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第14話 月と泥棒、そして始まり

 仮面舞踏会当日。

 毎年、城塞都市アリアデュランでは国を挙げての祭りが開かれ、仮装をした住民たちが街を練り歩き軽快な音楽と共に踊りに興じる。

 夕暮れ時、煌びやかな街灯が道を照らし、住民はもちろん旅の演奏家や吟遊詩人に観光客、酒場の看板娘や警備兵でさえも仮面を着けて祭りの一部となる。

 ――そのはずだった。

 

 街は薄暗かった。

 出店もなく、祭囃子も聞こえない。

 街を行き交う人々は仮面を着けることなく、王都の中央の大広場、その先にそびえ立つ城を見上げていた。

 城は最上部だけが強く光り輝き、まるで灯台の役割を果たしているような錯覚さえ覚える。


 光源の正体は王家主催の仮面舞踏会の会場だ。

 バルコニーまで解放された広間には王国貴族や他国の代表が例年通り出席していた。仮面舞踏会というだけあって出席者は華やかな格好で着飾っているが肝心の仮面を被っておらず、その表情は一様に重い。


「まったくとんだ貧乏くじだ。アリアデュラン王国に出現した幻魔の王、その存在が本物かどうか調べて来いなど死にに行けと言っているようなものではないか」

「宰相どの、お言葉が過ぎますぞ」

「ふん、お主も同じ口であろう騎士団長。ワシは今すぐにでもここから逃げ出したいぞ」


 恰幅のいい初老の男が静かに悪態をつき、その隣では鎧を着込んだ壮年の男がやれやれと肩をすくめていた。自国の王の勅命により『幻魔王』の存在を直接調査しに来た国の重鎮だ。


「マクゼクト王は気でも触れたのか。舞踏会を中止せずに見せ物にするとは」

「大召喚士ノイシスを生んだ国が今や幻魔の言いなりとは嘆かわしい」

「最強だと豪語していた精霊はどうした? ここで使わないでどうするのだ」


 別の場所でも同じような立場の人間が散見され、談笑という和やかな空気とは程遠い雰囲気を醸している。

 彼らもまた、ある意味生贄のようなものだ。

 幻魔の王を名乗る化け物がアリアデュラン王国の王女を攫いに降臨する。幻魔とは災厄の象徴であり、居合わせれば命の保証はない。それは王女はもちろん賓客であっても変わることはない。

 そんな死地とも呼べる場所に好き好んで足を運ぶ物好きは彼らの中にはいない。彼らは皆、国の命令で動いているだけであり、心に余裕がない。

 だからこそ語気を荒げているのだ。その恐怖心を隠すために。


「好き放題言ってそうね、あいつら」


 どこにでも例外というものは存在する。

 物好きな少女――レインが他国の賓客たちを眺めながら呟いた。

 彼女はこの死地へと自ら足を運んだ数少ない人間の一人であり、その声は落ち着いたものだった。それどころかどこか呆れた声色さえ混じっていた。


『やつらはアリアデュラン王国が幻魔王の要求を呑むのか注目している。言いなりになるのかそれとも反抗するのか……大方、生贄にされた王女の話を自国に持ち帰り侵攻の言い訳にでもするつもりなのだろう。幻魔に(くみ)した王国に裁きを、なんて謳いながらな』


 レインに話しかけられたと解釈したのだろう。彼女の隣にいた黒ずくめの男がアリアデュラン王国の情勢を簡潔に解説する。


「人間同士で争っている場合じゃないでしょうに……で? どうしてあなたはここにいるのよ、グレイ」


 レインが隣を見上げると、灰色の仮面を被った男――グレイと目があった。彼は相変わらずフードで頭も隠しているので不審者そのものであり、服装もドレスコードを無視した黒い長めのコートで全体を覆っている。

 あまりにも舞踏会に相応しくない出立ちだ。

 それにもかかわらず仮面を被っているせいか、この場で唯一仮面舞踏会に相応しい格好とも言えた。


『君をここに連れて来たのは俺だからな。無茶しないか様子を見に来た』

「保護者面しないでくれる? あと、あなたのせいで周りの視線が痛い」


 あべこべな存在感のせいかグレイは目立っていた。チラチラとした視線を周囲から浴びせられ、その隣にいるレインにも必然的に注目が集まる。あの怪しい男は誰だ、隣にいる令嬢はどこの貴族だ、と様々な疑問と憶測が飛び交う。

 なんとも居心地の悪さを感じてしまう状況だが、当の本人は呑気に首を傾げている。


『レインが綺麗だからじゃないか? 冒険者をしている時の軽装も様になってたが、君はドレス姿もよく似合っている。なんというか据わりがいい』

「はいはい、お世辞でもありがと」


 グレイの言葉通りレインはドレスで着飾っていた。

 肩と背中を大胆に露出した藍色のドレス。それは舞踏会に来ていく服がないというレインのために、クララの計らいによって仕立てられた特注品の正装だ。短期間で作成されたとは思えないほどの出来だ。


