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第5話 脳筋兄妹

 “精霊”とは人類にとって良き隣人である。

 魔法使いによって精霊界から呼び出された彼らは“召喚獣”とも呼ばれ、それを使役する魔法使いを人は召喚士と改めた。

 

「グレンラタン……いくよ」


 ティーユが杖とランプが一体となった武器に話しかける。

 すると、ランプの中で煌めいていた“炎”が呼応するように激しさを増し、ティーユの身体に飛び移った(・・・・・)

 その“炎”の塊こそ、ティーユの召喚獣“グレンラタン”の本体だ。

 精霊の姿は千差万別であり、精霊グレンラタンはエレメント系と呼称される火の召喚獣である。


「これ、大丈夫なの? 火傷とか……」


 グレンラタンに包まれたティーユを見上げ、レインは不安気に彼女の兄である仮面男に問う。


『問題ない。ティーユの足元をよく見てみるといい。炎に踏まれているのに草木に火が燃え移る気配がないだろ? あれはグレンラタンという召喚獣が熱を操る精霊だからできる芸当なんだ』


 だから、中身(ティーユ)も無事だ。

 そう言ってグレイは解説を締めくくった。

 

「ち・な・み・に、あたしたちに見えているあの炎は本物の炎ではなくてただの錯覚。精霊が見せている幻に過ぎないんだよ! 「僕は火の精霊なんだー!」って周知してもらうために精霊(グレンラタン)が自己主張しているだけなの!」

「……相変わらず精霊に詳しいのね、カレア」


 空中で踏ん反り返り「へへ~ん!」と得意げな妖精。

 レインの相方の妖精は精霊マニアだった。旅先で召喚獣を見かけるたびに、その精霊のうんちくや豆知識を得意気に披露する困り者(・・・)だ。

 

「え……グレンラタンの炎って本物じゃなかったの?」


 “炎”に包まれたティーユがショックを受けたように振り返り、器用にも炎でできた顔をしょぼんとさせている。彼女の姿は炎でできた兎そのものだ。青い炎が体毛のように揺らめき、目元の部分だけが赤く燃えている。まるでティーユの紅玉の瞳をリスペクトしたような造形。

 

「なんで召喚士の方は知らないのよ……」


 レインは嘆息し、前衛を務めている召喚士(ティーユ)を見つめ返す。

 ティーユの右手の甲に精霊との契約の紋様が描かれていたことは知っていた。だが、精霊があまり好きではない(・・・・・・・・・)レインはその紋様を極力、視界には収めようとしなかったため気づかないふりをしていた。だからティーユの召喚獣について昨日まで話題を振らなかった。


「ほら、よそ見しないで。魔物が来るわ」


 だが、パーティーとなった今、戦力を把握するためにもティーユたちのことをレインは知らなければならない。

 

「まったく、なんでこんなことに……」


 王都アリアデュランの郊外近くにある森林地帯。そこに農作物を荒らすブーデントと呼ばれる猪系魔物が住み着き困っている――という討伐依頼が冒険者ギルドに舞い込み、それを目にしていたレインがクエストを受注したのが昨日の出来事。

 その時はレインとカレアの2人で駆除をする予定だったのだが、契約を結んだ後のグレイに『それまでどこに住むつもりだ? 飯は? 金は?』と心配されたレインが「これから仕事」と正直に答えたのが運の尽きだった。

 レインたちのクエストに何故かグレイとティーユも同行することになったのだ。

 すでに彼女たちの前方には体長3メートルを優に超える巨大なブーデントが威嚇するように唸っている。巨大な牙と角を携えて突進されては、例え重厚な鎧を纏った騎士でさえ一溜まりもないだろう。ましてやレインたちは全員が軽装。受け止めることは許されない。


(しかも、グレイに至っては手ぶら(・・・)


 レインはもう1人の仲間を盗み見る。

 黒い外装で全身を覆い隠し、灰色の仮面で顔すらも隠す男。

 ある意味、重装備だ。

 しかし、鎧などの防具は一切装備していない。それどころか武器すらもなかった。 


(……にも関わらず、自分は前衛を務めるとか言い出すし……)


