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第1話 相棒

「お姫様を差し出せば見返りとして幻魔を駆逐してくれて、逆に差し出さなかったら国を滅ぼす。……なにこれ? どんだけお姫様が好きなのよ」


 セミロングの毛先を弄びながら、少女は大広場に設置された(ふみ)に目を通していた。

 2週間前、王都アリアデュランを襲った幻魔王『黒騎士』。彼が王家に送ったとされる書状は数日後に一般公開された。模造品ではなく本物を掲示している所為なのか、書状が張り付けられた木製の札の周りには囲いが敷かれ、警備兵が2人常駐しているなど、なかなかに厳重だ。

 

「仮面舞踏会当日に迎えに来る、ねぇ……幻魔の王様はダンスがお好き、と」


 はん、と鼻で笑う少女を兵士の1人がじろりと睨む。

 書状が張り出されてから10日近い時間が経過している。興味のある王都の住人はとっくに目を通しており、今頃になって見物している者は大抵が旅人――つまりは部外者である。

 物見遊山なら即刻立ち去れという圧を感じながら、少女は愛想笑いを返して立ち去る。


(兵士さんはピリピリしてるなー。ま、さすがに自国の姫が奪われようとしてるんだから無理もないか)


 目的は果たしていた。

 幻魔王の動向が気になっていた少女にとって、手紙の内容が確認できれば用はない。大体は想像通りの内容だったが、見返りが存在していたことは意外だった。しかも、幻魔の王であるにもかかわらず、他の幻魔を倒してくれるという謎の内容だ。


(たぶん、人間社会とは王様の意味合いが違うってこと。幻魔の中で一番強い、頂点だからこそ『黒騎士』は“王”と名乗っている。他の幻魔に対し仲間意識なんてないんだ)


 世間を騒がせている幻魔だが、幻魔が蔓延っていた災厄の時代には共食いも確認されていた。幻魔にとっては全てが敵であることを考えれば存外、不思議ではなくなる。


「やっと見つけた手掛かり……絶対に私は諦めない。カレアもちゃんと手伝ってよね――って、あれ? カレア? どこ?」


 コートの内側やショートパンツのポケットを探るが、見当たらない。

 革製の手袋をはめたその指で襟を引っ張り、胸元を覗く。少女の相方は大の悪戯好きで、知らないうちに谷間に隠れていることもしばしば。

 今回も勝手に人の胸をベッド代わりにしているのかと邪推したのだが、どうやら見当違いだったようだ。挟まれて呆けているアホ面はそこにはなかった。


(街中で見つかったら下手したら大騒ぎになっちゃうのに……! いったいどこにいったの……って――)


 少女が焦ったように周囲を見渡すと、石像の近くを飛び回る虫のようなものを発見した。

 石像とは伝説の英雄たちを模した彫像である。その虫は勇者アルスを一瞥したと思ったら、今度は精霊王と向かい合うように飛んだ。そして最後には大召喚士ノイシス像の頭に着地する。


「……なにしてるの、カレア」


 少女は駆け寄り、その虫――小さな相方に話しかける。


「ん~別に~なんでもな~い。暇だから遊んでただけ~。ほら、物真似~」

「あなたねぇ……」


 石像と同じポーズをとる相方に少女は思わずため息を吐く。

 この相方は自分がどういう存在か自覚が足りないのでは無いだろうか、と。


「街では勝手に飛び回らないでって言ってるでしょう? ほら、さっさと隠れて」

「は~い」

「……胸じゃなくて、ポケットにして」

「へ~い」


 鱗粉のような光の粉を散らしながら、相方はポケットではなく少女のフードにすぽっと潜り込んだ。「まったく」と少女は先が思いやられながら頭を抱える。

 相方の正体がバレて騒ぎにならないといいな……そんなことを思いながら、とりあえずは旅の路銀を稼ぐため、冒険者ギルドへと足を向けるのだった。 



 ±



「な、な、な!? なんでこんなところに妖精(・・)がいるんだよおおお!?」


 速攻でバレた。

 酒場兼クエストカウンターとなっていた冒険者ギルドの1階。適当な仕事でも探そうかというときに、酔っぱらいのおっさんに「お嬢ちゃ~ん、ここはお子様が来るところじゃないんでちゅよ~」と絡まれたのが切っ掛けだった。妖精の相方(カレア)はそれが気に食わなかったのか、おっさん冒険者の鼻先を「酒臭い!」と蹴り飛ばし、その小さな――人間の手の平サイズの体で踏ん反り返っていた。


「妖精だって? 嘘だろ? あの凶悪な森の守り人がなんだって人里に……」

「俺ぁ、初めて見たわ……あんなちっこいんだな」

「気を付けろ。可愛らしい見た目をしてるが森を荒らすやつに対しては残虐だ。普通の人間じゃまず勝てねー」

「終わったな、ルードのおっさん。お節介好きも酒が入ると駄目だな」


 周囲の冒険者がつまみを口にしながら傍観している。

 触らぬ神に祟りなしとばかりに、仲裁に入るつもりもないようだ。


(あーあーやっぱり騒ぎになった……警備とか呼ばれないといいなぁ……)


