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第8話 懐かしの味

「どーしたの~レインー? 黙り込んじゃってさー」


 王都アリアデュランの大広場に設置された『精霊王』の像の上。そこに妖精カレアが寝そべっている。石像に覆いかぶさるその姿は、まるでヘンテコな帽子のようである。

 

「ねえーってばー」


 彼女の眼下には相方であるレインの姿があった。魔法使いの冒険者として普段は身軽で動きやすい服装を心掛けている彼女だが、今日は手持ちの中でもできるだけ小奇麗な身なりを心掛けた。

 英雄たちの石像が設置された広場は待ち合わせ場所としても人気のある場所だった。見晴らしがよく、何より『精霊王』『大召喚士』『勇者』という石像の目印が三か所に分散されているからだ。

 そんな1体の石像の近くで、待ち人の到着に焦がれる少女がいれば、いやでも人目に付く。それがレインのような美少女であれば尚更だ。

 時折、通行人の男が軟派を試みようと近づくこともあったのだが、その度にカレアが羽音を鳴らしながら威嚇し、「悪い虫はあたしだけで十分よ!」という気概に満ちた牽制を行っていたので、寄り付くことはなかった。


「……グレイって何者なの」


 相方の苦労を余所に、レインはここ最近の疑問を吐露するように呟いた。


「またそれー? 昨日も一昨日の夜も話したじゃ~ん。結論なんて出ないよー」

「だって、よりにもよってあの『氷の仮面』よ? まさか『紅騎士』の召喚士に会うことになるなんて夢にも思わなかったわ」

「えー? なにぃ? もしかして緊張してる~?」

「……少し、ね」

「もー大丈夫だよ~。宮廷魔法使と言っても元を辿れば1人の召喚士。二つ名なんて飾りで、本当は「精霊好き好き! アイ・ラブ・ユー!」みたいな熱い女の子だよ、きっと」


 レインが意外とミーハーだったと勘違い(・・・)したのか、カレアが揶揄うようにケラケラと笑っている。だが、実際は宮廷魔法使に会えることに緊張しているわけではない。


「……」


 相方が寝転がっている人型精霊の像を見上げながら、誤解を解こうかとレインが迷っていると――


『待たせたな』


 ようやく、待ち人が姿を現した。

 恋人の待ち合わせの如く、颯爽と登場したその男はやはり仮面とフードを被り、全身黒尽くめの不審者のような出で立ちだった。

 レインたちはこれから第三騎士団の隊長である宮廷魔法使セルティア・アンヴリューと面会することになっている。だからレインは彼女なりに身なりを整えて外出したわけなのだが、相棒であるグレイは神経が図太いのか麻痺してしまったのかいつもと同じ格好である。例え城に出向くことになろうと気を遣うつもりはさらさらないらしい。


「……遅かったのね。昨日の賊たちの査定ってそんなに時間がかかるものだったの?」


 グレイの衣装に対するツッコミを飲み込んだレインは、別の疑問を投げることにした。

 宮廷魔法使(アリージェ)とグレイに一網打尽にされた賊たち。彼らは昨日の時点で冒険者ギルドに引き渡された。

 盗賊や山賊を捕縛もしくは討伐し、証拠を提示することができれば報酬を手にすることができる。しかし、レインたちが相手をした賊は数が多く、懸賞金が掛かっていない者のいたため報酬は翌日に持ち越されることになった。

 2人が別行動をとり、グレイが朝一でギルドに足を運んでいたのはそのためだ。


『報酬自体はすぐに受け取ることができたんだが……野暮用があってな』


 そう言ってグレイは片手に抱えた紙袋を開き、がさごそと指先をさまよわせ、そこから包み紙に挟まれたパンを1つ取り出した。


『俺が作った朝食を食べずに来ただろ? その代役を務めるパニーノだ』


 肉や野菜などの具材がたっぷりと挟まれた細長のパンを手渡され、レインは目を丸くする。


「わざわざ買ってきたの?」

『腹が減っては軍はできぬ。……ま、留守番を頼んだティーユは今頃食べ過ぎているかもしれないがな』

「美味しそ~! レインー! 早くあたしにも分けてよ~!」

『あぁ待て、カレア。その必要はない。妖精(カレア)用も特別にお願いして作ってもらった』 


 さらに紙袋から取り出されたのは丁度手の平にぽつんとおさまる超ミニサイズパニーノだった。人間にとっては一口サイズの可愛らしい見た目のパンだ。


「わーい! ありがとう、グレイ!」


 文字通り飛びつくカレア。妖精サイズと言っても抱きかかえるほどの大きさだが、見た目に反して大食なカレアにはあまり関係がない。食べたものがどこに消えるのかはレインも知らない妖精の神秘だ。


