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第13話 前夜

「丸呑み? なにそれ?」


 レインは訝しむように眉根を寄せた。

 声もどこか含みがあり、鼻で笑うような態度を隠せていない。


「わたくしに問われましても……帰還した部下の報告をそっくりそのままお伝えしただけですわ」


 仮面舞踏会の本番前日。

 アリアデュラン王国が誇る幻魔討伐部隊が任務を完遂し、王城へと無事に帰還を果たした――はずだったのだが、その奇妙な報告内容によって城内に混乱が生まれた。


「討伐隊が今回赴いたのはアリアデュラン王国の領地の一つであるアガレスト領。その最北東の山岳地帯の手前にあるヴレナという街です。わたくしのお父様が領主を務めているのですが、その近辺で幻魔の目撃情報が多数報告されました」

「あなたの故郷ってこと?」


 レインの素朴な質問に「そうですわ」とアリージェが事務的に肯定する。故郷に幻魔が出没したというのに彼女は極めて平静だった。

 装っているわけではなく本当に微塵の心配もしていない様子にレインは少しだけ首を傾げた。


「宮廷魔法使と王国騎士団で討伐部隊が編成され、さらにそこに紅騎士の配属が決まり、遠征作戦は決行されました。わたくし個人の目から見ても、磐石の布陣としか言いようがない戦力ですわ」


 疑問が顔にも出ていたのだろう。アリージェは補足するように言い切った。

 レインとしても『紅騎士』が討伐部隊に加わっているのならたしかに不安は和らぐだろうな、と再認識。


「ですが、幻魔を発見、いざ討伐するぞ、という瞬間に横槍が入りましたの」

「それが幻魔王だったと」

「はい。彼は討伐隊を一瞥した後、興味を無くしたように幻魔へと向き直り――その圧倒的な力で幻魔を肉薄し、そのまま丸呑みにして食べてしまったそうですわ」

「丸呑み……」

「こちらの被害はゼロ。ヴレナの街も幻魔による死傷者は二桁に収まり、幻魔王による被害も確認されていませんわ。ただ、あまりにも強大な力を目の前で見せつけられてしまったせいか魔法使と騎士団に動揺が広がっており、一部の兵は恐慌状態が酷く、帰還後すぐに医務室に運ばれましたわ」

「だからこんなに慌ただしいのね」


 レインたちの横を忙しなく行き交うメイドや執事などの使用人、そして常駐の医療従事者たち。レインとアリージェは彼らの邪魔にならないように廊下の端でその光景を眺めていた。


(理由はわかったけど、意味はわからないわね)


 クララとの最後のダンスレッスンを完遂し、昼食を食べ終えたレイン。さて、これからどうしようかと手持ち無沙汰な彼女だったが、適当に後宮をぶらついている間に城内が騒がしいことに気がついた。何かあったのかと声と音を頼りに近づいてみると、慌ただしい従者たちの姿が目に入った。


