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第2話 万屋兄妹

 関わらない方がいい。

 漠然とした予感に操られるかのように、レインがその場を離れようとした瞬間、


「あう……」

「きゃっ――」


 小柄な女性とぶつかってしまった。


「ご、ごめんなさい。前を見てなかったわ」

「んー、もーまんたい」


 レインの視界に最初に映ったのは兎耳だった。

 獣人。

 それは獣的特徴が存在する人種の総称であり、その中でも彼女はバニー系獣人と呼ばれている種族の女性だった。特に人族であるレインとの決定的な違いは耳と尻尾である。

 バニー系獣人は大型で縦長の耳介(じかい)が特徴的で、音や風のする方角に耳の正面が向くように耳介を動かすことができ、周囲の動きに敏感だ。

 俊敏な種族でもあり、本来であればレインとぶつかることもなく避けることは容易であるのだが、「ほー……」と眠そうな顔でレインを見つめている彼女はその例に漏れているのか、ゆったりとした空気感を漂わせていた。


「……お客さん?」

「え?」


 思いがけない言葉にレインは驚き、改めて獣人の彼女を見る。

 紅玉の瞳がどこか期待するようにレインを見上げ、まん丸とした尻尾はピコピコと動き、どことなく嬉しそうだ。可愛らしい少女だが、獣人は見た目では年齢が計れない。年上という可能性もあった。

 だが、レインは相手が年上であろうとなかろうと、一貫して“不遜な態度をとる”ことを信条としていた。冒険者としての心構えとも言い換えることができる。

 幼い頃から冒険者として生活をしていたレインは、周囲に見縊られることが多かった。その原因は単純に成人にも満たない年齢に問題があったのだが、彼女は自分の言葉遣いが元凶だと考えた。


「違うわ。私はただ通りかかっただけよ」


 (へりくだ)ることをやめ、“小生意気”な一面を見せると他の冒険者は驚くほど簡単にその挑発に乗ってきた。そしてレインは彼らを圧倒するほどの力――魔法使いとしての素質と技量で返り討ちにすることができた。

 今では妖精の相方がいて、二つ名が知れ渡るほど冒険者界隈では有名人である。

 世界(アリアストラ)において強さというものは最もシンプルな指標だ。自らの強さを示すことができたレインにとって、謙遜しないことは冒険者としてやっていくための処世術であり、最適な手段である。


「……お客さん。捕まえた」

「……」


 余計なことには首を突っ込まず、振りかかる火の粉は払う。

 不遜な態度が信条の冒険者。

 だが、それはあくまでも理想に過ぎない。

 

「あの、ちょっと……放して」

「……やだ」

「えぇ……?」


 最初から好意的な相手にはまったく意味のない話だ。

 ひしっ、と抱き着くバニー少女。振り払うことはできるが、気が引ける。横を飛んでいた妖精は「ずるーい、私もー!」と髪に引っ付いてきて何の役にも立たない。

 百戦錬磨の冒険者も無邪気で強引な客引きには手も足も出なかった。

 そして――


『何をしている』


 万屋の扉が開くと、あの不審人物がぬらりと顔を出した。

 “顔を出した”といっても相変わらずフードと仮面を被っているためまったく素顔がわからない。季節感のない黒ずくめの衣は肌の一切を隠しているため人種なのかすら怪しい。


「……おにいちゃん、お客さん」

「お兄ちゃん!?」


 バニー少女が発した言葉に驚き、レインが素っ頓狂な声を上げる。

 まじまじと件の男を見上げる。


(え? じゃあなに? このフードの下には彼女と同じ兎耳が隠れているの?)


 想像ができなかった。

 そもそも耳が隠れているような質感が頭頂部に見られない。兎耳が隠れているならふっくらとしていてもいいはずだ。

 どうなっているのだこの不審者の身体は……と、頭を悩ますレイン。それと同時に万屋は兄妹が経営しているという話を思い出し、この2人がルードのおっさんが言っていた兄妹なのだと確信する。

 得体の知れない男とは聞いていたが、見た目通りの意味だとは思いもしなかった。 


『断っておくが俺たちは本当の兄妹じゃない。だから頭を見つめられても期待には応えられない』


 訝しむ視線に気づいたのか、仮面の男は自分が獣人でないことを説明する。だがそれは別の懸念を生む結果となった。


「え、じゃあ……」


 それでは兄妹でもないのにこんな幼気(いたいけ)な少女に「お兄ちゃん」と呼ばせていることになる。それはつまり――


「変態なのね!?」

「ちょっ」


 虫のようにしがみついていたカレアが閃いたとばかりに指をさす。

 直球は失礼だと思いつつレインも同じことを考えていたので人のことは言えなかった。しかし、2人の関係が孤児という可能性も考えれば、血は繋がっていないという説明も納得できる。変態と決めつけるには時期尚早だ。

 しかし、仮面の男はカレアの悪口を受けても、別段と気にした様子もなく聞き流し、


『変態か……久しく聞いてなかったな』


 と、何故か感慨深そうに頷いた。

 どことなく嬉しそうにも見える。

 罵倒されて喜ぶなんていよいよもって変質者のそれだ。


(というか、こんな怪しげな格好をしてるのに聞いてないとか嘘よ! 周りが言えなかっただけなんじゃない……?)