『本心なんだけどな』

「しつこい。あなたの奥さんに会ったら口説かれたって告げ口するわよ」

『それは……勘弁してくれ。昨日も誤解を解いたばかりなんだ』


 グレイは口を閉じ、王族がいる広間の一角へと視線を移した。それに続くようにレインも王族たち――クララへと視線を送る。

 ダンスホールより少しだけ高い台の上、全体を見渡せるような位置に王族たちはいた。

 国王であるマクゼクト・クランベル・リ・アリアを中央に、右手側に第一王妃であるプレセヤ・ヴィレッド・クランベル・リ・アリア、左手側に第二王妃であるローゼ・ラスティム・クランベル・リ・アリアが玉座に腰を下ろしている。

 そして第二王妃の隣に座っているのがクララ姫だ。


(舞踏会では適当に服を借りればいいと思ってたけど、出会った記念に――って贈ってくれたのよね。最後まで貴女には助けられてばかり)


 クララは仮面を着けていなかった。

 純白のドレスを身に纏い、その手には白い仮面を握っている。


「!」


 ふと、クララが顔を上げたことでレインと視線が交差した。

 クララはレインに一度だけ微笑むと、また手元の仮面と向き合うために視線を落とした。言葉はすでに必要ない、と物語るように。


「……わかってる。ララの邪魔はしない。私も、自分の目的を果たすだけ」


 ただ、レインたちが望もうが望むまいが二人はもう会話できるような状況ではない。

 約束の時間が迫っているからだ。

 幻魔王に対する守りは鉄壁の陣が敷かれている。

 王族の周囲には宮廷魔法使の各隊の隊長たちが護衛に付き防備を固め、広間全体には王国騎士団の屈強な騎士たちが配置されている。


 当然、クララの隣には彼女の親衛隊長であるセルティアの姿もあった。彼女は普段通りメイド服に身を包み、その腰には納刀されていない空の鞘が二本添えられていた。

 そしてマクゼクト王の背後、その両脇に控えるように最強の人型精霊――紅騎士と灰騎士の二柱が静かに佇んでいる。


(最後まで話せなかった。……でも、もういい。どうせ覚えてないしわからない)


 レインが紅騎士のことをちらりと一瞥し、すぐに覚悟を決めたように向き直る。

 彼女の予想は当たっていた。

 紅騎士――アリアンジュは仮面舞踏会が始まる前に冒険者『妖精使い』のレインを遠目で確認したが、彼女が誰かわからなかった。追っかけの類だろうと結論づけたぐらいだ。

 ただ、


『……』


 窓の外を睨むレインという少女をアリアンジュは再び見つめる。

 アリアンジュから見て、レインのドレス姿は似合っていた。凛とした横顔は貴族の友人たちと重なり気品すら感じる。

 庶民然とした服装より様になっていると言っても過言ではない。

 素顔はこっちなのだと訴えかけるような雰囲気さえあった。


 最初に抱いた第一印象など忘れてしまい、思わず目が釘付けになってしまう。

 もしかして自分は彼女のことを本当は知っているのではないか? そんな疑問とともに言い知れぬ不安が押し寄せ、焦燥感に駆られる。

 それは何故か。

 レインという少女がグレイの隣にいるからだ。選りに選って彼の隣に。


 引き合わせてはいけない二人が並び立っている。

 そんな漠然とした不安が胸を押しつぶし、今すぐ彼らを引き剥がしたいとさえ考えた。

 だが、手遅れだった。これから作戦を実行する、と彼から合図があり、気を引き締め直す。

 大舞台の幕が上がる。

 アリアンジュはただ、背景のように見守ることしかできないのだった。


 ±


『レイン』

「……なに?」

『緊張してるのか』

「……」


 グレイは顔に着けた灰色の仮面を撫でながら隣にいる少女に疑問を投げた。答えは沈黙だったが当たりの強さから彼女に余裕が無くなっているのは察していた。

 レインにとって大事な局面なのだろう。


『だったら一回深呼吸しておくといい』

「……急になに?」

『いいから』


 半眼でグレイを見上げ「わかったわよ」と諦めたようにレインは頷いた。

 深く息を吸い、ゆっくりと息を吐き出す。唇の震えが治まり強ばっていた身体が少しだけ弛緩していくのを実感した。

 グレイの指摘は間違っていなかったということだ。


「で?」


 面白くない、という感情から当たりの強さは残ったままだった。

 だが、グレイはそんなレインの態度を意に介することなく、


『来たぞ』


 と、ゆっくりと手を持ち上げ、空を指差した。

 次の瞬間――


「りゅ、竜が現れました! ファヴニールです!! 『魔煌竜』ファヴニールが降りてきます!!」


 窓際に配属された王国騎士団の騎士の一人が叫び、ダンスホールに緊張が走る。会場にいた来場者たちが一斉に空を見上げると、見晴らしのいいガラス窓の先、薄暗い空を飛翔する影が彼らの目に映った。