「随分と面倒な注文を聞いてくれるお店なのね」

『昔から贔屓(ひいき)にしてる肉屋でな。一口サイズに切り込みを入れてくれ、とお願いをしたら訳を聞かれたんだ』

「――え、それで正直に喋ったの?」

『妖精に与える、と答えたら「相変わらずわけのわからねえ、あんちゃんだな」と呆れられた』


 それはそうだろうとレインは頷く。

 妖精が街の中にいること自体おかしいのだ。店主の反応も納得がいく。

 そして顔馴染みの相手にすら“わけがわからない男”と判断されている――と知れたのはレインにとって収穫だった。自分だけが悩んでいるわけではないのだと安心できたからだ。


「今度紹介してよ」

『……今の話に紹介してほしい要素があったか?』

「話は通じそうだし、気前もよさそう」

『まぁ、確かにカレアの分はサービスでタダにしてもらったが……とりあえず、冷める前に食べるか』


 会話が中断されてしまったため、レインは仕方なく頷き、手渡されていたパニーノを前に小さな口を開き――


「はむ」


 齧り付いた。

 スライスされた肉と肉汁が口いっぱいに広がり、シャキシャキの野菜が味付けをマイルドにする。噛みごたえのあるパンを噛み続けると甘味が感じられ、酸味のあるソースとの相性は抜群だ。癖も強くなく朝の軽食としてはもってこいの一品である。グレイが目を掛ける理由もわかる。


「――」


 だが、なぜかレインの手は止まってしまった。

 不審に思ったグレイが気遣うように彼女を顔を覗く。


『どうした? 口に合わなかったか?』

「……違うわ」

『お腹が痛く――』

「子ども扱いしないで……はぁ」


 レインは心配性なグレイにため息を吐いた。

 それは“呆れ”ではなく“諦め”の感情が動いた結果だ。いたずらに不安を抱かせるのも忍びなく、たまには正直に話してしまおうと思い切る。


「……パニーノ(これ)ってさ、普段は串付き肉を売ってる出店で買ったもの?」

『よくわかったな。行ったことがあるのか?』

「昔、姉と2人で買い食いをしたことを思い出したの、ただそれだけよ。――あの時と、味付けが全く変わってないわ」

『姉がいたのか』

「……」


 家族の話題が出てくるとは思わなかったグレイが確かめるように問うが、答えは返ってこなかった。その代わり、


「今日は彼女――紅騎士にも会えるのかな」


 まるで二の句のように人型精霊の名を口にする。それはどこか期待と不安が入り混じったような口調だ。

 召喚士セルティア・アンヴリューの召喚獣――精霊『紅騎士』。

 セルティアと顔を合わせるのであれば必然的に彼女の召喚獣である『紅騎士』を間近で見ることもできるだろう。


『……どうだろうな』


 これ以上、家族の話はしたくないのだと判断したグレイはその話題に乗っかる。


『国家騎士として国の象徴を務める彼女は多忙だ。残念だが今日は会えないかもな』

「そっか……」

『……』


 何故か微妙な空気になってしまい、戸惑うグレイ。

 打開策はないかと思考し、しばしの葛藤を経た後、彼は『そうだ!』とまるで妙案を今思い付いたと言わんばかりに声をあげる。


『人型精霊ならもう1柱いるじゃないか、『灰騎士(・・・)』ならうまくすれば会えるかもしれないぞ』


 人型精霊『灰騎士』。

 世界で二番目の人型精霊と謳われているセルティア・アンヴリューの第一精霊であり、第二精霊である『紅騎士』の先輩だ。

 もし、レインが人型精霊を見たかったのであれば、もう片方の『灰騎士』を探してみるのもいいぞ、とグレイは提案したつもりだったのだが、


そっちは(・・・・)興味ないわ」


 と一蹴されてしまった。

 しかも、本当に心底どうでもいいのか、話は終わりとばかりに食事を再開してしまう。

 これにはグレイも『あ、そうですか……』と黙りこくるしかない。


(……なんで落ち込んでるの?)


 レインが隣を盗み見ると、そこには肩落としたグレイの姿があり、心なしか灰色の仮面も悲しげに見え――


「ぁ――」


 レインは気付く。

 また、だ。またグレイの仮面の謎を解き明かせなかった。

 彼は朝食を済ませてきたのか自分の分を買ってきてはいない。これではどうやって口に物を運ぶのかわからない。


(焦らされると余計気になるわ……)


 別にグレイは焦らしているわけではないのだが、レインはそんなことを思いながら最後のパンの欠片を口に入れた。

 『灰騎士』のことはどうでいいと断言する少女でも、隣人の謎に対しては多少の関心があるようだ。


『興味ない、か……』


 それが本人(グレイ)に伝わるのは、もう少し後のことだ。

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