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第4話 契約成立

『苦手な食べ物とかアレルギーはあるか?』


 台所に立ったグレイが声を張り上げる。

 店舗兼住宅となっている万屋シラクラのリビングでは、レインとカレアが客人として招かれていた。


「……とくにないわ」

「生のお魚がむりー」

『りょーかい』


 どこか落ち着きのない様子のレインとは裏腹に、カレアはティーユの兎耳を抱き枕にしてくつろいでいる。

 仮面の男(グレイ)が既婚者であると打ち明けられた衝撃とその場の勢いで、あれよあれよという間にレインたちは万屋に一泊することが確定した。無論、相手が既婚者だからといって警戒が全て解けたわけではないが、グレイの厚意を無下にはできずレインとしても背に腹は代えられない金銭事情があったからだ。


『好きな食べ物や食べたい料理は?』

「……ない、です」


 思わずレインは言葉に詰まる。お世話になっておきながら好きな食べ物など図々しくて答えられるわけがない。だが、彼女の相方は違った。


「あたしは美味しければなんでもいいよ~。あと、うちの子はこう見えてお肉が好き~」

「カレア!? 余計なこと言わなくていいの!」

『わかった。レインは肉食系女子ってことだな』

「肉食系女子!? 意味がわからないわ……」


 謎のカテゴライズを受け、困惑するレイン。普段なら軽く聞き流すところだが、慣れない状況に動揺しているのか反応が素直になってしまう。


『とりあえず夕飯ができるまで適当にくつろいでいてくれ』


 そんな彼女を余所に台所では調理が始まったのか、まな板を包丁でたたく音や鍋に火をかける音が響き始めた。


(手慣れてる……。意外――なんて思ったら失礼……よ、ね?)


 何か手伝った方がいいのだろうか、とレインが挙動不審に首を左右に振ると、


「ごはんーごはんーおにいちゃんのごはんー」

「……」

「ごは……」


 陽気な歌を眠そうな顔で歌うバニー獣人と目が合った。


「私は食べる専門……」

「まだ何も聞いてないです」


 確かに「この自称妹は手伝わないのか」という目で見つめてしまったが、口には出していない。しかし、悟られてしまったため、レインは思わず丁寧な口調で返答してしまう。


「おにいちゃんの料理は特殊。ここでしか食べられない味」

「はぁ……」

「レシピもないからお手伝いは不要……」

「なるほど」


 言い訳のようにも聞こえたが納得することにした。


「あたしも食べるの専門~おそろいだね!」

「いえーい……」


 カレアとティーユがハイタッチを交している。

 熟練の冒険者ですら震え上がらせる妖精という存在に、まったく物怖じしないバニー少女は肝が据わっているのか鈍感なのか。


(兄もアレだけど、この妹も大概よね……)


 

 ±



『お待ちどおさま』


 テーブルの中央に置かれた大皿。

 その上には茶色いゴツゴツとした何かが山盛りに積み上げられていた。


「……なにこれ」

「すごーい! お肉の山だー!」

「え、肉なの、これ」


 カレアが目を輝かせる横で、レインが訝しむように驚く。


『唐揚げだ。味付けはしてあるからタレは好みでつけてくれ』


 レインの目の前に小皿が置かれた。そこにはタルタルソースに香辛料と思わしき粒、柑橘類の果物が盛られていた。


『ティーユ、豚汁をよそっておいてくれ』

「はーい……」

「トン……汁?」

『味噌汁に豚系の魔物の肉を入れた料理のことだ』


 レインにとっては聞いたことのない名前ばかりだった。だからといって調理法が特別というわけではない。似た料理なら旅の途中で食べたこともある。彼女からしてみればグレイの料理は呼び方が特殊なのだ。


「グレイって出身はどこなの?」

『……唐突だな』

「あまり見たことがない料理だったから、つい」

『そうか? 近場だと魔導都市の方でも同じ料理を出す店があるぞ。珍しいものではない』

「へ~……」


 料理に関心がない自分がただ世間知らずなだけなのだろうか。レインはそう納得しかけ、微妙に話がはぐらかされていることに気付き、深く追求することはやめておいた。

 冒険者として生活をしていると色々な立場の人間と出会う。詮索はご法度であり、レインもその1人だ。


『準備ができたようだな。さぁ食べようか』


 そうこうしているうちにテーブルには人数分の食事が並べられ、豪華――とまでは言えないが華やかな食卓が整いつつあった。


(……おいしそう)