 白い鱗に黒い鎧。

 呪いによって操られてしまったと噂される竜型精霊『皇竜』ファフニールの現在の姿。


 幻魔王の下僕となった精霊はクララの生誕祭の時と同じように王城へと降り立った。

 強靭な爪で城の外壁や屋根を無遠慮に突き崩し地響きを鳴らす。金色の瞳は会場にいる人間たちを睥睨し、それだけで絶対的な強者であることを確証させた。

 並大抵の者ではその威圧感だけで身を竦ませてしまうだろう。

 現に戦場というものを経験していない貴族たちはあまりの恐ろしさに悲鳴を上げることさえも忘れてしまっていた。


 竜は告げる。


『刮目せよ! 我が王の真の力を――!』


 ファヴニールの咆哮と共に“薄暗い空”が動きだした。

 そう、空が動いたとしか形容できない現象が始まったのだ。

 陰鬱な空が螺旋を描くように回転する。今まで雲だと勘違いしていたモノがまるで一つの意思を持つ生命体のように収束し、どす黒い球体となった。

 誰もが理解した。あれが幻魔の王の力であり、あの球体そのものが『幻魔王』なのだと。


 暗雲が晴れ、王都に夕日の光が差し込む。

 その時、人々は思い出し、恐怖した。

 今が夕暮れ時であることを。今までの空は幻魔王に支配されていた“まやかしの空”だったのだと。

 変化は止まらなかった。

 王都の空に浮かんだ球体から今度は無数の黒い柱が伸びた。その柱は王都を囲うように外壁へと突き刺さると、一瞬にして城塞都市を牢獄に変えてしまった。

 まるで人々に負の感情を再度植え付け、閉じ込めるように。


 たまたま王都の外にいた旅の商人は後にこう語る。

 あの時の王都はまるで魔王が統べる鳥籠のようだった、と。


『幻魔王の顕現である』


 ファヴニールが竜である巨体と頭をうやうやしく下げると、上空の球体にさらなる変化が訪れた。

 まるで鳥の卵を王都に割り入れるように、球体がひび割れてそこから黒い腕が生えたのだ。

 ただの腕ではない。

 竜であるファヴニールを鷲掴みにできるほどの巨大な腕だ。


 そして腕に続くように頭と上半身が逆さまになって、産み落とされた。

 球体から生まれた幻魔王は大口の化け物だった。折りたたまれた巨大な翼。禍々しい漆黒の巨体は王城に匹敵し、筋骨隆々の両腕とその先に伸びる鋭い爪は一裂きで人間を絶命させるだろう。

