第二十九話
やっべ、筆が進む。
「あれ!? 悠に連絡が繋がらないよ!? なんで!?」
「……妨害電波が出てる。エレクテレスの繋がりを絶つレベルの妨害電波が」
「えぇ~。こんなピンチなのにぃ!」
今私たちは、全方位を軍人に囲まれている。じりじりと包囲網が狭められて、いつかは制圧されるだろう。このままだったら。
「なんかさ、あのスーパー思い出さない?」
「……悠が〈絶対空間認知〉をゲットした時の?」
「そうそう。全部囲まれて、とてもピンチで、って時に、なぜか飛び込んで来たあの状況。今は、みんな強くなってるし、亮太もいるけど」
「確かに。懐かしい。腐死者に噛まれてもなお生き延びる意味の分からない体。とても興味がわいた」
「えー、それ、俺がリレイスに来る前の話? 知らねえんだけど」
「知らないっしょー。だってそれから帰ってから呼んだんだし」
「残念だな~」
またじりじりと寄って来る。すると、一人が声を上げた。
「武器を捨てて投降せよ。我々は貴様らを制圧する武力を保有している」
「やだね。六皇は、何者にも屈しないよ!」
「というか、ここで負けるようだったらもう死んでるしな。俺ら」
「……というわけで、無理。帰るから、どいて」
「……突撃!」
「「「「「「オオオオオオッ!!!!!」」」」」」
悠の時にもあったように、全身を硬化させて突撃する軍人たち。しかし、それは悪手だった。
「「「―――解放」」」
沙紀のプルヴェイズが解放され、ガシュン、ガシュン! と外装が広がる。朱色の線はエネルギーの証。
そして、それはとてつもない勢いで振り出された。〈身体強化〉、〈ラヴェージ〉の圧倒的暴力が、彼らを襲う。
「死んでも知らないよ?」
ドウッ……という音と共に、周囲十メートルの男たちが吹き飛ぶ。破壊の概念が荒れ狂う。
「ガッ……。なんだ、この力はぁっ!」
「先に、預言者を狙え! 弓を使うが、威力はそこまで高くない! 行けええええっ!」
確かに、通常の殲滅力は沙紀にも悠にも劣る。戦闘系六皇で最低かもしれない。しかし、解放状態は別だ。内側から朱色の光が漏れだすこの形態は、あらゆるものを融解する。
「『超熱矢』」
強靭な肉体を持つ男たちが、一瞬にして消えていく。紅い矢に触れた瞬間、なすすべもなく消えていくのだ。そして、回避もできない。
それを見て、隊長は男へ狙いを向ける。今のところ、何もしていないからだ。
「突撃ぃ……『ボォンッ!』な、なに!?」
あいにくだが、荷物持ちの彼は、周辺に地雷を撒くことも簡単になってしまった。彼への突撃は、自らの身を滅ぼすだろう。
思わず、「化け物ばっかりか!」と悪態をつく隊長。最強のあの人が来るまでは持ちこたえねば……と。
そして、意外にもその人はすぐに来た。
「「「!!」」」
軍人ではない。堕者でもない。だというのに
「なに、この圧力……っ」
「俺の地雷が全部避けられてるんだけど。なんだあの白髪」
白く染まった髪を持つその男は、ゆったりとした足取りでこちらへ近づいてきた。そして、それと同時に取り囲んでいた軍人は全て退いて行った。
「……お前たちがリレイスの六皇どもか」
「ああ、そうだ。つっても、三人しかいないが」
「……ならば」
腰から直剣……刀のような光剣を抜き、こちらに向ける。
「制圧する」
「ッ……! 沙紀、右に跳んで!」
「え―――」
「〈瞬〉」
メキメキィ……という生々しい音を響かせながら、沙紀が吹っ飛ぶ。瞬間移動の如く速度で肉薄した男が、沙紀を蹴り飛ばしたのだ。
「亮太! ばら撒いて!」
「了解!」
二人の周囲に地雷をばら撒く。見えているとはいえ、機動力は落ちる……そう考えていた。
「〈震〉」
ドドドドドドッ……と、地震が起きる。すると、あろうことか地雷は全て爆発してしまった。
「チッ……」
