第十五話
「よし、荷物全部持ったな?」
「ん、行ける」
「頑張って来いよ~。つっても、建国の申請をしに行くだけか。意外と近いし」
「なんか粗相をして、『建国ダメー』って言われないようにしてよね~。まっ、澪がいるんなら大丈夫だろうけど!」
「あれ? 俺は? 俺は不安なの?」
「ちょっと……いや、だいぶ不安だろうがよ。まっ、リレイスは任せろや。平和を守って、秩序を保つ。それが俺達の役目だろ?」
「海翔……やっぱり時々いいこt」チャキッ
「! あぶなぁい!?」
「こやっち、うるさい」
「すいやせんっしたっ!」
「まあでも、行ってらっしゃい。いい結果、期待してるからね!」
「ああ。行ってきます」
笑顔に見送られ、俺たちはWRUG支部へ向かう。ルートは澪が出してくれた。俺の時計の機能Ⅲ、マップ機能で移動するつもりだ。
それほど遠くない。ここが東京というのもあるが、建物がほとんど消えているため、直線距離でいける。
しかし、車を運転できるのは亮太のみ。しゃーない。あいつも連れていくしかないか。と思ったんだけど、澪が、
『ダメ。歩いても行けるし、多少は狩りもしておかないと。いつか堕者が狩れなくなってくる。圧倒的な戦力差で。だから、それまでにエレクテレスを集めるしかない。うん。だから、仕方ない』
だそうです。思わず、『ア、ハイ』と頷いてしまった。あの圧力はなんだったのだろう。
そういうこともあり、俺たちは徒歩で行くことに。
そんなに時間がかからないだろ。
…………
「んぅ? こっちで合ってるのか? 警視庁から離れてる気がするんだが……」
「大丈夫。いいからこっちに来て」
マップと通ってる道を見比べながら困惑する悠。明らかに逸れているのだ。いや、大幅に間違えているわけではないのだが、何やら少しズレている。どこへ行くのだろう? 警視庁のある千代田区へ向かうはずだが、新宿区へ向かっているようだ。あそこに何かあるのか?
「ん、もうちょっとで着く。あ、〈絶対空間認知〉は切って」
「? 了解」
認識されたくないということか。言われたままに切る。途端、俺の右眼は光を失い通常の黒目に戻る。脳に流れ込んでいた夥しいほどの情報も無くなる。
頭痛も無くなる。ああ、最近感じてた頭痛はこれだったのか。大量の情報が脳の処理可能量を超えたと。
地味に納得しながら、歩くこと十分ほど。足が疲れてきた。
その疲れすら吹き飛ばす、とてつもなく大きく、それでいて可憐な桜が咲き誇っていた。
心なしか空気も綺麗だ。まるで、シーレンスで浄化されたような。
まさか、これは……
「……これは? なんで桜が咲いているんだ!? 周辺の栄養素は根こそぎ瘴気に阻まれてあらゆる植物が絶えるはずだぞ!?」
「悠。落ち着いて。これは、自然と科学が生み出した絶景。悠も知ってるはず。数百年前に植えられて、一度も枯れることなく、倒れることなく、褪せることもなかった世界遺産、“永遠桜”。その力、いまだ絶えることなく」
「……マジか……年に一度の祭りでしか見ることも立ち入ることも無かった桜。一度も生で見たことが無かったけど―――こんな形で見れるとはな。最高だ」
その太い幹から出る圧倒的な威厳。一年中咲き続ける美しい桃色の花弁から溢れる生命力。その姿たるや、畏怖すら感じる。
ああ、本当に美しい。悠久の時を過ごしている物は、かくも美しい。
「ふふっ……」
「どうした?」
「いや……悠のそんな姿初めて見たから。新鮮で」
「そうか? って、あれだよな。ここ数か月“美しい”ってものに出会わなかったからな。久しぶりにこんな気持ちになった。ありがとう」
「ん!」
永遠桜。またいつか見に来よう。そう思い、その黒い幹に触れた。
その瞬間、澪は顔を真っ青にし、俺の手を幹から離そうとした。
? 別に何も起きてないぞ?
「……何も、無い?」
「? ああ、特に何も無いが……」
「……永遠桜には触れてはいけない。絶対に」
「お、おう……なんで?」
「永遠桜は大気中の害気を吸って生き延びる。恐らく、中に埋め込まれている循環細胞機構はシーレンスと同じ。だから、この中には大量の瘴気がため込まれている。触れたら超濃度の瘴気を浴びて死ぬ。もう被害者は十人以上いる」
「あっ、マジか……〈可能性現滅〉様様だな。というか、どういうことだ? 循環細胞機構って。完全な自然の遺物じゃないとは思ったが、澪も知らないのか?」
「おt……WWS代表だけが研究に関わったから知らない。だけど、圧倒的な頭脳を駆使したのは知ってる」
「なるほどな……ん? ん?」
あれ? 数百年前から植えられてる桜だよな? なのに、ここ数十年でできた研究室の代表が関わっているんだ? 嘘なのか?