 生物のような下半身は無く、割れた球体から胴体が伸びて宙吊りにぶら下がっている。鳥籠の主と呼ぶにはあまりにも歪で不気味な存在だった。


 人々が黒騎士と称した面影などどこにもない。

 そこにいたのは化物の王、災厄の象徴の頂点に座する世界の敵だった。


『――平伏せよ』


 ファヴニールの重い声が響き、幻魔王が翼を広げる。風圧によって王都は揺れ、圧力に耐えられなかった城のガラス窓が音を立てて割れていく。

 近くにいた魔法使や騎士の尽力により破片で怪我をするような者はいなかった。

 だが、衝撃は相殺することはできず、舞踏会の参列者たちは暴風から身を守るようにしゃがみ込んだ。強制的ではあるがファヴニールに従いひれ伏す形となったのだ。


 国は違えど参列者たちは社会的地位の高い権力者ばかりだ。

 普段であればこの忌々しい状況を打破し、「化物風情が!」と罵りながら受けた屈辱を何倍にも返したことだろう。

 しかし、誰もがそれは不可能なのだと理解した。

 目の前で逆さまに鎮座しているそれはただの化物ではなく魔の王であり、自分たちが矮小な生物の一匹に過ぎないのだと、わからされてしまった。

 それほどまでに幻魔王の真の姿はあまりにも圧倒的にデカすぎたのだ。


 日の光が地平線に沈み、光の世界の終わりを告げる。

 幻魔王の巨体――鳥籠の天井が王都に影を落とす。紅霞(こうか)はすでに見えず、月の光さえも遮られる。

 まるでこれから始まる夜会に希望はないのだと証明するかのように、王都の空は真っ黒に染められてしまった。


『怪我はないか、レイン』

「え、あ、え、はい、だいじょうぶ、です」


 グレイに声をかけられたことで覚醒したのか、レインはこくりと首を縦に振った。

 ファヴニールと幻魔王が登場してからずっと惚けていたのだろう。

 慌てて周囲を確認すると自分の目線が低いことがわかった。

 床に膝をついて座り込んでしまっていたからだ。

 グレイのことも身近に感じる。

 それは彼がレインを破片から守るためにコートを翻し、身を挺して庇っていたからだ。


「あの、ありがとう」

『……礼には及ばない。それより見てみろ』


 グレイの指差した先では幻魔王が大口を開けて何かを吐き出しているところだった。

 それは羽の生えた小型生物の大群のように見えた。誰も見たことがない『羽根つき』の幻魔の群れだ。

 その羽根つきたちはダンスホールの床に一直線に急降下すると――そのままベチャベチャと音を立てて床に潰れ落ちていった。


 凄惨とまではいかないがあまり気持ちのいい絵面ではなかったため、その場にいた貴族たちが顔をしかめる。

 奇怪な現象はなおも続き、羽根つきたちが潰れながら積み重なって一つの不格好な円柱を創り出していた。それは最終的に人の背丈と同じぐらいの大きさになった。

 まさか、と会場にいた人々は円柱を見守る。なんとなく予感めいたものを感じたからだ。

 外にいたはずの幻魔王の逆さまの上半身はいつの間にか消え、代わりとでもいうように目の前に円柱が現れた。

 消えた幻魔王はどこに行ったのか?

 そんなこと考えるまでもない。


 ペキッ、ペキキ


 と何かが剥がれるような音だけが会場に響いた。

 そして段々と音が激しくなり、次の瞬間――


「あれが……私の――」


 レインは呟き、見つめ続けた。

 不格好な円柱が割れ、その中から漆黒の『騎士』が顔を出す瞬間を。『騎士』を覆っていた円柱の表面が形を変え、鳥の羽根を何層にも重ねたマントに変化したその時を。そのマントを大仰に纏い、これで準備が整ったと仁王立ちする今の姿を。


「やっと会えたわね、『黒騎士』」

『……』


 震える声でレインは幻魔王の二つ名を口にした。

 セルティア・アンヴリューは言っていた。騎士の姿は当てつけで紅騎士と灰騎士と匹敵する力を誇示するためだと。

 アリージェ・メル・ヴァトーは言っていた。幻魔王は他の幻魔を丸呑みにする、戦ってはいけない化け物だと。

 今ならわかる。

 あれは人類が手を出していい相手ではない。あんな化け物が街で暴れた瞬間、壊滅的な被害が出る。紅騎士と灰騎士が幻魔王を倒したとしても国を――人々を護れなければ意味がないのだ。もはや勝てる勝てないの話ではなくなってしまうのだ。


 おどろおどろしい登場の仕方に誰もが目を奪われた。

 レインも例外ではなく幻魔王の黒い騎士の姿に目を離せずにいた。

 それは彼女のことを隣で静かに見守る男の存在を忘れるぐらいの――興奮だった。


「騎士たちよ! お前たちは何をしているっ! さっさとこの化物を殺せ!!」


 甲高い男の声がダンスホールに響いた。

 声の主を辿ると、広間の隅にいた貴族が幻魔王を指差して喚いている姿があった。


「国の姫君を狙う賊が入り込んだのだぞ!? なぜ動かない! 今動かずしていつその忠誠の剣を振るうというのだ!」


 場の空気もお構いなしに騒ぎ立てる。声は裏返り唾も飛ぶ。

 その貴族の名はブラド・ローゼル・バルド。

 クララ姫の元許嫁だ。


「魔法使たちも何をやっている! お前たちの精霊は幻魔を討つための道具だろう! ここで使わずしていつ使うというのか!!」


 召喚士である宮廷魔法使たちが目を細めた。自分たちの相棒である精霊を道具と呼んだ貴族に不快感を示したからだ。

 だから、という訳ではないが宮廷魔法使たちは誰もバルド卿の言葉に耳を貸さなかった。彼らは王の命に従い行動する。幻魔王には指一本触れるなと事前に厳命されているため、魔法使から仕掛けることはあり得ないことだった。そしてそれは王国騎士団も同じだ。

 よって、これはバルド卿のから騒ぎに過ぎない。


「くっ!? どうして誰も戦おうとしないのだ……私の妻が今にも攫われようとしているのに……!! この腑抜けどもがあああああぁぶへら!?」


 どさくさに紛れて諦めの悪い発言まで飛び出たが、バルド卿の叫び声が最後まで響くことはなかった。

 彼の体が一瞬だけブレ、そのまま真横に吹っ飛んで広間の壁に身体を打ちつけたからだ。

 蹴り飛ばされたのだ。

 黒い影の男――グレイに。


「え、は? ちょ――」


 レインは慌てて隣を見て、彼がいないことに気がつき「何やってんのよ!」と叫ぶつもりだった。

 だが、そんな刹那的猶予は残されていなかった。

 次の瞬間にはバルド卿を蹴り飛ばしたグレイが、その場から弾き飛ばされた。

 