「〈瞬〉」
またも高速移動した男が、亮太の首を掴む。ミシミシ……という音が首から聞こえてくる。
「ぐあっ……」
「亮太!」
澪が弓を引き絞り、超高熱のレーザーを撃ちだす。回避不能、一撃即死の矢は、しかし、その男には高速移動で避けられてしまった。
未来を視ている彼女は回避されるのが分かっており、回避先に撃ちこむ。しかしまた、それも避けられてしまう。速すぎる。
「……」
「……預言者、真白澪。狂気の科学者から生まれた、真っ当な天才。だが」
また高速移動で詰めて来る。反応こそできないが、未来を視ているので受けはする。十メートルほど離された。
「未熟」
その男は、光剣を用いて突撃のような形をとった。
あれは危ない。そう思った澪は、回避に専念する。しかし、その男には通じない。強烈な蹴りを叩き込まれ、沙紀と同じ方向へ吹き飛ばされてしまう。
「エホッ、エホッ……」
「大丈夫!? 澪ちゃん!?」
「……ポーション飲めば、大丈夫。それより、ちょっと必殺使うから」
「……分かった。離れてればいいんだよね? うん、逃げておくよ」
「任せる」
スッと立ち上がる澪。そして、男を睨みつけた。
「……いい眼になった。だが、俺には及ばない」
「……及ぶ。お前を」
殺す。とは言わず、エリエルから生まれた莫大なエネルギーを〈限局〉、〈プレディクション〉に送る。そして、圧倒的な、“未来”を押し付けた。
「『因果集束』」
「……いかな超素能力も、俺の前には無意身―――」
男が言葉を区切った。右腕が射抜かれたからだ。
澪は、弓を引いてもいない。動いてすらいない。だというのに、その腕を穿った。
「〈瞬〉」
またも高速移動。澪の背後に現れ、左腕の光剣で首を叩き落さんとした。しかし、それも叶わない。
光剣が、澪の体をすり抜けたのだ。
「!? 今、何が……」
「因果集束は、あらゆる未来を展開する技。未来を視て、選択する。その未来を押し付ける」
「……意味が分からない。未来を押し付けるだと……?」
「右腕が撃たれた時は、いつかそこに矢が撃たれる未来を顕現させた」
「……」
「避けた時は、私が移動した後の未来を顕現させた」
「……」
「あなたの攻撃が当たることはなく、私の攻撃は当たり続ける。つまり、あなたは死ぬしかない」
「……」
因果集束。文字通り、かつての因果を、その結果を瞬間瞬間に顕現させる文字通りの必殺。エリエルに発生した莫大なエネルギーを全て〈限局〉と〈プレディクション〉に送ることで、ようやくなせる業だ。
未来の押し付けに、人が及ぶはずもなく。
「〈再〉」
呟いた男は、右腕を治していた。いったいどういうモチーフなのか。予想もつかない。それでも、負けは確定だろう。
「大人しく、負けを認めて」
「……確かに、いい技だ。だが、当然ながら弱点もある」
ゆっくりと歩き、亮太の目の前へ。いつのまにか鎖らしきもので亮太の四肢と地面とが繋ぎとめられていた。あの男の能力だろう。
「……ここならば、どうだ?」
「……」
「その技は、いつかの未来を押し付ける異常な技だ。だがお前は、今の俺の位置には撃てない。撃つことが無い。故に、ここは安全地帯だ」
澪のファルス、エリエルの解放状態は、あらゆるものを貫通させる超高熱レーザーだ。未来を押し付け、その身を射抜いたということは、亮太もろとも射抜くということ。生き残るという保証はない。
それに……
「……俺が一撃で死ぬとも限らない」
「……」
先ほどの、〈再〉。あれは、血も出ていなかった肉体を瞬時に再生した。もしかしたら、致命傷を負っても回復するかもしれない。あの、モチーフがフェニックスだったあの男のように。
「……諦めよ。お前の必殺技も攻略された。大人しく投降すれば、命だけは助けてやる」
「……断る。だって」
ザシュッ!
