第三十話
「『超爆発強化』」
「……ほう」
溢れ出すエネルギーが銀色の光となって全身から吹き出す。莫大なエネルギーを再生力に変換し、左腕も再生する。
そしてその刹那、俺の姿が掻き消え、それと同時に男も弾き飛ばされた。その圧倒的な速度が慣性を働かせ、ただの体当たりで解放状態の男を吹き飛ばしたのだ。
「ゴハッ……。チッ、それは、どういう技だ……?」
「最近は筋肉一つ一つに指定して、〈インフィニット〉の効率を上げていた。それを、細胞クラスにまで細かく指定して、一つ一つに超強化を施したんだよ。まあ、もちろん反動はあるが、それまでは―――」
ディヴァルにて斬りかかる。男は一切の反応も出来ず、首を斬られていた。
「最強クラスの力を出せる」
「……ふん。よい技だ」
うにょうにょっと首が生えて来る姿を見て、若干、気持ち悪っと思った。
なるほど。これは、『泣別』じゃないとダメか……。地味にタメが必要なんだが……。
「〈瞬〉」
「遅い」
瞬間移動の如く高速移動も、オーバーフロー状態の俺では相手にもならない。突っ込んできたところを、逆に蹴り返す。そして、〈可能性現滅〉にて切り裂いた。
ふう……と、息をつく男。どうやら、次のステージへ移行するようだ。
「……〈暴〉」
さらに力が吹き荒れる男。周囲の木々も薙ぎ倒され、少々重力も増えたようだ。
「……力の解放、二段階目だ。三段階ある俺の強化形態、その一つ目に勝ててうれしかったか?」
「なら、さっさとかかって来い。二つ目ならば、勝てるとでも?」
「〈雷〉」
バリバリバリィッ! という轟音と共に、雷が落ちて来る。なるほど。環境にも干渉できるようになったのか。
だが、今の俺は雷速程度余裕でかわせる。
「その程度か?」
「……〈暗〉」
途端、周囲が暗くなり、何も見えなくなる。一寸先は闇とはまさにこのことだな。
しかし、相手は見えているようだ。俺への盲目状態付与ってところか?
「……〈剛〉」
「フン」
ドゴォッ! という人体が衝突したとは思えないような音が響き渡る。しかし、俺の体は一切吹き飛ばない。
「オーバーフロー。この技は、迂闊に全力を出しちまうと、肉体が、細胞が滅ぶ。だから、最大出力としては出せない。一瞬だけなら出せるけどな」
なお、〈インフィニット〉の出力も上がる。コアとやらに直接強化が施されたのだろうか。
「……〈しゅ―――」
「はいドーン」
音よりもなお速く。言葉よりも体で。最速の肉薄をし、ヤクザキックを叩きこむ。
「ゴッ……」という呼気を漏らしながら、くの字になって吹き飛ぶ男。それに追撃を仕掛けるべく、爆速で斬りにかかる。しかし、少しだけ遅かった。男の纏うオーラが、もう一段階増えたのだ。
「〈終〉」
「……っと。なんか、いい感じに釣り合ったじゃん? これなら、ようやく対等だろ」
「……」
〈瞬〉の語もなく、一瞬にして肉薄する男。速い。
が、それよりも早くディヴァルを抜刀。一瞬にして上半身と下半身を分断させた。
「〈再〉」
「……えっ、マジで? あ、それプラナリアみたいになんの?」
まさかの、上半身から下半身が、下半身から上半身が生えてきた。
つまり、二人に成ったのだ。
「「〈雷〉」」
二人分の雷が四方から迫る。その隙間を縫って回避し、〈可能性現滅〉にて、斬りかかる。それを男は〈堅〉にて真っ向から受け切り、無傷で耐えてしまった。明らかに全体出力が上がっているな。
「〈引〉」
「!? おっと……? これは……強力な引力か!」
気を抜くととてつもない勢いで男の方に引っ張られる。『超爆発強化』状態でなければ、とうに全身が砕けているな。
「〈剛〉」
「さすがに正面からは受けたくねえなァ……!」
この勢いで引っ張られたままあの拳は、さすがに看過できないダメージを得る。が、
「……!」
「逆に突っ込んでやらァ!」
両足を地面から離し、引力に従い、急速に距離を縮める。ディヴァルを構えた。そして、その切っ先は男へと向いている。さあ、どう出る?