「グレイ!?」


 周囲の貴族たちの悲鳴とレインが彼を呼ぶ声は壁が崩れる音によってかき消された。

 それは幻魔王による襲撃だった。

 幻魔王はグレイの首を掴むとそのまま壁に激突。その勢いのまま壁を破壊し、轟音を響かせながら消えていった。

 一瞬の攻防。

 あまりにも速すぎる展開に誰も反応ができず、記憶を辿りながら今の状況を次第に理解した。


 わかっていることは幻魔王がバルド卿を攻撃したこと。

 それを黒ローブの男が強引に救ったこと。

 そして彼と共に幻魔王が姿を消したこと、その三つだ。

 バルド卿は白目を剥いて気絶しているが、グレイが蹴り飛ばさなければ幻魔王の攻撃を直に受けることになっただろう。


 城の壁を貫通させる単純な暴力。

 人の身で受けてしまえば身体がひしゃげて四肢が千切れ落ち、命が助かることはないだろう。

 崩壊した壁と砂煙により視界が悪くなった大穴。

 あの男(グレイ)はもう死んでいる、と会場にいた招待客の誰もが思った。

 そしてその答え合わせをするかのように煙の奥から人影が一つ、揺らめいた。


『……』


 顔を出したのは黒フードの灰仮面――ではなく、漆黒の兜を被る黒騎士だった。

 彼の右手にはグレイが纏っていたローブが握られており、それが全ての答えを示していた。


「うそ……」


 無造作にローブが捨てられ、音も無く床に落ちた。

 レインにとってグレイは知り合い程度の仲だ。悲しむほどの相手ではない。だが、王宮に雇われここまで来れたのはグレイのおかげであり、残念に思う気持ちはあった。それと同時になんであんな貴族のために身を投げ打ったのかわからず動揺も大きかった。

 何より――


(ララ……)


 彼のことが好きなお姫様はこの事態をどう受け止めているのか。確認することが怖かった。

 自身が生贄になることは覚悟していたはずだ。だが、その直前に最愛の人を亡くしてしまう、そんな悲劇は想定外だったはずだ。彼女の心中は察するに余りある。

 しかし、幻魔王にはクララの事情など関係ない。

 そう体言するように彼は姫の元へと歩き出した。


 幻魔王が歩き出したことでレインの視線は必然的にその目標であるクララへと移った。

 クララの瞳は真っ直ぐと幻魔王を見据えていた。

 曇ることもなく逸らすこともない。

 王国の姫として矜持か、毅然とした態度を崩すことなく幻魔王の到着を待っていた。

 そして――


「……」

『……』


 クララの下へ幻魔王が辿り着く。

 最初に行動を起こしたのは幻魔王だった。


「なっ――!」

「バカな!」

「どういうつもりだ……!?」


 会場の貴族たちが騒がしくなるのも無理はない。

 なぜなら幻魔王はクララ姫に対してダンスを申し込んだのだ。右手をクララに差し出し、左手を体の後ろに回す。そして少しだけ腰を落とす。それは社交界で男性が女性を誘うための礼式の一つだった。

 幻魔王は人間の真似事をして、仮面舞踏会の踊りの相手としてクララを選んだのだ。


「どう、するの……? ララ」


 レイン含め周囲が見守る中、クララは手に持っていた仮面を静かに持ち上げ、まるで感情を隠すように自分の顔へと被せた。仮面は狐の魔物を模した造形をしており、ゆっくりと立ち上がるクララの姿は狐の精霊のように神秘的だった。

 覚悟を決めた、ということなのだろ。

 幻魔王はそんなクララの手を取り、手慣れたようにダンスホールの中央へと彼女をエスコートする。

 事情を知らないものが見れば新たに発見された人型精霊と狐の精霊が人の真似をして舞踏会に参加する。そんな微笑ましい光景に見えたかもしれない。

 実際は幻魔王が生贄を伴って踊りに興じようというのだ。質の悪い悪夢のような現実だった。


「……ぁ」


 クララと幻魔王が手を繋ぎ、慣れたように抱き合いホールドを組む。

 美女と化物。

 相反する立場の両者だが、不思議と様になっていた。身長差など物ともせず、音楽さえあれば違和感すらなくなってしまうほどに、似合っていた。


 しかし、ダンスホールに音楽が流れる気配は一切ない。

 会場にはもちろん楽団が配置されている。例年に続き手配された王都でも随一のオーケストラだ。演奏のタイミングも一任されており、指揮者がタクトを振ればすぐにでも美しい円舞曲が流れるだろう。

 問題はその指揮者の男が困惑したように幻魔王とマクゼクト王を見比べ、この状況に手をこまねいていたことだ。


『……』

「――ひっ」


 幻魔王が無言で指揮者を見つめると、彼は顔を引きつらせ小さな悲鳴を上げた。

 彼を責めることは誰にもできない。

 幻魔王とクララ姫が踊るという状況は予想外の展開だ。彼らはもともと幻魔王が現れなかった時のために用意されたオーケストラであり、幻魔王のために演奏をしてもいいのかわからないのだ。今の状況は楽団としての使命と幻魔王に脅される恐怖の板挟みでしかなかった。