 やっぱり来るべきではなかった。

 後悔の波が押し寄せてくるが、バニー少女の拘束は解けないし、仮面の男も『とりあえず中に入るか?』と勧めてくる。強硬突破をすることは簡単だ。逃げられないわけではない。だが、悪意のない人間というものはレインにとってもっとも苦手な相手だった。

 なにより危険に敏感な妖精であるカレアがまったく警戒していないし、逆に妖精を連れているレインを恐れない相手というのも貴重な存在だ。

 そう考えると、何でも屋の彼らに依頼するのは悪くないことのように思えた。


『どうする?』


 仮面の男の問いにレインは諦めたようにため息を吐き、「……そうさせてもらうわ」と肩を落とすのだった。



 ±



 万屋の店内に案内されたレインは、物珍しそうに周囲を見渡す。

 最初に抱いた感想と同様、店内は小奇麗な雑感店といった感じだ。


「ここは本を取り扱っているの?」


 おそらく世界各国から集めたであろう魔法に関する書物。魔導具や禁呪、背表紙に何も記されていない怪しい本などジャンルは多岐にわたり、小説や歴史書等も置かれていた。


『これは、まぁ……俺の趣味だ。収集していたら置く場所が無くなった。だから店の中にも置いている』


 仮面の男は定位置の椅子のところまで戻ると、先程まで読んでいた本を静かに棚に戻した。おそらく仮面の男専用の本棚だ。店内の本棚とは隔離された場所に設置されており、カウンター越しに設置されている。

 そして、何気なく彼の行動を視線で追っていたレインは、その本の大きさと色から題名を言い当てる。


「もしかして、絵本も好きなの? それって『精霊王の冒険』よね?」


 ピクリ、と仮面の男が動かなくなり、感心したように振り返る。


『……よくわかったな。背表紙も擦れてタイトルも消えてしまったのに』

「ま、有名作だし?」


 絵本『精霊王の冒険』とは大召喚士ノイシスと精霊王の幻魔討伐の旅を描いた冒険譚である。それと同時に最初で最後の“人型精霊”と謳われた精霊王と人間の少女ノイシスの恋物語とも知られていた。

 現在は紅騎士の登場により最後の人型精霊という栄誉は彼女に譲れら、『精霊王の冒険』のような恋を紅騎士に迫る男が後を絶たない……という噂もある。

 最古の絵本とも名高く、再版も幾度となく繰り返された名作。


『……変か?』

「え?」

『俺が絵本を読むのは』

「――っ!」


 レインは仮面の男の反応に目を丸くする。

 彼の表情はわからないが、何となくその態度は『バレてしまって気恥ずかしい』といった居心地の悪さを感じたからだ。

 本音を言えば意外だった。だが人の趣味など人それぞれだ。絵本を大人が読んではいけないという決まりはないし、大人になったときに読むからこそわかることもある。

 だから、


「別にいいんじゃない? 私は変だとは思わないわ。これでも良識は狭くないつもりよ」

『……そうか』

「そうよ」


 言葉数は少ないが、どこか弾んだような声に聞こえた気がした。


『これは、大切な人から貰った物なんだ。俺の宝物だ』


 聞いてもいないのに語り始めた。

 レインは興味なさげに「ふーん」と鼻を鳴らし、返答に窮することしかできない。しかし、ただの変人かと思っていた相手が、随分と人間味のある人物であることは理解できたので、最初に感じていた戸惑いなどは綺麗さっぱり消えてしまった。


(私、ちょっと試されたのかな?)


 偏見的な言動をしたら彼の客になれなかったかもしれないな、と邪推する。


「ねえ! ねえ!? それ読んでいい? これからお仕事の話をするんでしょ? 暇だから読ませて!」

「ちょっとカレア……!」


 さすがのレインも焦った。

 宝物だと聞いたばかりなのに、それを「暇つぶしに貸してくれ」はないだろうと。

 しかし、仮面の男は妖精の無邪気な態度に特に気にした様子もなく頷き、「読んでやってくれ」とバニー少女に絵本を渡した。

 