 カレアの小さな背中を眺めながら少女は慣れたように肩を落とす。

 妖精とは他の冒険者が噂していた通り残虐で凶悪な森の守護者だ。自分たちの縄張りである森の植物たちを傷つける者がいれば、即座に上級魔法を放つほど好戦的。

 普通は森で一生を過ごすのだが、なぜかカレアは少女に懐き、旅の供をしている。妖精ならではの強さに助けられたこともあるが、接触すると大抵はルードのように恐れられてしまうのが玉に瑕だ。


「おい、おっちゃん! うちの子を舐めないでよね!? この子は若干14歳という若さでありながら独学で上級魔法を――それも無詠唱で発動できるほどの天才魔法使いレインちゃん、その人なんだからね!!」

「ちょっと、恥ずかしいからやめて」


 得意気に自慢を始める相方。

 ただでさえ年端もいかぬ少女が冒険者を――しかもパーティーも組まずに1人と1羽で続けているのだ。目立ちたくなくても人目を引いてしまうのは避けられない。現に、ルードと呼ばれたおっさんには目を付けられてしまったし、


「……レイン? もしかしてあのレインか?」

「あぁーなるほど。あれが『妖精使いのレイン』。若えなぁおい」


 冒険者界隈では有名人だ。

 ただ少し、噂には尾ひれが付くのは世の理であり、


「へ~。もっとボンキュッボンのねーちゃんかと思ったが……」

「俺は妖艶な魔女だって聞いてたなぁ」


 不躾な視線が上下に動く。

 ショートパンツからすらりと伸びた素足と小ぶりなお尻。キュッと引き締まった腰のくびれ。そして慎ましい――年齢にしてはそこそこの双丘の膨らみを眺めた。残念ながら男が両手で描いた曲線美には程遠い。


「どうやらただの噂だったようだ、はっはっは。今後に期待ということで」

「おいやめろやめろガキ相手に、めっちゃこっちを睨んでるぞ。しかも涙目だ。俺は子どもの相手が苦手なんだ」


(別に泣いてないし、まだまだ成長するし……!)


 少女――改め、レインはコートで身体を隠すように身を翻し、


「わきゃ!?」


 妖精カレアと依頼書の張り紙を鷲掴みにすると、足早に受付へと歩を進めた。

 わざわざ突っかかるのは経験則から愚策だと理解している。しつこくない相手なら無視したほうが賢明だ。冒険者専用の身分証を提示し、クエストを受注する。

 受付のお姉さんからは「大丈夫ですか? みなさんお酒が入ってるから開放的で……」とフォローされたがどうでもいい。決して「真昼間から飲んでんじゃないわよ!」という正論は吐かない。

 それが上手く生き抜くための処世術だ。


「問題ありません。……それより、この辺で人探しを手伝ってくれるような人っていますか?」

「人探し……ですか?」

「ええ、できればあの人……『紅騎士』と同じぐらい強い人だと――」


 と、レインが口にしたところで受付嬢は困った表情になった。


「さすがに国家騎士様と同等の強さというのは……」

「そう、ですよね。変なことを聞きました。失礼します」


 なにを口走っているのだろうと恥ずかしくなった。

 焦っているとはいえ世界最強と言われている精霊と同じ強さを持った人間がいるわけがない。王都という都会に来て少し舞い上がってしまった。そういうことにしておこう。


「レイン~、いいの? もっと情報収集したほうがいいんじゃない?」


 ギルドを出ると肩に乗ってきたカレアが耳打ちするように話しかけてきた。

 旅の仲間であるこの妖精はレインが14歳という若さで冒険者をしている理由を知っている。お姉さん妖精としては幼い人間の少女のことが心配なのだ。


「まだ、時間はあるから後回しにしましょう。それより日銭を稼がないとちょっと不安なの。ここは王都なだけあって物価も高いしね。カレアも手伝ってよ?」

「んーそれは構わないけど……って、なんか後ろ。追いかけてきてない?」

「……え?」


 振り返るとおっさんルードが一目散に走ってきていた。

 酒が入っているためまったく速くはないが、どう見てもレインのことを見つめている。

 今までもしつこい男はいたため見慣れた光景ではあるが、どこか様子がおかしい。


「どうする? 吹っ飛ばしちゃう?」


 物騒な提案をする妖精を「相手は賊じゃないし、今は様子を見ましょう」と(たしな)めるレイン。その間にもルードはレインの隣へとたどり着いた。


「まだ何か御用ですか?」


 ぜえぜえと息切れしているルードを見下ろしながらレインは極めて冷静に対応した。心の端では「冒険者がこの程度で息を切らして大丈夫なのかしら?」と呆れているが、もちろん口には出さない。