 指揮者自身では判断できない事態。「早く誰か命令してくれ!」と心の中で叫ぶことしかできなかった。


「ふん――」


 そんな指揮者の心境が届いたのか、マクゼクト王が面白くなさそうに鼻を鳴らし、彼に合図を送った。

 さっさと演奏しろ、というお達しだ。


「……っ!」


 待ってましたとばかりに指揮者の男がタクトを持ち上げた。それと同時に楽団員たちが慌てて己の楽器を構える。

 そして、静かな導入から始まるワルツが流れ、幻魔王とクララ姫がゆっくりと動きだした。

 誰も忘れることのできない仮面舞踏会が始まる。

 それは月のように美しい銀月の姫と夜の帳よりも深い騎士の戯れの一曲。

 

(……きれい)


 場違いにも、レインはそんな不謹慎は感想を抱いてしまった。

 だが仕方のないことだった。レインは昨日までずっとクララの踊りの相手をしていたのだ。ちゃんとお姫様が踊れているという安堵。傍から見る銀月の姫の優美な踊り。

 惹かれてしまう心は抑えられない。


 会場にいた者たちにも同じことが言えた。

 まるで白銀の月が夜雲の陰に見え隠れする。そんな夜空を彷彿とさせる姿に目が離せない。

 ただ一人、こみ上げる感情に耐えられなかったのか、ローゼ王妃が手元にあった仮面を被り心を隠した。妖狐という獣人の中でも特異な存在でも母として思うところがあったのだろう。ローゼの本心は誰にも窺い知ることなどできないが、彼女は最後まで娘から視線を外すことだけはなかった。


 そして、オーケストラの演奏が終わり、幻魔王とクララ姫だけの仮面舞踏会が終幕を迎えた。

 会場には沈黙が落ち、当然ながら拍手などの賛美はない。観客となった来場者たちはただ呆然と彼女たちを見守ることしかできなかった。

 幻魔王が動き出す。


『……姫は貰い受ける』


 深淵から響くような重く低い声。

 幻魔王が発したものだと周囲が気付くには、自分たちの常識と現実の齟齬を擦り合わせる時間を要した。


「幻魔が、喋った……だと?」

「夢でも見ているのか、俺は……」


 驚愕する貴族たちを余所に、幻魔王はクララ姫を抱き上げマントを翻す。

 最初から覚悟を決めていたクララは悲鳴を上げることなく幻魔王を受け入れた。そこに抵抗も拒絶もない。

 逆に弾かれたように立ち上がったのは、マクゼクト王の方だった。


「待たれよ、幻魔の王よ!」


 幻魔王が言葉を介することができると知り、呼び止めることにしたのだ。

 その行動は無駄ではなかった。

 

『……』


 幻魔王が立ち止まる。まるでマクゼクト王の次の言葉を待つように肩越しに振り返り、彼を見据える。


「貴様の要求は呑んだ。幻魔が出没した際は我が国に助力し、王自ら幻魔を駆逐すると約束したはずだ! 相違ないか!」


 幻魔王が最初に送った書状の内容だ。

 クララ姫という対価。差し出すかわりの交換条件として提示されていた幻魔の駆除。

 約束を違えるつもりはないだろうな?

 と、マクゼクトは王として見定めようとしている。

 だが、


『あれは嘘だ』


 悪びれもせず、事もなげに幻魔王はそう言い切った。

 周囲の貴族や来賓各位に戦慄が走るが、渦中のマクゼクト王は驚くほど平静だった。


「嘘、とはどういう意味か」

『人間には大義名分が必要なのだろう? “幻魔という脅威から民を救うため”に王族を犠牲にする。誰もが納得する“条件”をこちらから提示しただけにすぎない』


 淡々と解説をする幻魔王。

 もしクララ姫が奪われるだけ(・・)であれば、アリアデュラン王国は幻魔王と戦う道を選んだであろう。しかし交換条件を提示されていたことで反発するものはほとんど現れず、仕方のないものだと諦めていた。

 それが今、馬鹿正直な幻魔王の口から『偽りの交渉だった』と告げられたのだ。

 それはつまり泣き寝入りする必要がなくなったということでもあった。


「約束を反故にするというのなら、こちらにも考えがある」


 マクゼクト王の合図により灰騎士と紅騎士が一歩踏み出す。その手にはいつの間にかそれぞれの色と同色の剣が握られていた。

 数々の幻魔を屠ってきた実績のある二柱の人型精霊。幻魔王の相手としては申し分ない戦力だ。さらに周囲には他の宮廷魔法使たちが己の精霊を従えて武器を構えている。幻魔の王といえど天敵である精霊たちからの集中砲火を浴びればただでは済まないだろう。