「〈離〉」
「! チッ……」
これまた急速に距離が離される。引いたり離したりできるんだな……。
さて、このままだとジリ貧だ。そろそろ決めなきゃな。
「そろそろ幕引きだ。全力で受け止めろ」
「……〈鱗〉」
「無崩合一、弐・参式―――」
結構全力で〈インフィニット〉を発動。全身の細胞が高稼働状態へ移り、人間を超える。
「〈堅〉」
「―――『冥葬』」
男の最強の硬化術である〈堅〉も、最速の抜刀術である『白冥』と、再生を不能とする『泣別』の合一技の前には、成す術もなく体を両断される。
「くっ…………遊んでいたと……いう、のか……」
「まあ、そうだな。この状態の試行回数は未だ0だからな。ちょっと練習相手になってもらった」
「……クソ、が……」
ズシャアッ! とした音と共に男の体がズレ落ちる。そして、再生することもない。
……終わったか。
フッと息を吐いた。そして、『超爆発強化』を解除する。既にディヴァルのエネルギーは絶えているので、あとは大剣である八咫烏としてしか使えない。
「グッ……! グアアアアアアアアアアアアッ! オオアアアアアアッ!!!」
全身が痛い。引き千切られるような感覚。全身の細胞が沸騰したと錯覚するような高熱。苦しい。辛い。痛い。
「オゴッ……ガァ……」
「……大人しく武器を捨てて投降せよ。我々は、現在の貴様を制圧する武力を保有している」
「チィッ……しっかり、現在の、をつけやがって……。だが、制圧か……」
『超爆発強化』はさすがに使えないが、〈絶対空間認知〉と〈可能性現滅〉、あと少量の〈インフィニット〉ならば使える。その程度あれば戦えるだろう。
それに……。
「まだ、俺の必殺はいくつかあるぞ?」
「っ! 突撃ィ~~!!」
「「「「「〈硬化〉」」」」」
「悠!」
沙紀がこちらに駆けて来るが、それよりも〈硬化〉状態の男たちの方が早い。まあ、再度『超爆発強化』の使用はできない。
する必要もない。
「『無限並行世界』」
ズシャアアッ!!! ドガガガガガガッ!!! バゴォンッ!!!
「………………えっ?」
一瞬にして目の前が肉塊の海になる。沙紀は、目玉が飛び出すほどに驚いていた。
無限並行世界、とその名の通り、数多にある可能性の世界、その全てを同時に展開する。
ただの〈可能性現滅〉でも、同じような効果が現れる。だが、それに〈インフィニット〉で発生させたエネルギー、それと、〈インフィニット〉の“無限”の概念をという概念を〈可能性現滅〉に込める。
……正直言って、意味が分からん。澪から、「いける」と言われたのでやってみた行けた。それだけだ。
「さて……帰るか。んー……沙紀。そのまま……亮太の鎖を引き千切って、澪を担いでやれ。……俺も、さすがに……キツ―――」
パタッとそのまま意識を失い、前のめりに倒れる。まさか、エネルギー切れじゃなくて疲労と痛みで倒れるとは。これじゃ、澪にも顔向けできねえな。
その後のことは、何も知らない。ただ、目が覚めた時にはリレイスの医務室のベッドの上にいた。カチ、カチという時計の音のみが響く。全面真っ白な部屋でも現実味があるのは時計のおかげだ。
「…………ああ、疲れた」
「……んぅ……。悠……」
「ん?」
隣から妙に艶やかな声が聞こえる。澪だ。未だエネルギー切れの後遺症はひどいらしく、うんうんと唸っている。
「……少しは楽にしてやるか」
俺もあまりよい状態ではないが、〈インフィニット〉でエネルギーを送ってやる。まさかの譲渡可能とは。可能性の塊かよ。この能力。
そして、軽くエネルギーを送り、脳の休息も促進する。すると、「くぇ……」という変な声を上げて深く眠った。
ベッドから降り、自分の部屋へ向かう。どうやら、ディヴァルはここに無いようだ。というわけで、自室を探りに行く。
すると、自室の壁に立てかけてあった。抜刀状態で。
「おっ、あったあった。にしても、抜刀状態か……。わざわざ八咫烏を白狐に変形して、そのうえで抜刀……。よほど俺にディヴァルを使わせたくないように思える」
一度エネルギーをすべて使用した白狐は、再度納刀し、エネルギーを溜めるまで十二時間かかる(と海原さんから聞いた)。ということは、明らかに俺の戦力を削りにきたということだろう。
俺の部屋に入れるのは六皇のみ。そして、ここまで運搬したのは亮太だ。
まずは、亮太に聞いてみよう。
【亮太】
「え? いや、俺はお前ら二人を運んだだけだぞ? 荷物は稲盛と紅月さんに任せたし」
「ああ、そうなん? じゃあ、あいつらに聞いてくるわ。……ところで、俺のディヴァルはどっちが?」
「んえ~? えっと……たしか……。知らね」
「まあ、そうか。分かった分かった。ありがと。じゃあな」
「? おう」