「へえ……へえ……嬢ちゃんに、ちょっと、用事があったんだ……」

「なに!? まさかやる気!? 私たち最強コンビを相手にしようなんて良い度胸じゃない!」

「ち、ちげーよ! 聞いてくれ!」


 酔いの冷めた顔に赤い鼻。

 しゅっ、しゅっ、と前方にパンチを繰り出すカレアを前に、ルードは彼女に蹴られた鼻を抑え、否定する。


「……カレア、話が進まないからやめなさい」

「えー」


 カレアは頬を膨らましながらもレインの肩に腰を掛けると大人しくなった。なんだかんだ言いながらも聞きわけのいい相方だった。


「あーなんだ、とりあえずさっきは悪かったな。嬢ちゃんがまさか『妖精使いのレイン』だなんて思わなかったんだ。実在するとも思ってなかったしなぁ」

「……ま、妖精なんて連れてる奇特な人間なんて普通いないから、仕方ないわ」

「ちょっと! それどういう意味!?」


 耳たぶがブルブル揺れている。

 カレアが連続パンチの的にしているようだ。

 面倒な妖精である。


「で? 謝罪は素直に受け取っておくけど、そんなことのために呼び止めたの?」

「いや、そうじゃねえ。それだけじゃねえ。――これを受け取ってくれ」


 ルードが取り出したのは折り目の付いた紙だった。

 

「なに? 恋文? 黒騎士といいおっさんといい、手紙を渡すのが王都で流行ってるの!?」

「あんな寡黙な初心野郎と一緒にしないでくれ妖精の嬢ちゃん。これはあれだ、さっき人探しがどうのこうのって受付のねーちゃんに聞いてただろ? 俺ぁ、ちょっと心当たりがあってよ、そこを訪ねてみるといいと思ってな、お詫びの印ってやつだ」

「……」


 紙を開くと、確かにそこには地図が書き殴られており、目的地までの経路が記されていた。

 店の名は、


「『万屋(よろずや)シラクラ』? 胡散臭いわね……」


 人気のないところへ誘導して、仕返しをするつもりじゃないのか。

 そんな懸念がレインの頭をよぎるが、ルードに渡された地図は特に治安の悪いような場所を示してはいない。


「疑うのも無理はねえ。実際、そこの店主は一目でわかるほど変わりもんだ。だが、どういうわけか城の関係者にも顔が利く不思議な兄妹だ」

「……ふーん」

「なによりも店主である兄貴の方は得体が知れねえ。俺ぁあいつに一回だけ助けられたことがあるんだが、滅茶苦茶つえぇ。嬢ちゃんが言ってた条件に合致するんじゃねえか?」


 レインが口にした条件は『紅騎士』と同等の強さを持った者。

 そんな人間いるわけがないと高を括っている彼女にとって、ルードの言葉は戯言に過ぎない。

 だが、万屋ということは情報を扱っている可能性もある。どちらにしろ今は手詰まりの状態で路銀を稼ぐことしかできない。

 駄目で元々、騙されたと思って訪ねてみるのも悪くないと感じた。何よりも“城に顔が利く”というワードが魅力的であった。


「ありがと、試しに行ってみるわ。お節介なルードさん」


 おっさんは照れくさそうに笑い、ギルドへと戻っていった。

 レインとカレアはそんな後姿を見送った後、地図を頼りに歩を進めるのだった。



 ±



「んで、ここがシラクラね。……なんかボロっちいわね。やっぱり騙されたんじゃない!?」


 カレアが悪態をつきながら万屋の建物を見上げる。

 お世辞にも立派とは言い難い、ボロ屋がそこにはあった。


「ここで間違いない……ようね」


 地図と看板を見比べながら本物かどうかを確かめる。


「とりあえず、入ってみましょう」


 意を決して引き戸になっていた店の玄関を開ける。

 室内は外観と比べるとまともだった。掃除が行き届いているのか埃っぽくはない。内装は家具が敷き詰められており、特に本棚が店内を占領している。よくわからない魔導具類と魔法書が綺麗に並び、いかにも雑貨店といった雰囲気を(かも)している。

 誰もいないのだろうか?

 そんな疑問を胸に、レインが口を開こうとした瞬間――


 ――ぺりっ


 という、紙が擦れるような静かな音が店内に響いた。

 音がなった方に視線を向けると、そこには全身黒ずくめのフードで顔を隠した男が椅子に座り本を読んでいた。


『……?』


 そして、玄関先で立ち尽くしていたレインと視線が合う。

 ――否、視線が合ったような気がした。

 フードの隙間から見えた男の顔は、さらに灰色の仮面によって隠されていたのだ。視線がどこを向いているのかすらわからない。


「……」

『……』


 たぶん見つめ合っている2人。

 先に声を発したのは男の方だった。


『いらっしゃ――』


 しかし、それは最後まで聞き届けられることはなかった。

 レインがぴしゃり、と扉を閉じてしまったからだ。


「……なるほど、ね」


 納得したように頷き、レインは隣で飛んでいる相方を見つめる。


「確かにあれは変人だわ」

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