「未来はあるから」
ドサッ、と落ちる男の生首。それは、驚愕に染まっていた。
「……なぜ?」
「私たちの王は、いつかここに来る。そして、壱式・陽炎にてあなたの首を叩き切る未来があった。それを押し付けただけ」
「……良い発想だ。自ら以外を顕現させられるとはな。だが」
生首が光と共に消える。すると、胴体の方から首が生えてきた。
思わず沙紀が叫ぶ。
「うっわ。きもっ!」
「……参式・泣別じゃないと」
思わず、悠に文句を言う澪。この場にいない悠に言うのは不憫だろう。
「……死なず、硬く、強い俺には勝てん。大人しく、投降しろ」
「ことわ……」
澪が前のめりに倒れこんだ。突然、ぷつっと。
「澪ちゃん!?」
「……エネルギーの枯渇だ。命に別状はない……抵抗しなければな」
「ッ!」
そう言われ、動けない沙紀。亮太も、鎖でつながれているので、動けない。
「……制圧完了。白崎悠への取引に使用する」
「「「「「了解」」」」」
「……これで終わりだ。牢獄にでも入れておけ」
「と思ってんのか? ア゛ァ?」
「!!」
ガアンッ! と、ディヴァルと光剣がぶつかり合う。互いに衝撃で弾き飛ばされ、一度距離を取ることになる。
「「「悠!」」」
「ったく、ガチでギリギリじゃねえか。にしても、よくこんなにボロボロに……」
「……白崎悠と交戦する。お前達、下がっておけ」
「「「「「了解」」」」」
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
「さっきの話が本当だったんだな……ちょっと感謝しねえと」
反逆者云々の話はともかく、こちらの話は本当だった。それだけでも、十分だ。
「まあ、確かに侵入したのはこちらだがな。ここまでのガチバトルになるとは思わなかった」
「……武器を捨てて投降せよ。私は―――」
「もういい。聞き飽きた。それより……」
〈インフィニット〉の力、銀色の光を吹き出し、身体を超強化する。
相手も、光剣を構えた。
「力だろ」
「〈瞬〉」
振り返り、高速移動してきた男に刀を向ける。ガンッ! という硬質な音を響かせて、鍔迫り合いに持ち込む。
「……よく反応出来たな」
「あいにくと、〈絶対空間認知〉で見えてんだよ」
ガガガガガガッ! と、超高速で打ち合いを始める。あらゆる情報を認知する俺と、何らかの能力で反応する男。互いに力は拮抗している。
「……よき力だ。だが」
足を高く上げ、地面に叩きつける。すると、地面がぐらついた。
「未―――」
「熟か?」
「!?」
弐式・白冥により、爆発的な接近を見せる。そして、ぐらつく地面何のその、と言った勢いで肉薄し、ディヴァルを抜刀した。
「〈堅〉」
ガキンッ!
「……またかよっ!」
ここの国のやつら、みんな硬いんだけど。なんなの?
「〈剛〉」
振った右腕が俺の左肩に触れた。その瞬間、とてつもない力を感じ、気が付いたら、とてつもない距離弾き飛ばされていた。
左肩も脱臼してるし。
「ってえな……。なんなんだこいつ。こいつの持つ超素能力、四種類より多いだろ」
左肩をはめ直し、考える。澪達に教えられた情報を含めて、今のところ
瞬間移動のような高速移動〈瞬〉。
人為的な地震を起こす〈震〉。
一瞬にして致命傷も回復する〈再〉。
異常な硬さを発揮する〈堅〉。
急激に力を加える〈剛〉。
これだけでも五つ。まだ隠し玉があると思ってもいい。
「……この程度か」
「なんだ、相手が死ぬまで戦いは終わらないぞ? それに、お前だってまだ本気出してないだろうが。俺だって必殺技を使いたい。お前が戦うに足り得るかが分からねえから、さっさと本気だしな」
「……〈解〉」
とてつもないプレッシャーが俺を押しつぶす。はは、いいね。いい殺気だ。
隠し玉に怯えながら戦うのも大変だからな。さっさと本気を出させたほうがいい。正面から叩き潰す。
「……お前達で言う解放だ。この状態の俺は、手加減ができない」
「かかって来な」
目の前から姿が掻き消える。気が付いたら、俺の左肩が千切れ跳んでいた。
なるほど。これは……
「……全ての力を思うように、同時に使える。これでもなお、諦めぬか?」
「なんだ、追い詰めてもないのにそんなこと言うのかよ」
「……」
急速に接近。眼にもとまらぬ速度で光剣を振り下してくる。それを勘で受け止め、逆に蹴り返す。
マジの勘だったからな……。あぶね。
ちゃんと、本気出した方がいいか……。
「……出すならば、お前も本気を出せ。でなければ」
またも急接近。勘でのけぞるが、前髪を数本いかれてしまった。
ゴウッ! という勢いで反りを戻し、ディヴァルにて斬りかかる。しかし、それは難なく防がれてしまった。そして、その一瞬の硬直を逃さず、この男は脇腹に蹴りを叩き込んで来た。
「一瞬で終わらせるぞ」
「……随分と長い一瞬だなァ……いいぜ。ぶっつけ本番の必殺技、見せつけやるよ」
〈インフィニット〉を極めた必殺技。無限のエネルギーによる強化の極み。
「『超爆発強化』」