 野宿か宿の二択で、食事のほとんどを外食で済ませているレインにとって家庭料理というのは久々だった。彼女の目の前には米、豚汁、漬物、サラダ、唐揚げと並べられ、取り皿が二枚とタレ用の小皿が備えられていた。取り皿も一枚多いのは妖精(カレア)用という意味なのだろう。心なしかご飯の量も多い。


「――あ、ごめんなさい。手伝いもせずに……」


 ふと、自分が何もしていなかったことに気付き、立ち上がろうとしたレインだったが、


『気にすることはない。客人は座っていろ』


 とグレイに促されてしまったため大人しく座っている事しかできなかった。


「おにいちゃん、これで最後……」

『ありがとう』


 白米が盛られた茶碗を受け取るグレイとその横に座るティーユ。


『では、いただきます』

「いただきます……」


 手を合わせ挨拶をする2人を眺め、レインは「精霊式の挨拶をするんだ……」と心の中で驚く。

 そして郷に入っては郷に従えの如く、真似をするように自分も手を合わせた。


「いただきま――」

「いただきまーす! ねぇレイン~早く取り分けて~」


 妖精に髪を引っ張られ、レインの顔が傾く。食事の挨拶も中途半端になってしまった。


「あなたねぇ……もう少し礼儀ってものを覚えなさいよ」

「えぇ~!? レインがそれを言うのぉ~? だったら手袋を外すところから始めた方がいいよ!」

「うっ」


 レインの両手には革製の手袋がはめられたままだった。食事の際に脱がないというのは、いささかマナー違反ではある。しかし、


(人前で脱げないんだから仕方ないじゃない! カレアも知ってるでしょ!?)


 彼女にも色々と事情がある。

 それに、冒険者としての生活を送るようになった彼女にとっては今更な話だ。取捨選択により不必要なマナーや教養などはとうの昔に捨てている。取り戻す意味もない。

 ちなみに指摘したカレア自身もレインと同じように手袋をしているのだが、妖精の服とは彼女たちの身体の一部のようなものなのでお互いさまとは言えない。


『気にすることはない』

「……!」


 固まってしまったレインを見兼ねたのか、グレイが立ち上がり、2人に両の手のひらを開いて見せた。


『俺も手袋は外せない』


 グレイの両手は黒手袋に覆われており肌が露出していない。

 よくよく思い出してみると、食事中どころか料理の際も脱いだ形跡はなかった。


『理由は多々あるが、一番は腕輪を汚したくないという本音がある。大切な物だから、大事にしたい』


 くぐもり声のグレイはそう言いながらレインたちの取り皿に唐揚げを分けていく。


「え~惚気~?」


 カレアが茶化すようにグレイの周りを飛び回ると、彼は『くく、そんなところだ』と恥じらいもせずに言い切った。

 レインとしては聞いているこっちの方が照れてしまう、そうなやり取りだ。


『ほら、これはカレアの分』

「わーい!」

『レインの分はこっちだ。遠慮せず食べてくれ』

「……ありがとう」


 懐柔された妖精を横目にグレイから唐揚げとサラダが盛りつけられた皿を受け取る。


「ところで肝心のエルフの奥さんはどこにいるの?」

『ん? あぁ、彼女たちは忙しい身でな。常に職場で寝泊まりをしているからここには来ない』

「そうなの? ……あれ?」


 レインは今、何とも言えない違和感に遭遇した気がしたが、『ここも本宅というわけじゃないんだがな』と話が流れてしまったので確認する暇はなかった。


「ふーん……ぁ、おいしい……」

『口に合って何よりだ』


 その後、レインたちは「これ美味しー! 絞るー!」『やめろ、戦争になる』と全ての唐揚げに柑橘果汁をかけようとした妖精を止めたり、『デザートがない』「……カレア!」「ふぁふひじゃないほ」と食後のデザートを持ち逃げしようとした妖精を折檻したりと、久しぶりに賑やかな食事を楽しみ舌鼓を打ったのだった。



 ±



「……あの仮面、どうなってるの?」

「なにがー?」


 脱衣所で服を脱ぎ始めたレインが思い出したかのように疑問を口にする。その横ではお尻を抑えながら飛んでいたカレアが小首を傾げている。


「あのグレイって男、食事中も仮面を着けたままだったわ。どうやって食べてるの、あれ」


 仮面を着けている理由をレインは問いただすつもりはない。そんな権限がないことも弁えている。だが、口元を隠したまま食事ができる絡繰りについては興味を抑えられなかった。