……亮太は違う。次は、沙紀に聞くか。
【沙紀】
「私? 私は澪ちゃんのを持ってったよ? 悠のには一切触れてないかな」
「あー、つまり、稲盛が俺の荷物を?」
「ん~。でも、悠の荷物って何かあったっけ? ほら、いつも身軽だし、ディヴァルぐらいしか無かったような……」
「まあ今回はみんなポーションを携帯してたからな。それと、軽くイヤホン? くらいか」
「まあ、私は途中で別れたから知らないんだ。ごめんねー」
「いや、いい。ありがとな。じゃ、また」
ということは、稲盛か……。
【稲盛】
「俺は、お前のイヤホンと、ポーション。あとは、お前の持ってた、いくつかの爆弾くらいかな」
「は? 俺のディヴァルは? お前が持ってんたんじゃねえのか?」
「いや? 俺はさっき言ったものだけ。ディヴァルは確か……ああ、海翔だ。海翔が「俺が後で持ってく」って言ってたから、渡したんだよ」
「……ほう……」
「まー、そんだけだな。ってことで、ディヴァルは知らん。海翔に聞いてくれ」
「……分かった」
……犯人が分かった。後は、問い詰めるだけだ。
【海翔】
「……で、俺が抜刀状態にしておいたことにキレてんのか?」
「まあ、六皇全員に言ってあるからな。俺のディヴァルは白狐状態で納刀しておいてくれって。百歩譲って、納刀を忘れたというだけならば分かる。だが、わざわざ八咫烏を白狐にしてまで抜刀したということは、俺のディヴァルにエネルギーを溜めたくなかったということだろう? どうだ?」
「さぁてな? いや忘れてたぜ」
「……ところで、俺の荷物は稲盛が持ってこようとしてたそうだ。それを、わざわざお前が持って行った。なんでだろうな?」
「……なんでだろうな」
「ああ、そういえば……あの時はアレルデネラ全域に結界が張られていたから、比較的近距離の俺達四人でしか話せないはずだったんだ。だが……なぜか誰かから連絡が来たと」
「…………へえ」
「そして、その相手はまさかの海翔だという」
「…………」
「で? 言い訳はなにかあんのか?」
その瞬間、海翔はフッと笑みを浮かべ、『解放』した。そして、その高出力のまま斬りかかって来る。ディヴァルの八咫烏形態で受け止めるが、機動力も攻撃力も低いこの形態では、解放状態のこいつの対応はできない。
「……何故かを教えてくれ。なぜ、俺達を裏切るようなことをした?」
「ハッ! 俺達? 俺達だと!? 裏切ってなんかいねえ! 全ては―――」
一瞬距離を離すと、海翔は身をグッと低くした。
「俺のためにやっているだけだ!」
「いや、それが俺達を裏切ってるんだろうが」
突如として始まった戦闘。廊下という閉塞した空間ではどちらも上手く動けないので、戦闘を継続したまま訓練場まで出る。
いくらでも攻撃ができる海翔に比べ、三連撃までしかできない俺。その差は明らかだ。徐々に俺の肉体に傷が増える。〈インフィニット〉の再生力にて強引に再生するが、その傍から傷が付く。痛い。
「今のお前は、幾つもの枷がある」
海翔は一瞬〈ゲイル〉にて風と成り、視界から消える。〈絶対空間認知〉にも、風としか認識されないので、難しい。
「一つ」
左脇腹を裂かれる。そして、回復する。
「お前の体は再生してねえ」
「……チッ」
『超爆発強化』の後遺症はまだ治っていない。細胞を酷使したのだ。肉体はまだボロボロだ。
ガクン、と膝から崩れそうになるが、強引に力を入れ、前にステップを踏む。
「二つ」
〈可能性現滅〉にて周囲にディヴァルを振り回す可能性を三つほど顕現させる。しかし、それは海翔の薄皮を斬っただけでこちらへの攻撃を許してしまう。今度は大動脈付近を斬られた。またも治癒する。
「〈インフィニット〉の出力低下と、継戦能力の低下」
……先ほどの治癒が完璧じゃない。肉体への強化も足りない。これでは、こいつに追いつけない。
「三つ」
正面から蹴られ、とてつもない勢いで吹き飛ぶ。そして、その先には海翔のディヴァルが。
「ディヴァルがほとんど使えねえ」
コイツの言う通り、やはり八咫烏では限界だ。白狐の能力が無ければ。
「四つ」
その時、耳のイヤホンに連絡が来た。品川さんだ。
『どうしました?』
『やばいです……! 東北の方角から、二千を超える堕者が……! 今回は、奴らの出力が八十パーセントほどあります……! 六皇の出撃許可を!』
『……分かった。俺、澪、海翔以外の四人を動員してくれ。俺もすぐ行く』
『? 分かりました!』
視線を戻すと、海翔がニヤリと笑っているところだった。
「で? どうするんだ? リレイスの王、白崎悠殿?」
「……ヂィッ!」
今回の、「無崩合一、弐・参式、『冥葬』」は、二十五話の「白冥、重ねて泣別」と同じです。