「らじゃー」


 絵本を受け取ったバニー少女は近くにあった店内のソファーに座るとカレアに手招きをする。


「ごめんなさい、うちの妖精が……」


 「わーい!」と両手を挙げて飛んでいく相方を尻目に、レインは素直に謝罪の言葉を口にした。不遜な態度をとることが信条ではあるものの、礼儀を忘れたわけではない。


『気にするな。本は読まれるためにあるものだ』


 絵本組から離れた位置にあったテーブル。

 仮面の男は一脚の椅子を引き、レインに座るように促した。

 店の中にまでお邪魔してしまった以上、引き返す理由も無くなったレインは素直にそのエスコートに従う。


「そういえば、妖精を見ても驚かないのね」


 対面の椅子に腰を掛けた仮面の男にふとした疑問を投げかける。

 普通の人間ならば妖精が目の前に現れれば腰を抜かすものだ。だが、この男と少女がそのような素振りを見せることは一切ない。


『妖精を見たのは初めてではないからな』

「へ~……」


 先程の興味なさげな返答とは違い、今回は感心したように声を上げた。

 強い人間を探しているレインにとって妖精を相手に気後れするような人材はお呼びでない。そう考えると万屋シラクラはレインの御眼鏡に適う場所ではあった。


『ティーユの場合は、いつも眠そうな顔をしているが肝は据わっている』

「ティーユ……?」

『――と、そうか。自己紹介がまだだったな』


 首を傾げたレインに対し、仮面の男は絵本組の方に手を向けた。


『あそこで絵本を読んでいるのが、俺の妹兼助手のティーユ・カグラ。見てのとおりバニー系の獣人だ』

「……どーもー」


 男の言葉に反応したティーユが顔を上げ、レインに手を振っている。

 反応をしないのも悪いのでレインも手を振り返すと、満足したように頷き読書を再開した。


『そして俺が“人探しから幻魔の討伐までなんでもござれ”が宣伝文句の万屋シラクラの店主。グレイだ』

「……」


 仮面の男の名を聞いて、レインは少し面倒な顔をした。

 しかし、黙っているわけにもいかず、ゆっくりと口を開く。


「……私はレイン。一応、冒険者ギルドに所属しているわ。そしてあそこで飛んでいる妖精が――」

「カレアよ! 妖精のカレア。今は森を離れてレインの用心棒をやってあげてるプリティーフェアリー! 盗賊でも魔物でも幻魔でも! あたしのレインを傷つけるなら、ぼっこぼっこの返り討ちにしてやるんだから……!」

『頼もしい味方だな』

「なんか懐かれちゃったのよ。それより――」

「それよりも! あんた!」


 グレイの言葉に疲れたように嘆息するレイン。彼女を遮るようにカレアが彼の周囲を飛び回る。


「グレイって名前なの? うちのレインと似たような名前なのね!」

「はぁ……」


 レインは「やっぱり反応した」と案の定面倒な展開になったことに頭を抱える。

 グレイとレイン。

 確かに文字が被り、似ていなくもない。

 だがそんなことでまた話が逸れ、進まなくなるのは勘弁願いたい事態だった。


「カレア、いい加減にして。仕事の話があるの。あなたは絵本を読んでもらって大人しくしてて。それに私の名前は――」


 と、言いかけて慌てて飲み込み、「――知ってるでしょう?」とカレアに問うような形に修正された。

 そこには“意図を()め”という意思がありありと見えており、事情を知らないグレイは素知らぬ顔を突き通した。無論、仮面で顔は隠れているためあまり意味はない。

 

「ちぇーせっかくグレイとレインでグレインコンビ結成ねーって仲を取り持ってあげようと思ったのにー」

「カ・レ・ア?」

「はいは~い。わかりましたよ~大人しくしてまーす」


 カレアはふて腐れるように蛇行しながら飛び、「かもーん……」と手招きしていたティーユの頭に着地する。兎耳を抱き寄せぷんすかと小言で文句を言っているが、どうせ演技だということは長年の付き合いであるレインにはわかっていた。


『はは、楽しそうだな』

「どこが――って、あなたに当たっても仕方ないわね。遠回りをしたけど、依頼について話してもいい?」


 グレイは無言で続きを促すように手を差し出した。

 いつの間にか依頼をする前提で話が進んでいる。先程まで帰ろうとしていたのに不思議ものだとレインは心の中で自分に呆れる。


(たぶん、これから言う依頼内容があまりに馬鹿馬鹿しいことだから……普通のギルドでは絶対に相手にしてくれない突飛な用件。でも、もしかしたら……)


 世間から逸脱した風貌の何でも屋。

 そのミステリアスな雰囲気に呑まれてしまったのかもしれない。


「……人探しを手伝ってほしいの」

『人? 誰を探せばいい?』


 相槌を打つようなその質問にレインは面を上げ、いつになく真剣な眼差しで仮面の男を見詰め、答えた。


「黒騎士」

『……』


 驚いたのか、グレイの身体が小さく揺れ、


「王都を騒がせた『幻魔王』黒騎士に会いたい」


 困ったようにゆっくりと息を吐き出し続けるのだった。

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