 これはただの好奇心だ。

 仮面の存在を当たり前のように受け入れていたが、改めて考えるまでもなく変である。

 食事中に何が起こったのか観察していればよかったとレインは後悔した。

 

「さあ? 仮面の口が開くようになってんじゃない? こう、がばーって」

「なにその無駄な高機能」

「それより、どうしてくれるのさ! レイン! あたしのぷりぷりプリティーなお尻をこ~んなに腫れるまで叩いてくれちゃって! 妖精らしく悪戯しただけなのに!」


 小振りなお尻を振り振り見せつけながら、ぷりぷりと怒って見せるカレア。

 

「おおげさ。ただのデコピン十連打じゃない。デザートを盗もうとしたカレアが悪い。それにあなたのお尻は元から妖精の中では比較的大きいだけでしょ?」

「違いますーあたしのお尻は大きくないですー」

「はいはい、そうですねー。じゃあ、なに? 摩ってあげればいいの?」

「エッチ!」

「なんなのよ……――」


 気難しい妖精に辟易し始めたレインだったが、キィーというドアの軋む音に我に返り、胸元で両手を抱くように隠す。


(……うそ、覗き?)


 グレイのような男は冗談でも不埒な真似をするような悪漢ではない、とレインは考えていた。

 それは信頼というよりは勘に近い。

 だからゆっくりとドアが開こうとしてもどこか懐疑的で、建て付けが悪いだけなのかと別方面に疑ってしまう。


「……兎耳?」


 答えはそのどちらでもなかった。

 否、ある意味では覗きなのかもしれない。


「タオル、持ってきた……」


 レインの視線の先にはバニー少女ティーユがいた。

 ドアの隙間からひょっこりと顔と兎耳を覗かせ、両手には大量のバスタオルを抱えている。行動が制限された状況ではノックをすることもできなかったのだろう。


「……カレア、手伝いなさい。私はほら手が塞がっているから」

「はーい」


 同性なら気にしなくてもいいじゃん! といつもの妖精なら言いそうなところだが、この場では素直にレインの指示に従っていた。

 バスタオルを上から摘み上げ、ティーユに指定された棚に積んでいく。その間も、レインは上半身裸のまま微動だにしなかった。


「……?」


 さすがのティーユも不審に思ったのかレインの様子に首を傾げる。そして、


「綺麗な肌……」


 レインの胸元の近くを眺めながら、呑気にそんなことを(のたま)った。


「……あまり、見ないでください」


 頬を赤くし、ティーユの視線から逃れるように後ろを向くレイン。


「同性でも?」


 ティーユとしては当然の疑問を口にした。自分であれば、見られるだけなら同性でも恥ずかしくないからだ。

 答えたのは相方の妖精だった。


「うちの子は恥ずかしがり屋さんなの! 多感なお年頃ってやつよ、たぶん!」


 まるでフォローするような立ち回り。

 小さな身体を広げ、レインを後ろ手に隠すような飛び方までしている。


「そっか……」


 そこまでされてはティーユも引き下がるしかない。

 デリカシーに欠けていたと非を認め、「ごめんなさい……」と素直に謝罪する。


「ごゆっくり……」

「え、ええ……ありがとう」


 とぼとぼと落ち込んだ様子で脱衣所から出ていくティーユ。

 哀愁のある後ろ姿と萎れた兎耳を見てしまい、レインたちには罪悪感が押し寄せる。


「悪いことをしたわね……」


 固く閉じられたドアを眺めながら、レインは人知れず呟く。


「しょうがないよー。だって――それ(・・)、見られたらマズイもん」


 そう口にするカレアの瞳には、レインの胸――ではなく、手袋を脱いでいたレインの左手(・・)が映っていた。



 ±



『浮かない顔だな。何かあったのか?』

「……」


 リビングでお茶を嗜んでいたグレイは相も変わらず仮面を着けたままだった。

 そんな彼の前にバスタオルを客人に運び終えたティーユが現れたわけだが、どこか様子がおかしい。

 おかしい、といってもそれは彼女の兄を自称するグレイだからこそ分かる機微の差であり、他人が見ればいつもと同じ眠そうな顔と大差はなかった。


「おにいちゃんの任務、延びるかも……」

『任務? 護衛の?』

「ん……」


 万屋シラクラとして数日後、グレイはある人物を護衛しなければならない。

 だがそれが、何の脈略があって延びることになるのか。グレイにはまったく見当もつかなかった。


「綺麗な肌だった……」

『?』


 謎が増す。