 何か事件でも起きたのか。

 そう考えたレインだったが自分は部外者であるため、忙しそうにしている彼らを引き止めるのは気が引け、邪魔にならないように端に避けることしかできなかった。

 そこを偶然顔見知り(アリージェ)が通りかかったので思い切って原因を聞いたところ、先ほどの幻魔丸呑み話へと繋がったのだ。

 正直、意味不明である。


「どうやって丸呑みにするのよ。幻魔王って黒い騎士の姿をしてるんでしょ? 発見された幻魔が手のひらサイズだったとでも言うつもりなの?」

「残念ながら今回発見された幻魔はどれも人族の何倍もの大きさですわ。つまり幻魔王の真の姿はそれを軽く凌駕する巨体ということになりますわ」

「にわかには信じられないわね」


 でたらめだ、とレインは懐疑的だ。

 誇張されているとしか思えない内容に加え、最も問題視しなければならないポイントがまだ残っている。

 それは――


「すごーい! じゃあその幻魔の王様は手紙の通り(・・・・・)他の幻魔をやっつけてくれたんだ! ちゃんと約束は守ってくれるんだね!」


 ひょっこりとレインの胸元から顔を出したカレアが無邪気にも核心をついた。


「そういうことになりますわね」


 アリージェはその言葉に小さく頷く。

 クララ姫を差し出せば他の幻魔を駆逐してやる――それが『幻魔王』が出した交換条件だ。保証などどこにも無い一方的な要求だったため、誰もが嘘だと思っていた。

 だが今回の一件でそれは否定され、約束は反故しないと行動で示されてしまった。“クララ姫を差し出せば脅威(幻魔)から助けてくれる”と喧伝されてしまった。


「……幻魔王とは戦闘にならなかったの?」

「幻魔を呑み込んだ後、すぐにどこかへ飛び去ってしまったそうですわ。幻魔王による被害は無く、それどころか街の近くで幻魔が倒されたため救われた一般市民も多いようです。目撃者となった彼らから幻魔王の噂が王都の民に流れてくるのも時間の問題でしょう」


 本来敵であるはずの幻魔の王。

 それが他の幻魔を討伐し、世界の脅威から自分たちの身を守ってくれる。そんな夢物語が本当に実現するのだとすれば、渦中の真っ只中にいるアリアデュラン王国の民はどう思うのか。忠誠心の低い立場の者から順にこう思うのではないか。

 お姫様の一人ぐらい差し出してもいいか、と。


「レイン? 顔色悪いけど大丈夫?」

「大丈夫よ」


 嫌な空気が流れてくる。

 レインはそんな予感を感じながらもアリージェに質問を続ける。


「そんなことより、幻魔王が現れたところには彼女も――紅騎士もいたんでしょ? その場で戦えばけりが付いたんじゃないの?」

「不可能ですわ」


 アリージェは間髪入れず断言した。そこに迷いが入り込む隙間すらない。


「紅騎士では勝てないってこと?」

「……紅騎士だけ、あるいは灰騎士だけなら勝てるかもしれませんわ。でもわたくしたち(・・)では勝てません。戦うことすら許されませんわ。レイン、相手を倒すだけでは勝利とは呼べませんのよ」

「どういう意味?」

「あなたなら考えればすぐにわかりますわ。そして明日の舞踏会は幻魔王から手を出してこない限りわたくしたち親衛隊は傍観者に徹するでしょう。負けないために。レイン、あなたもわかっていますわね」

「……私も、先走って敵対するような行動をとるつもりはないわ。安心して」

「よろしい」


 アリージェが口にした勝利――その条件というものが何なのか、考える時間がなかったため今のレインにはわからなかった。だが、アリージェたち親衛隊の邪魔をするつもりも毛頭ない。レインは決してお姫様(クララ)のために幻魔王を倒しにきた勇者ではないのだ。そんな崇高な意志など持ち合わせてはいない。


「さて、わたくしは隊長の元へ行きますが、もう質問はありませんわね?」

「ええ、ありがとう」


 メイド姿のアリージェは優雅に一礼し、足早に去っていった。

 レインは彼女の後姿が見えなくなるまで見送っていたが、その視界を遮るように鱗粉が舞う。


「じゃ、私はこれからお茶会にいきまーす」

「みんなバタバタしてるってのに、ほんとマイペースね」

「だって興味ないし、私には関係ないし。王宮御用達の高級お菓子が私を待ってるし」


 呆れた物言いを跳ね除けるように、妖精カレアは透明な羽をリィーンと鳴らす。


「明日の舞踏会本番まで適当にぶらついてるからそのつもりで」

「そのつもりで……って今夜はどうするの?」

「私はパス。王族とは接触するつもりはなし。礼儀作法なんてしらないもん」

「そんなことララは気にしないと思うけど……」


 (かね)てからの口約束。

 今夜、レインはクララ姫と一夜を共にする――というと語弊があるが、友人として共寝することになっている。

 当然カレアも付いてくるものだと思っていたが、どうやらこの妖精は意図的にクララを避けているようだ。彼女なりに人族の王族との接し方に注意を払っているということだろう。


