第二十一話
特殊個体と遭遇してから数分。六皇は一度も攻めに出られなかった。
五メートルを超える大きな図体。「あ、死ぬ」と思わせる直剣。六皇とは明らかに違う戦闘経験。何もかも負けている。
「! ガッ! いって……!」ドゴォンッ!
「竜前君! このぉっ!」
沙紀が〈身体強化〉を掛けた状態で〈ラヴェージ〉も発動。最高の一撃を撃ち出す……が、それは堕者の左手で止められてしまった。
「!? 引けな―――」
カキィンッ!
「……矢は弾かれた。でも、沙紀からの注意は外せた」
スゥッと深呼吸し、堕者を見つめる澪。
「こっち見ろ。化物」
「ウオオオオオッ!!!」
「ッ!」
澪を睨み、口から謎のビームを放とうとする堕者。しかし、寸前で小柳がアレストイージを突き刺し動きを鈍化させ、澪を退避させる。
ゴガガガガガアンッ!!
放たれたビームは地を抉り、あらゆる生命を滅ぼした。澪の右足が巻き込まれ、片足だけに。
「格が違う」と、六人が悟り、どうしたものかと顔をしかめる。
しかし、一瞬の停止が全てを悪循環に巻き込む。
「ウオオオオッ!」
「やっべっ……」
堕者が脚を地面に叩きつけ、人為的な地震を起こす。腰を抜かしていた稲盛がその場に倒れ、斬りつけられる。
上半身と下半身がお別れし、剣を振った風圧で近くの木まで吹き飛ばされる。小柳が大至急〈祝福領域〉を発動し回復するが、遅々として進まない。怪我の割合が大きすぎるのと、〈治癒の手〉や〈祝福領域〉を酷使しているため、小柳自身のエネルギーが切れ始めているというのもある。
「ゴハッ……」
「稲盛ィ! ッ! こんちくしょうめ、堕者ァ! ふっとばす! “解放”!」
沙紀がエネルギーを振り絞り、プルヴェイズを再解放させる。発生したエネルギーを全て攻撃力に変換し叩きつけるが、「グアッ」という声を出しただけで大したダメージがあるように見えない。
まだまだ、とばかりにもう二度振るが、今度は脚に力を入れたのか、ビクともしなかった。
それを見た堕者は左足を引き、沙紀を蹴らんとする。
同時に海翔も解放。双剣と〈俊足〉にて肉薄。右腕の付け根を狙い斬りつけるが、薄皮を斬っただけ。ダメージの欠片も無い。
(なんだこいつ……体が硬すぎるぞ!? これを倒すのは無理なんじゃねえのか!?)
離脱を考える海翔。しかし、薄皮を斬った程度では注意も引き付けられない。堕者は三連撃制限で動けない沙紀を蹴り飛ばし、リレイスの城壁へと吹き飛ばす。
ドガアンッ!!
「あいッ……」
「沙紀ちゃんっ! 〈祝福領い―――!?」バタン
「なっ、こやっち!? 大丈夫か!?」
「だっ、だい……」
エネルギーの枯渇により倒れる小柳。それにより稲盛への治療も絶え、沙紀の背骨の骨折も治ることは無い。
あと戦えるのは海翔と亮太のみ。
「うおおおおおっ!」
「……ハンッ」
「何でだよ! なんで欠片もダメージが通らねえんだよ! おらああああっ!!」
「……」
〈イフェット〉を発動し音速に迫り、ガレルの解放により音速を突破する。
しかし、視えているのかいないのか、堕者は自分を軸として直剣を周囲に一回転。ズガアアアアッ!! という音と共に周辺の大地が削られる。
その攻撃に巻き込まれた海翔がひき肉になりかけ、一部内臓が飛び出かけた。
残るは亮太だが、デラメラは破壊され、バルデッドは残り一つしかない。分裂することも無く粉砕されたら増殖することも無い。だから迂闊に使うことはできない。しかも、今〈ディメンション〉内に入っている物がほとんどない。攻撃的なものもほぼ無く、ポーション類も一つしかない。それもたった今海翔のもとへ転移させ、一部を治した。
……ここまでか。ここで終わっちまうのか。
悠が人を集め、ようやくみんなで建国したこの国を、たった一体の堕者に蹂躙されるのか。
王不在ならば何もできないのか。俺達は。
「チィッ!」と舌打ちをした亮太は数百を超える盾を目の前に展開。振り下ろされる直剣を止めようとした。
しかし、努力虚しくガラスのように粉砕される盾。亮太の目の前に堕者の剣が迫る。マズイッ! と飛び退こうとするが、その必要は無かった。
「無崩流・壱式」
大気が固まる。静寂が訪れる。王の権威に恐怖する。
「『陽炎』」
……リィン……
紅い閃光を伴って現れたのは、我らが王、白崎 悠だった。
「おいおい亮太。なにやってんだよ。リレイスを守ってくれるんじゃなかったのか?」
「ゆ、う……」
「……みんなボロボロだな。大体千体ほどを殲滅し、その後にこいつか。そいつは大変だったな」
「ったく……遅せえよ」
「悪かったな。さて、さっさと帰ってみんな治療しようぜ」
「は!? 何言ってんだよ!? 特殊個体がまだ生き、て……」
キラキラと消えていく特殊個体。その場に残る巨大なエレクテレス。それが意味するのは一つ。
「さっきので、倒した……?」
「そうなるな。どうだ? 俺も強くなっただろう?」
「一撃……?」
いろいろ聞きたいことのある亮太だったが、まずは五人を運ぶことになった。〈ディメンション〉内の巨大担架に五人を乗せ、〈ポーター〉と〈レスタリア〉にて運ぶ。荷物持ちが残っていたのはある意味幸運か。