 レインと同じ魔法使いならば機動力の観点から軽装である言い訳も立っただろう。だが、グレイは騎士のような近距離での戦闘を望んだのだ。ほぼ無防備といえるその姿で。

 レインには到底理解できず、臨時リーダーとして許容することもできなかった。


『ティーユ。俺がサポートをするから思いっきり蹴飛ばして来い』

「うん、頑張る……」


 勝手に話が進んでいる。

 あくまでも駆除の依頼を受けたのはレインだ。任せっきりでは面目を保つことはできないし、なによりばつが悪い。それに、


「待って、グレイ。サポートする――なんて簡単に言うけど、あなた魔法は使えるの?」

『……魔法は使えないな』

「何をするつもりだったのよ……」


 事前にグレイの戦法を聞いておけばよかったとレインは後悔した。

 ずっと他の冒険者とは群れず、カレアとの二人三脚で冒険をしてきたレイン。他者に合わせて戦う経験など数えるほどに過ぎない。その経験不足が明るみとなった。

 魔物の登場も早かったため戦術について話し合う時間がなかったのも要因の一つである。


「――いいわ。私が魔法で足止めする。その間にティーユは魔物を……できれば気絶させて」

「気絶……?」

「肉や皮は後で納品するつもりなの。だからあまり傷はつけないで欲しい」

「おーなるほど……わかった、努力する」


 ティーユがブーデントと対峙する。

 その距離は約20メートル。

 最初に動き出したのは魔物の方だった。

 膠着(こうちゃく)状態のまま逃走の機会を窺っていた魔物だったが、ティーユが敵意を見せたことでもう逃げられないと悟ったのだろう。猛烈な速度で突進を仕掛けてきた。

 しかし、次の瞬間には泥濘(ぬかるみ)に足を取られ、勢いを殺せず派手に転倒していた。


「……よし」


 レインによる魔法だ。

 水魔法で地面をどろどろにして即興の罠を作りだしたのだ。

 そして――


「晩・ご飯……!」


 勝負は一瞬。

 まるで技名のような叫びと共に、追い打ちをかけるようなティーユの蹴り技が炸裂する。


「ギィエッ!?」


 バニー獣人の脚力を活かした後ろ蹴り。

 鼻を中心に顔面で受け止めたブーデントは頭と首から痛々しい音を鳴らしながら倒れ込んだ。骨が折れたのだろう。気絶というよりは虫の息に達する力技だ。

 並みの一般人では太刀打ちできない魔物が相手であろうと、召喚士であるティーユにとっては赤子の手を捻るようなもの。召喚士の名は伊達ではない。


『また技の切れが増したんじゃないか?』


 炎の衣(グレンラタン)を脱ぎ駆け寄ってきたティーユをグレイが労う。


「惚れ直した……?」

『はは、かっこよかったぞ。さすが俺の妹だ』

「むふー……」


 ドヤ顔である。

 頭を撫でられてご満悦なティーユを横目に、


(……仲がよろしいこと)


 ブーデントにナイフを突き刺し、血抜きを済ませるレイン。

 その顔はどこか寂し気で、仲の良い兄妹(・・)の姿を直視できるような状態ではなかった。


『レインもお疲れさま』

「……えぇ」

『驚いたぞ。無詠唱で魔法が使えるんだな』

「少し、得意なだけよ」


 魔法は詠唱を行うことで発動できる神秘の力。

 無詠唱とはその名の通り呪文を唱えずに発動する技であり、魔法使いとして優秀な人間にしかできない芸当だ。魔法学を学んでいる学園生ならいざ知らず、一介の若輩冒険者が簡単にできるようなものでは無い。


