第二十二話
「澪さーん。これの解析お願いしてもいいっすか?」
「ちょっと待って。もうちょっとでこれが完成す―――なにそれ、赤いエレクテレス? どこで手に入れたの?」
「廊下歩いてたら飛んできた」
「ちゃんと答えて」
「数分前そこの廊下を歩いてたら何の前触れもなくそれが飛んできた。時速約百三十キロほど」
「そうじゃない。そういう意味じゃない」
めっちゃ丁寧に説明したんだがな?
今俺は、さっきも澪に言ったように、赤いエレクテレスの解析をお願いしに来た。通常、エレクテレスは青みがかった透明な結晶。しかし、今持っているのは赤みがかった透明な結晶。こんなのあったっけ? と思い、澪に見てもらいに来たのだ。
まあ、徹夜して情報記録機器を作ろうとしている奴にこれ以上働かせるのは酷だろう。うん。ほんと可哀そうだ。また出直そう。
しかし、そんな俺の気遣い虚しく、エレクテレスは研究者の血が騒いだ澪にひったくられ、解析機器に投入されていた。
ウィーン……という音を出し、精密に解析されるエレクテレス。それを尻目に、目の前に積みあがる小さな立方体を見ていた。
「すげえなこれ……。この立方体一つ一つに情報が詰め込まれているのか?」
「ん、この最小の立方体を見て」
そう言われたので、指さされた一辺二センチほどの立方体を見る。
「これ一つの記憶容量はだいたい1YB。これが記憶体。それが二十七個組み合わさって一つの情報記憶媒体になってる」
「それがこのルービックキューブみたいなやつか」
「そう。で、キューブが二十七個集まったキューブが情報記憶物体」
「お? おう。つまり、記憶体が……七百二十九個か。はいはい」
「で、目の前の大きな立方体。これが、この国の最高記憶装置、世界情報記憶装置」
「……今までの話からするに、これは情報記憶物体が二十七個か?」
「ちがう。情報記憶物体を二十七個集めた物を二十七個集めて、さらにそれを二十七個集めたものが世界情報記憶装置」
「なるほど分からん」
つまりどういうことだ? えーっと……
思案する。それを見かねたのか、澪が教えてくれた。
「つまり、記憶体が千四百三十四万八千九百七個あるってこと」
「へ、へえ……」
「さらに言えば、1YBが十の二十四乗だから……一秭……ちょっと待って」
そういうと紙を取り出し、見せて来る。
そこには中学の範囲で書かれた数字だった。
有効数字。
1.4348907×10の31乗
「うん。とりあえずとても大きな数字だというのは分かった。うん」
「ふふ、わざわざ遠回りに計算した甲斐があった。これで凄さが分かるはず」
「逆に分かるようにしてくれよ。チクショウめ」
まあ、十の三十一乗なんて聞いたことが無いし、とてもよくデータが入るのだろう。
ちなみに、と澪が付け足す。
「これは記憶装置であり、演算、解析もできる。今のところ歴代最高傑作」
「巨大なルービックキューブにそんな機能があるなんてな……。いや、この空間ヤバ」
「ふっ、そうでしょ。褒めて」
「凄い凄い」
「むぅ……」
さて、本題に戻ろうか。
少し膨れている澪の頭を撫で、解析を待つ。すると、部屋の隅に設置されている液晶に結果が反映された。
【血成結晶】
生物として一段階進化するための素材の一種。不変結晶とは似て非なるもの。
「……俺には欠片も分からん。そもそも不変結晶ってなんだよ?」
「多分、不変結晶はエレクテレスのこと。何にも染まることなく、ただ純正な素材。それがエレクテレスだから。世界情報記憶装置がそう判定したのはどこかでそう呼ばれているからかもしれない」
「へぇ~。で、この血成結晶ってのはなんなんだ? エレクテレスじゃないってのしか分かんないんだけど」
「それは……」「おう」
「……」「……」
「分かんない」
「なぜ溜めたし」
一行開けてまで溜めた結果が分かんないかよ。
まあ、確かに最初に澪の見た反応からして知らないっぽかったしな。
「だけど」と、澪は世界情報記憶装置を操作。どこかの貿易記録……?
「アーザレイルの最近の取引履歴。それの最上段、つまり直近の取引内容が血成結晶。断定はできないけれど、これはアーザレイルから転送されて来たものだと思う」
「何の前触れもなく急に目の前に現れて来たんすけど。すっげえ怖かったんすけど」
「……一応聞いてみる?」
「そうするか」
俺たちは通信室に向かい、アーザレイルへの連絡を図る。
すると、最初に出てきたのは虹夢さんだった。
『はぁい。アーザレイル国家情報管轄課の虹夢です……。なにか、御用ですか……』
『あ、俺達です。リレイスの白崎と澪です』
『あ、じゃあ、いいね。ふわぁ……』
『俺たちだったら眠そうにしてもいいんですか……』
『だいじょぶ、だい、じょぶ……くかー』
『『寝た!?』』
『んえ? えと、なんの用、ですか?』
『アーザレイルのぼうえ―――むぐっ』
『ん、最近新しい素材を手に入れたのかを聞きたくて連絡しました。例えば、赤いエレクテレスとか』
『……なぜ、それを……? それは、私たちが、輸入したばかりの素材なのに……。これを知っているのは、六皇だけ……』
『ということは、手に入れたんですね?』
『あっ……』
しまった、とばかりに声を漏らす虹夢さん。それに対する澪の反応は、
『ちょっと、これから向かいます』
『「え?」』
奇遇にも虹夢さんと反応が被ってしまった。いや、これから向かいます? マジで?