 一見、他者が聞けば整合性のない会話でしかない。だが、


手袋の下も(・・・・・)綺麗な肌だった……」

『レインのことか。傷を隠しているとか、そういうわけじゃなかったんだな。……となると、あれか。所謂、潔癖しょ――』

「少しだけ見えたの……真っ黒な(あざ)みたいなのが、左手に」

『……』


 ティーユに言葉を遮られ、聞かされた内容にグレイは思わず押し黙る。

 そして彼女は目の前の兄を心配するように、躊躇いながらも抱いた懸念を口にする。


「あのレインって女の子……『加護持ち』かもしれない」



 ±



「それで、宿代のことなんだけど……」


 翌日の朝。

 レインは宿泊費に関する交渉を行おうとしていた。

 温かな夕食に風呂、柔らかいベッドとそこらへんの下手や宿よりもよっぽどまともな待遇を受けた。そして一宿一飯の恩(正確にはつい先程も朝食を頂いたので一宿二飯の恩)に報いるには当然、金が要る。

 しかし、冒険者レインは万年金欠の貧乏魔法使い。

 恩義を感じてはいても手ごろな値段で手を打ってほしい、というのが正直な願いだった。


(せめて王都の一般的な宿と同じぐらいの相場にしてもらおう。うん)


 心の中で決意する。

 本当は相場の高い王都の宿を基本になどしたくないのだが、万屋改め宿屋シラクラの居心地は存外に悪くなかったためこれ以上甘えることなどできなかった。

 だが、レインの思惑は意外な形で裏切られる。


『気にするな』

「……え?」


 気にするな、というのはどういう意味なのだろうか。レインは目を丸くし、首を傾げ、


「どういう意味?」


 思ったことを一文字も違わず口にする。


『そのままの意味だ。金を払う必要はない』


 仮面の男(グレイ)は表情の見えない顔をレインに向け、淡々と語る。


『もともと君たちのことは俺が好きで泊めただけだ。金をとることは考えてなかった』

「でも、ここまで世話になって、ただなんて――」

『ああ、だから1つ条件がある』

「条件?」

「ああああ! やっぱりレインの身体がめ――」


 レインが妖精を叩き落とし、流れるような所作でその手を返してグレイに続きを促す。

 普通であれば「大丈夫?」「ほっといていいの?」と妖精を心配してもおかしくない状況なのだが、グレイはどこか慣れた様子で一瞥するだけだった。彼にもカレアのような変な友人がいるのかもしれない。


『条件は俺を正式に雇うこと。それが今回の宿代の代わりだ』


 ちなみにお代はこんな感じだ、とグレイから見積書を渡される。

 内容を要約すると、宮廷魔法使とレインの仲立ちを引き受けることが列記されていた。しかも格安である。


「これって……昨日の依頼を受けるってこと? どういう風の吹き回し?」

『なに、美味そうにご飯を食べるレインを見ていたら、「信頼できない」なんて疑うのも馬鹿馬鹿しくしなっただけだ』

「……!? は? なにそれ、意味がわからないわ」


 実際、レインは意味に気付いてはいないが、グレイとしては得体の知れない男が作った料理を疑いもせずに平らげた少女を皮肉っている。薬でも盛られていたらどうするつもりだったんだ、と。


「嘘くさい」

『はは、たしかにな』

「認めないでよ……って、なに?」


 差し出されたグレイの左手をレインは見つめる。

 そこに手袋はなく、彼の素肌を着飾る婚姻の腕輪と薬指に光る幾何(いくばく)の指輪が顔を覗かせていた。


『契約成立の握手だ』

「握手……」


 正直、握らない手はない。

 値段は良心的でありながらリターンは大きい。拒否する理由など何処にもない。だが、素直に握り返すことはできない。なぜなら、このまま(・・・・)握り返してしまえば、レインは非常識な人間になってしまうからだ。


「グレイ。私はその……左手に怪我をしているの。だから右手(こっち)で握手してもいいかしら?」

『……そうだったのか。すまない、配慮が足りなかったようだ』

「いいの、気にしないで」


 まるであらかじめ用意していた定型文で会話を行う2人。レインはそのまま右手の手袋を脱ぎ、グレイもそれに(なら)うように手袋を掻き消した。


(……え? 今、手袋が消えたように見えたけど……手品?)


 そんなよくわからない疑問を抱きながらレインは今度こそ差し出されたグレイの手を握り返す。そして、


 どこか芝居染みた2人の握手(契約)が交わされる。

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