時回復させる。
「……回復系の超素能力は珍しい。世界でもそこそこ希少。国に一人二人いるくらい」
「だって! 私珍しいって! んねっ! んねっ!」
「毒を作ることしかできない俺への当てつけかよ! チクショウ!」
「ふっ! これが、格の違いってやつよ!」
踏ん反り返る小柳だったが、そこで海翔が閃く。
「稲盛の〈毒薬〉ってさ、特性の違う毒が作れるんだろ? 毒薬転じて薬となす―――回復薬も作れるんじゃねーの?」
「「あ……」」
「あー確かに。海翔の言うとおりだな。毒が『体を破壊する液体』だとしたら、特性を変えて、『傷を癒す液体』も作れそうだな。難しいだろうけど」
「だってよ! だってよ!! 俺も回復できるってよ! はんっ!」
「うぅ~、ガルルルル……」
「獣化すんな」
相変わらずの茶番を挟みながら、最後は沙紀。
【超素能力】
身体強化:身体能力を三倍まで引き上げる。
ラヴェージ:瞬間的に、武器による攻撃力を三倍まで引き上げる。
デストラクション:一瞬だけ、武器に触れたものを対滅させるエネルギーを纏わせる。
最終殲滅時間:五秒間、移動速度を三倍し、デストラクションを発動させ続ける。
「……破壊の権化。今まででこんなの見たことない」
「さ、最終殲滅時間……」
「バーサーカー……」
「毒よりやばい人いるんですけど。どう思います……?」
「おほほほほほ……恐ろしいですわ~……」
「みんな引かないでよぉ~! 何が悲しくてこんなものに……」
「モチーフは破壊神ってとこか? お前、なにか悩んでるんだったら相談乗るぞ?」
「全部壊れちゃえとか思ってないって! んもう!」
まさかの沙紀が破壊神だったということで、次は武器選びに。
澪は、研究所にあった武器全てを持ってきていたようで、さっきの選択肢には無かった銃(?)のようなものもある。
「あ、じゃあ私これにするわ! あははははは!」
「いや、なににツボってんだよお前……にしても、槍か。なんでだ?」
「かっこよかったから!」
「いや、決めポーズしながら言われても……」
槍か。まあ、いいんじゃねえの? とは思うが、一つの懸念点。
剣のように、まだ扱いやすいものでは考えられないが、槍という特殊な武器ならばありえる。
「ん~、小柳。お前、槍扱ったことあんの? 扱うのむずくて死ぬとか、笑い話にもならねえぞ?」
「いや、こやっちは槍ぶん回すだけで堕者全員倒せるから。最強だぞ」
「おいw。私を最強にすんなw。もう破壊神おるし」
「おおん!? それ私のこと言ってる!? じゃあ、破壊神らしくハンマー使いますかねえ!」
「いや、そこまでキレなくても……」
女子組はカオスをご所望のようだ。
いやだって想像してみろ。槍を満面の笑顔で振りまわすヒーラーと、ハンマー担いで仲間をひき肉にしていく破壊神だぞ? 怖いわ。
そして、稲盛は、銃のようなものを選択。理由は、「なんとなく強そうだから」だそうだ。
しかし、澪曰く、考えられないほどに使えないそうだ。
「そもそも、堕者達に普通の銃弾は効かないからかなり特殊な造りになってる。それに、銃弾にエレクテレスを使うし、火薬として自身のエネルギーを消費するからお世辞にも燃費がいいとは言えない。それでも銃を選ぶの?」
「銃は男のロマンなんだよ。澪さん」
「……そう。ならいい」
……澪が微妙な顔をしているが、俺たちは気にしない。
だが、これで俺の仲間は全員遺伝子の働きが完全に働いている状態になった。
つまり、全員堕者が狩れる。
エレクテレスが集められる。
……基地が作れる。
「……さあ……」
前置きは十分。プロローグがようやく終わったとこだろう?
ここから始まる。
「創るぞ。俺たちの国を」
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