たしかにまだ朝は早いが……
「じゃあ、亮太連れて来るぞ?」
「問題ない。悠がすればいい」
「なるほどね~……じゃねえよ。まだ運転危ういんだぞ。俺」
「今日慣れればいい。さ、行こう」
「俺に決定権はないと」
『私にも……無い?』
俺と虹夢さんが同時に問う。すると澪は一言。
「無い」
「うわーお」
ひっでえや。俺たちに意見は出来ねえってよ。
まあ、それはそうとして今日唐突に現れた血成結晶。これの正体を探らなければならないし、あとはこの国を狙う国も見つけないとな。
はー、めんどいめんどい。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢
「お、おお……ちゃんと事故らなかった。よかった……」
「ん、すごいすごい。行こ」
「あ、はい」
アーザレイル皇の白塔近くの駐車場に止め、少し歩いたところにある情報管制室へ向かった。
「……ほんとに、来ましたか……」
「ん、気になったから」
「なんて、恐ろしいんですか……」「同感」
「それで、赤いエレクテレス、『血成結晶』。これについて聞きに来ました」
「んー……それは、今現在六皇しかしらない強化素材。欧米のほうから輸入した」
「えっ? どうやってそんな取引するんですか? まさか飛行機とか言いませんよね?」
「んえっと……ケカルセルトの、力を、借りました……。貿易の中心。あそこは、なぜか知らないけど……一瞬で、長距離の輸送を、可能としますから……」
「なるほど。あそこなら信頼もできる……うちも関りを持つべき? まあ、亮太と悠に丸投げしようか……」
「聞こえてんぞ、オイ」
まあ、確かに貿易とか外交関係は俺たちの仕事だけども。丸投げするか……じゃねえよ。
俺が膨れている間にも会話は続く。
「それで、これはどういう素材なんですか? なぜ、“血成”の名が?」
「これは……。いや、ちょっと金霧さんを連れてきます……この時間なら、空いてるかも……」
「あっ……行っちゃった」
それから十分ほど待機し、虹夢さんが金霧さんを連れてきた。
「もー、なんなん? 今ようやく仕事終わってんで? はよ済まし」
「ん、ごめんなさい……。ちょっと、〈ネゴシエリア〉を……」
「……なるほどな。それは仕方ないわ」
金霧さんは目を細めて笑うと、胸から黒い波動を出した。その内部に飲み込まれ、時の止まった空間が広がる。
「……悠から聞いた完全隔離空間……。しかも時が止まっている……。おもしろい」
「今は研究欲を抑えような? な?」
「ん……」
「そんで、わざわざ超素能力を使わせるってことは、血成結晶の話なんやろ? 嗅ぎつけるのが早いんとちゃう?」
「えー、大雑把かつ正確に今朝起きたことを伝えますと……」
「うん」
「廊下を歩いていたら、何の前触れもなく血成結晶が飛んできました」
「「……ん?」」
「とても正確に説明しましょうか?」
「……いや、ええわ。うん。そういう星のもとに生まれたんやもんな。仕方ないな」
「……なんか、物騒な国……」
「これ俺が悪いの?」
「説明が悪い」
だって、大雑把に説明するとそうだろ? 俺だってパニクったんだから。
……ってか、物が飛んで来たら刀を構える俺よ……。変わっちまったな。
「おー……」と考えた金霧さんは、軽く説明をしてくれる。
「血成結晶のエネルギー濃度はエレクテレスに劣る。けど、そのかわりに血成よりも深く力を得られるんや。おかしな話やろ? 血成の時点で遺伝子確立をして力のすべてを出したはずやったのに、さらに力を出せるんやで?」
「ふむ……。澪。どゆこと?」
「……遺伝子確立は、力が強くなる。おそらく、血成結晶は力が深くなるんだと思う」
「「「深く?」」」
「そう。遺伝子確立は、独自の遺伝子へと組み替えて隔離することで腐死者からの感染を防いだうえで、ありえない力を発現させる。けど、血成結晶はその確立された遺伝子を濃くして、力の深奥へ潜る……んだと思う。あくまで感想」
「なるほど……」
全然分からん。血成の時点で人体のすべてを解放したんじゃなかったのかよ? なのにさらに強く? 意味わかんねえ。まあ、俺たちにこの素材はまだ早いな。
「なるほどなぁ……。つまり、血成結晶は強化素材っちゅーことやな。これで進化を止めない堕者たちに遅れを取らずに済む。とか言いつつまだ負けんけどな!」
「確かに……進化し続ける堕者たちに負けないように自分たちも強くなるというのはいいですね。なるほどなるほど」
「ところであんたら……なんで来たんや? それを聞くだけやったら通信でもできるやろ?」
「あー、実は、うち今襲撃を受けていまして。通信が傍受されてたらマズイなって」
「……ほ~う? 襲撃なぁ。ま、こちらは傍観させてもらうわ。なんか面白いことあったら教えてな~」
「あ、はい。では、失礼します」
〈ネゴシエリア〉が解除されたので、頭を下げて帰る澪。俺も失礼します、といい、そのまま退出する。
にしても、血成結晶かぁ……。俺達には時期尚早だが、いつかは使う日が来るのだろうか。
つーか、なんで急に飛んできたんだ? これは謎だ……。