すると、俺の心を読んだのか、澪が口を開く。
「……その疑問には答えられない。ごめん」
「いや、お前の名字のことも知らねえし、今更知らないことがあっても気にしないさ。まっ、名残惜しいがWRUG支部に行くか。永遠桜、帰りにでももう一回寄るか?」
「……ん!」
名字……亮太はいつも澪のことを『真白さん』と呼ぶ。つまり、こいつは真白 澪ということになるのだが……どうしても真白を嫌っているらしい。なぜだ?
……いや、本人が嫌がっているのに考えすぎるのもよくないな。うん。
その後歩き続け、千代田区へ。警視庁を目指す。
……ちなみに、道中の堕者達は全て逃亡。服が汚れたらなんかダサいだろ? 公式の書類を出すってのに。まあ、それに
「前までは囲まれても余裕だったのに……いや、武器の性能があれなんだよな……」
「……三連撃制限。あれの解決方法はあるんだろうか。堕者にダメージを与えるには使用者のエネルギーを身体に影響を及ぼさないほどで使わないとダメ。だから、解決はできないはず」
「まっ、その分仲間と協力すればいいんだけどな! そうだろ?」
「! うん」
そんなことを話していると、着いた。旧警視庁、現WRUG日本支部。今までとは違い、全て白。メステリウムで基礎的なものを建て、実際に使用する場所を他の素材で補う。リレイスの家と同じだ。
ちなみにベースだけは全てメステリウムという豪勢な造りになっている。ある機能をつけるために澪と海翔と俺で内装と地下を変えているところだ。
まあ、そんなことは置いといて。俺たちは入り口付近に立つ二人の警備に話しかける。
「すみません。ここはWRUG日本支部で間違いないですか?」
「ん? ああ。どうしたんだい? 迷子……じゃないな。背中に武器を背負っている……ということは……」
「ええ、建国の申請をしに来ました。入ってもよろしいでしょうか?」
「建国……? まだ高校生のようだが……?」
「ああ、世も末だな……こんな子たちがそんな夢を見るなんて……」
「? どうされましたか?」
「……いいえ、どうぞ……」
「ああ、プロとして、敬意をもって通すしかねえよな。そうだよな……ッ!」
「もうちょっと静かに話してください。全部聞こえています」
「あ、ああ……すまねえ。さあ、どうぞ……」
ちょいと不満を抱きながらも中に入る。外装通り全て白い。そして、汚れ一つない。メステリウムの特徴の一つだ。あ、うちのベースも綺麗だぞ?
さて、受付受付……あった。
「すみませーん。受付ってここで合ってますか?」
「はい。大丈夫ですよ。何用ですか?」
「建国申請に来ました。書類の提出と支部長に会わせてもらいたい」
「……はい分かりました。こちらを書きながら、少々お待ちください」
受付嬢は電話を掴み、誰かへ電話をし始めた。恐らく支部長。
建国申請書に必要なことを書き、提出しようとするが、受付嬢はまだ話していた。
あれ? もう十分以上話してるはずだけどな。
ん? 揉めてる……?
いくら〈絶対空間認知〉といえど、音は聴き取れない。誠に残念。
それからまた五分。ようやく話が終わった。
「……では、奥の部屋にどうぞ」
「ありがとうございます」
「ん、ありがと」
「……(高校生如きが……甘いんだよ。この世界は、国を作れるほど甘くない)」
「……行くか。澪」
不穏な気配を感じ取ったが、そのまま奥へ進む。すると、『応接室』という文字が見えたので、ノックをする。
コンコン
「入りたまえ」
「「失礼します」」
そこには、オールバックの男性がいた。ダンディな雰囲気を纏っている。この人が支部長か。
勧められるままに黒いソファに座る。どこのソファもフカフカだなチクショウ。
「まあ、楽にしてくれ。いきなりですまないが、建国申請の件だ。もちろん通る。戸籍人数、必要戦力、政府資産。十分だ。東北の、小さいが確実な力を持つ国、アーザレイルとの関わりを持っていることも大きい」
「! ありがとうございます!」
「面白いね。君、まだ高校生だろう? いや、もう学校の概念は無いけどね? だとしても、考えて動いたならばすごいことだ。それに……」
そこで支部長はチラッと澪を見て言葉を続けた。
「“進化の大天才”真白澪。世界中の研究室がこぞって欲しがる、正真正銘の天才がいるんだ。それはこれほど発展するよね」
「ん……ありがとうございます」
「さて、長くなってしまった。僕はいつもここにいる。いつでも来るといい。僕は君の助けになるだろう」
「はい。ありがとうございます。これからも、よろしくお願いいたします」
「失礼します」
パタン……
……。
「よっしゃぁー!」「やったぁー!」
ついに国として認められた! いやった!
これで! 他国からの侵攻に怯える必要はなくなった!
ようやくいろんな仕事に追われることは無くなったー! いえあ!
さ、永遠桜に寄って帰るか!
……あの澪さん。しれっと手を繋ぐの止めてもらえません? 心の臓器が止まりそうなんだけど。
永遠桜、三連撃制限解除。結構重要単語になります。