『賽は投げられ、すでにその選択は手遅れだと知っているはずだが……』

「……」


 しゃくしゃくとした態度を変える事なく、マクゼクト王と対峙する幻魔王だったが『理屈ではないということか』と納得するように頷くと、軽口をたたくように宣言した。


『わかった。ではこうしよう。――我と戦うのであればこの場にいる人間を全員殺す。これは嘘ではない』

『――っ!?』


 会場にいた人間――特に貴族たちがこれでもかと目を剥いた。国内外問わず一斉に。

 こんなところで死ぬつもりはないぞ、と焦ったように目で訴えかける。無論、その対象は幻魔王ではなくマクゼクト王だった。


「だから見逃せと」

『見逃すのは我であり、お前ではない。戦わない理由が欲しいのだろう?』

「……っ」


 どうやら幻魔王は口も達者のようだ。

 ここで幻魔王の言葉を無視すれば貴族たちからの顰蹙を買うのは目に見えている。むしろそうなるように仕向けられたのだ。

 そもそも人質だらけの戦場に勝ち目など最初から存在するわけがなかったのだ。


「……下がれ」


 マクゼクトは乱暴に椅子に座り護衛たちを合図を送る。宮廷魔法使と精霊たちは一瞬の逡巡の後、臨戦態勢を解いた。


『交渉成立だ』


 幻魔王はそう呟くと、ゆっくりと歩き出した。

 クララ姫はその腕に抱かれたまま大人しくしている。自分が犠牲になっても約束が果たされる訳ではない。そう知ってもなお彼女は運命を受け入れたかのように、幻魔王にその身を預けた。

 幻魔王の行手を阻む者は誰もいない。

 終幕だ。

 アリアデュラン王国の仮面舞踏会は魔王によって姫がさらわれる事で幕を閉じるのだ。


「待って……!」


 だが一人だけ、その結末に追い縋る者がいた。


「幻魔の王よ! あなたに聞きたいことがあるの!」


 レインだ。

 彼女は予定通り幻魔王に接触を図るために呼び止めようとした。約束通りクララたちの覚悟の邪魔はせず、ただ自分の目的のためだけに動く。そのためだけに幻魔王の背中を追いかけた。

 しかし、幻魔王が立ち止まることはなかった。

 会場にいる観客たちがレインの奇行とも呼べる暴挙に眉を顰めるほど目立っているのに、幻魔王はまるで興味が無いのか振り返ることすらしなかった。


(相手にされないとはわかってはいた。でも私はここで諦めるわけにはいかない……!)


 問答無用で殺されるという最悪のシナリオはなかった。だったらまだ巻き返せるとレインは切り札(・・・)を切る。


「私はレイン! 大召喚士ノイシスに選ばれたクララ姫と同じ『加護持ち(・・・・)』よ!」


 左手のドレスグローブを脱ぎ捨てる。

 掲げた手の甲には漆黒の紋章が描かれていた。

 どよめく会場をよそにレインは言葉を続ける。


「ノイシスの加護を狙っているならあなたなら、私の存在は無視できないはず――って、ちょっと!?」


 だがそれでも幻魔王は意に介することなく歩みを止めない。

 さすがのレインも焦燥に駆られた。加護持ちであることはレインにとっての最大の秘密であり幻魔王の気を引くための餌でもあった。

 それが全く通用しない展開は予想外の何者でもなかった。


(まさか嘘だと思われてる? それとも加護なんて関係なしにララが欲しかった……?)


 帰路へ着く背中を見つめ、考えてる場合ではないとレインは覚悟を決めた。

 なりふり構ってはいられない。


「私は行方不明になった家族(・・)を探すために冒険者になりました。ですがこの7年、一向に手がかりは掴めず、時間だけが過ぎていきました」


 幻魔王が関心を持たせるためにレインは全てを曝け出す。


「半月ほど前、貴方の――幻魔王様の手下だと名乗る人間が私の前に突然現れました。彼は自分のことを幻魔を崇める宗教組織『幻魔教』だと名乗り、私の家族が過去に幻魔教に所属していたこと、幻魔王様であれば家族の行方をご存知だと教えてくれました」


 幻魔教とはレインの言葉通り幻魔を崇拝している異教徒の集まりである。表立った活動をしているわけでは無いため一般的には浸透していない宗教だが、信仰対象が幻魔なだけにいい噂はない。それどころか昨今の幻魔の活発化に幻魔教が関わっているのではないかとまことしやかに囁かれているぐらいだ。


 国として傍観できるような存在では無いため、レインは重要参考人として拘束されることが確定したようなものだ。現に宮廷魔法使と王国騎士団は幻魔王だけでなくレインにも警戒の視線を送るようになった。王の命令があればすぐにでもレインを引っ捕えるだろう。

 レインもこうなるとはわかっていた。わかっていたからこそ今まで黙っていた。それでも知りたいのだ。たとえ自分の立場が危ぶまれても幻魔王(ここ)に真実があると信じて。


「教えてください! 7年前に消えた私の兄(・・・)はいったいどこにいるんですか!? ずっと探しているのに痕跡すら見つからない! もう手がかりは貴方しかいないんです! もし教えてくれるのであれば私は、私の全てを貴方に――」