それから、病院ではなくベースの医療室に連れていき、ベッドに寝かせ、予備の最上級ポーションを飲ませる。見る見るうちに傷が癒え、脈、呼吸ともに安定。流血も止まった。
「まずは、みんなが目を覚ますまで待つか」
「そうだな。俺もそれから説明する」
「絶対全部吐けよー!」
「うぃ」
♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢
「完☆全☆復☆活!」
「はーい明日香ちゃーん。私達病み上がりなんだから少しは大人しくしようね~。よーちよーち」
「ばぶー。じゃねえよおいこらぁ!」
「にしても亮太。なにがあったんだ? 俺達は痛みで気絶してたからよく知らねえんだよな」
「悠がかっこよく登場。それと同時に堕者即死。俺がみんなを運搬。治療。今ココ」
「なるほど。これ以上なく簡潔で分かりやすかった」
「ん、というわけで悠。洗いざらい話して。全て話して」
「あ、ハイ」
それから事細かく説明した。俺のファルスの変化。あの人達と作り上げた新式武術。
「まず、ディヴァルについてだな。葵さんにこれ本来の力を出してもらった」
「本来の力? どんなのどんなの?」
「まー、見た目から変わってるよなぁ。刀みてぇに。そういう変化じゃねーの?」
今は腰から下げている鞘に納めてある。
「正解。これが、“形式変化”。あの人曰く、いつもの大きな直剣が『八咫烏』、この刀が『白虎』……って言われた」
「うえ~! かっけぇっすパイセン! うぇい!」
「はいはい落ち着こうね~。明日香ちゃん」
「白虎の能力……能力じゃないんだけど、このファルス自身がチャージ式になったんだ。鞘に納めていた分、白虎が使える……ってやつ。つまり、三連撃制限が解除されたってこと」
「ほぉ……つまり、チャージされた時間の分いくらでも使えるってことか。そいつは便利だな」
「んー、でも悠。チャージ時間が切れたら何もできないってことなの?」
「そういうこと。そうなったら八咫烏の方が使える」
「ふーん」
今もずっとチャージされている。その量に際限などない。多分。
なお、切れ味も向上しているため、単純に攻撃力が上がっているとも言える。
「あ、待て待て悠。あいつを斬った時に言ってた、『無崩流:壱式・陽炎』ってなんなん? 無崩流ってなんなん? 陽炎ってなんなん?」
「あー、無崩流ってのは、俺がアーザレイルに行ったたびにあの人たちと組み上げていった新式武術だ。結構時間かかっちまったけど、今日ようやく完成させたんだ。まあ、あんなに危険になってるとは思わなかったんだけど、品川さんからの連絡を受けて大至急帰還した」
「ん、私と沙紀も知ってる。だから帰る時にその話をした」
「あー、仕上げるってそういう……。いや、あの人たちって誰だよ」
「武田さん。ほら、最初にアーザレイルに接触したときに襲撃してきた人たち」
「ああ、悠が一人で追い返した奴らか。え、あの人たちに色々教えてもらってんの?」
「あの人たちの使う古武術『村雨流』ってのがあるんだけど、それを俺用に改良。それが『無崩流』だ。で、村雨流の移動術『蜃気楼』ってのを気合で覚えて『陽炎』とし、音なく、最速で肉薄し、急所を切り裂く技にしたのが、『壱式・陽炎』」
「めっちゃかっこよかった! また見せて!」
「暇だったらな」
武田さんが言っていた、うちのやつらにも見せてやりてえよ、は、陸軍の人たちのことだったようだ。
一つのグループとして行動していたけど、あれは門下生だった。
今日のことを話続け、空が暗くなってきたころ、「さーて寝ようぜ寝ようぜ」と海翔が言ったためみんな寝ることになった。
今日は布団の侵入者がいない。え、久しぶりだな。一人で寝るの。
そうそう、今澪と海翔は研究室に籠ってる。なにやら、機密情報保持物体を作るそうだ。
なぜ今? と思ったが、この国のことを記録しなければならないのと、侵攻や研究の記録等を一つのコンピューターに保存するのは限界が来るらしい。そのため、容量ほぼ無限の物体を作るとのこと。
俺はよく分かんねえから寝るけど。
いや、寝ようぜって言った本人が寝ないのなんなの?
♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢
「ふわぁ~あ……おはよぉ。悠~」
「おう、おはよう。あー、まだ寝てきたらどうだ? 今日特にすることないし、昨日のことで疲れたろ?」
「うーん、でも、なんか体動かしたくて。ちょっと軽く散歩してくるね。ふわぁ~あ」
「気をつけろよ。……おい、前見ろよ?」
「はぁ~い」デベシッ
「言った傍から壁に激突してんじゃねえよ」
コイツ朝に弱いんだったな……。なんとも平和な朝だ。
俺はちょっと残ってる仕事を消化するかな。そう思い、仕事部屋に向かおうとすると、とてつもない勢いで何かが飛んできた。
ディヴァルを抜刀の要領で引き抜き、それを切り裂かんとする。が、寸前でやめる。
「……なんだこれ?」
刀の腹で受け止めた飛来物は、赤いエレクテレスだった。