『それでもその若さで扱えるのは誇っていいことだぞ。まるで――『加護持ち(・・・・)』のクララ姫と同じ才能があるんじゃないか』

「……」

『……』


 レインが静かにグレイを見上げ、仮面男もそれに応じる。

 数秒、あるいは一瞬の間に過ぎなかったが、


「なにそれ、(おだ)てすぎ」


 と、レインが照れたように苦笑したことで何事もなかったかのように会話は継続された。


「褒めても何も出ないわよ?」

「そーよ! 褒めるならあたしを褒めなさいよ!」


 妖精がレインとグレイの間に入り込む。


「カレアはなにもしてないじゃない」

「このあたしが大人しくしてたことに感謝しなさい!」

「無茶苦茶ね、相変わらず……」

「それに! グレイだってなにもしてないよ!」

『ふむ、確かに』


 矛先を向けられ、グレイは納得するように頷く。


「真に受けなくていいわ。私が「待機して」ってお願いしたんだから」

『そういうわけにもいかないだろう。とりあえず、そうだな……それは俺が運ぶことにしよう』


 グレイはそう言って絶命したブーデントを指差した。


「運ぶ……って、これを? どうやって?」


 魔法も使えない。道具も何も持ってきていないのにどうするつもりなのか。

 レインの疑問に答えるように、グレイは腕を捲るような仕草を見せ、


『持ち上げて運ぶだけだ』

「……は? 無理に決まってるじゃない。いったい何百キロあると思って――」

「おにいちゃん、もういっとー……」


 間延びしたティーユの声に、レインの言葉は遮られた。しかも意味がわからない。


(もういっとー? ……もういっとう――もう一頭!?)


 あまりに緊張感のない態度だったため、レインは気付くのに遅れた。

 

(つが)いがいたの!?」


 ティーユの視線を追った先に、先程よりも大きいブーデントがすでに突進を始めていた。

 

「だめ、間に合わな――」


 突発的、尚且つあまりに距離が近すぎたため対応が遅れる。

 しかし、そんなレインを護るように立ち塞がる影があった。


『……』


 グレイだ。

 彼はゆったりとした動作で拳を構えると、魔物と衝突する寸前に目にも止まらぬ速さで魔物の顎を下から突き上げるようにして打ち抜いた。

 それは、何の変哲もないただのアッパーだった。


「――なに、それ……」


 しかし、グレイの攻撃をもろに受けたブーデントは牙がはじけ飛び、口からは血を噴き出しながらひっくり返っている。彼はパンチ1つでブーデントの巨体を吹き飛ばしたのだ。

 怪力どころの話ではない。

 

『今夜は牡丹鍋にでもしてみるか』

「なべー……」

「わーい! お鍋好きー!」


 仮面男は何事もなかったかのように手を払い、ティーユたちと晩飯の相談をしている。その隣にはピクピクと身体を痙攣(けいれん)させ、動かなくなったブーデントが横たわっている。

 レインは人間離れしたグレイの身体能力に驚きつつも、冒険者としての癖が染みついているのか血抜きをしようと殴り殺されたブーデントに近づいた。

 そして――さらなる驚愕を得る。

 

「血抜きが終わってる……?」


 ブーデントの首元から血が滝のように流れ出ている。

 まるで長い得物に心臓を一突きにされたような裂傷痕。

 グレイは血抜きをする素振りを見せてはいない。それどころか武器さえも持っていないはずだ。なのになぜ、目の前の魔物は深手を負っているのか。


(もしかして手刀? でも、ありえないわ……そんな動き、彼はしてなかったもの)


 考えてもレインにはわからなかった。

 

『これでクエスト完了だな』

「……! あ、うん、終わりなんだけど……」

『じゃあ街に帰るか』

 

 グレイはそう言ってレインの目の前にある肉の塊(ブーデント)を持ち上げ肩に担ぎ、もう一方の肉へと向かう。


「何者なのよ……あなた……」


 二頭のブーデント――もはや大人が数人で引きずる次元の重量を軽々と担いでいるグレイに、レインは呆れたようにその後ろ姿を見守ることしかできない。


「……脳筋」


 考えることをやめたレインはとりあえず自分を納得させるために、グレイのことをそう呼称するのだった。



明日の12:00からさらに続きを投稿。

そして10話は初出の最新話になります。

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