『黙れ』

「――っ!?」


 縋るように声をかけ続けた結果なのか、それとも幻魔王が興味を抱く内容があったのか、彼はいつの間にか振り返りレインのことを見下ろしていた。

 後一歩で外のバルコニーに到着する。窓際ギリギリのところで幻魔王はレインに関心を示したのだ。


『お前は誰だ』


 レインは息を呑む。

 幻魔王の放つ威圧感に気圧されながらも、口を開く。


「私は冒険者レイン。『妖精使い』のレインで名が通っています」

『……』

「レインとは行方不明になった兄の名をもじった通称です。私の本当の名前は――ディエナ。ディエナ・ジル・フリーク」


 明かされたレインの本名。そこにはフリークという貴族の名があった。

 だが周囲にいたアリアデュラン王国の貴族たちは「フリーク?」「聞いたことのない名だ」と闖入者の小娘に懐疑的な視線を送っている。それはつまりレインが嘘をついているか権力の弱い下級貴族という可能性を示していた。

 そんな中、一部の宮廷魔法使たちがフリークの名を聞き驚いた表情を浮かべていた。第三騎副隊長のアリージェと彼女の近くにいた別部隊の男性魔法使だ。彼女たちはフリークという名に聞き覚えがあったのか目を見開くようにレインを見つめていた。まるで死人にでも会ってしまったかのように動揺している。

 

『……』


 幻魔王は口を閉ざしたままだった。

 レインにはその沈黙の意味がわからなかったが話を促されているのだと解釈し、言葉を続ける。


「そして兄の名はレイフォン・ジル・フリーク。私は7年前に失踪した兄レイフォンを探すため冒険者レインとして旅にでました」


 レイフォン・ジル・フリーク。

 その名前を出た瞬間、急激に温度が下がったような悪寒が会場を包み込んだ。

 原因は不明であり観客たちの誰もが顔色を悪くしている。宮廷魔法使や王国騎士団も例外ではない。ただ一人いつも通り無表情な召喚士を除いて。


「兄は学生でその頃から幻魔教と繋がっていたことは調べているうちに何となくわかっていました。そして幻魔教の信徒が私に接触したことで確信しました。『魔王様』であれば兄の行方を知っている、と。教えてください! 兄は今どこにいるんですか!?」

『……一つ間違っている』

「え……?」

『幻魔教は我の手下ではない。あれは勝手に幻魔を崇めている酔狂な集団に過ぎない』


 まさかそんなどうでもいいことを最初に訂正されるとは思っておらず、レインは困惑したように「失礼しました」と頭を下げた。いつもの冒険者の態度はとっくに捨て去り、貴族だった頃の礼節が自然と滲み出てしまう。兄といた頃の記憶が身体を突き動かしているのだろう。


「それで、兄さんはどこにいるんですか?」

『……』

「魔王様はレイフォン・ジル・フリークのことを知っていますか?」

『……』

「お願いします、教えてください。私のたった一人の兄で、大事な家族なんです……!」


 レインが頭を下げた。

 沈黙が落ち、それは時間にしてほんの数秒のことでしかなかったが、一つの覚悟が決まるには十分な時間だった。


『レイフォン・ジル・フリーク。奴は――』


 幻魔王が思い出したかのようにディエナの兄の名を復唱する。

 そして、告げた。


『奴は死んだ』


 レインは思わず顔を上げて幻魔王を見つめた。いつの間にかクララも彼の顔を見上げるように仮面を向けていたが、気に掛ける猶予など与えられなかった。


俺が殺した(・・・・・)

「――っ!?」


 幻魔王の告白に思考がうまく回らない。喉が締め付けられられるような息苦しさがレインを襲い、視界が霞む。


「どう、して……?」

『……』


 かろうじてでた疑問の言葉は無視され会場内に風が吹いた。

 外で待機していた『魔煌竜』ファヴニールが羽ばたき、割れた窓ガラスの隙間から送られたものだ。

 あおられた場内の参列者たちが本日二回目の暴風に身を屈める。一回目は幻魔王が登場したときに吹いたもの。では二回目が意味するものとは。


「……っ! 待って!」


 衆目が気付いた時には幻魔王はファヴニールの背中に乗っていた。慌ててレインが追いかけバルコニーへ出るが、幻魔王は彼女を一瞥するだけでそれ以上語ることはしなかった。

 ファヴニールが羽ばたき、幻魔王の退場を知らせる。

 突風が国を駆け、幻魔王を乗せたファヴニールが空へと飛翔する。瞬く間に黒い空へと吸い込まれると、国を囲っていた柱もまた灰燼のように空気に溶け、幻であったかのように消えていく。

 そこには先程までの出来事などまるで夢であったかのような月夜が広がっていた。


 そして、アリアデュランの民は遠い月を見上げ、仮面舞踏会の終わりを知った。

明日(7/24)も同じ時間に投稿予定

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