「ま、二人の蜜月の夜を邪魔するつもりはないから安心して。ぐす、敗北妖精は潔く身を引くから」

「誤解を招きそうなこと言わないで。あと雑な寸劇もやめなさい」

「へーい」


 寝取られた女を演じ始め、すぐにやめてしまう気まぐれな妖精。

 あれこれ言い訳しているが要約すると面倒くさいと思っているだけなのだろう。


(ララと二人っきりかぁ……気まずいなー……。カレアがいれば話題に事欠かないはずだったんだけど)


 飛び去ってしまった妖精も見送り、一人になったレイン。

 どうやって夜を乗り切るか。

 そんなことを考えながら彼女もまたその場を後にした。



 ±



 そして、その日の夜。


「お邪魔しま~す……」

「お待ちしてました! お茶を用意したのでこちらに座ってください。温まりながらお話ししましょう!」

「わっ! ちょっ焦らないで、逃げたりしないから!」


 クララの寝所へと恐る恐る顔を出したレインは、そのまま部屋の主に手を引かれ窓際に置かれた椅子に座らされた。

 目の前のテーブルには湯気を立たせたティーポットと、ソーサーとティーカップのセットが二客。どれも王族の私物というだけあって高級感を漂わせていた。


(ハルゲンウィッチのティーセットね。エレガントでありながら清楚で気品もある。プライベートのお茶会を可愛らしく彩るならこれ――っていう決定版。……このティーセットだけでちょっと前に私がクリアしたクエストの金が吹き飛ぶのよね。今の私には無縁の代物だわ)


 ブランドを心の中で言い当てるレインだが、口に出すことはない。


「気に入っていただけましたか?」

「可愛いと思うわ。あと高そう」


 むしろ無知な庶民を装うような単純な感想をクララに告げた。

 なぜなら今のレインは冒険者であり、ティーセットのブランドなんて把握しているわけがないからだ。

 そんなレインの思惑とは裏腹に、額面通りに受け取ったクララはくすくすと鼻を鳴らし、ティーポットを手に取った。

 レインの来訪する時間に合わせて準備を整えていたのだろう。カップに注がれた緋色のお茶は白い湯気を立ち上がらせ甘い香りと共にレインの鼻孔をくすぐる。


「どうぞ、アルルカの葉と庭で育てた霊召花(れいしょうばな)の花びらをブレンドしたお茶です」

「いただきます」


 静かにカップを傾け一口含む。

 茶葉の苦味と共に清涼感のある霊召花の香りが鼻を抜ける。これだけでも十分美味いとレインは思ったが、時間が経つにつれて程よい甘さが舌の上に残り後味もすっきりしている。思わず「おいしい」と小声で呟いてしまうぐらいには好みの味をしていた。


 対面に座ったクララはそんなレインの姿に満足したのかニコニコと笑みを浮かべた。そして彼女に続くように自分のカップに口を付け「ふぅ」と一息付く。


「お気に召していただいたようでなによりです。隠し味に少しだけ果実を絞っているんですよ」

「お姫様なのにお茶を淹れるのも上手なのね」

「磨く時間はたっぷりとありましたから。どこへ嫁いでも恥ずかしくない程度には家事をこなすこともできます」

「冗談が好きなのね。平民の男と結婚でもするつもりだったの?」

「ふふ、どうでしょう? でも、どこぞの貴族と結婚するぐらいなら、全てを投げ出してお慕いしている殿方と駆け落ちというのも悪くはありませんね」


 飄々と軽口を口にするクララにレインは何とも言えない顔で見つめ返すことしかできない。

 明日の夜には仮面舞踏会が王城で開催され、『幻魔王』がクララを攫いにくる。傍目から見ればどこぞの貴族と結婚するより辛い現実が待ち受けている――はずなのだが、悲壮感はない。むしろレインが部屋を訪れてから笑顔が絶えない。


 純粋に夜のお茶会を楽しんでいるのか、それともすでに何もかも諦めているのか。クララと知り合ってまだ間もないレインでは真意を汲み取ることはできなかった。


「妾のことよりもレインのお話を聞きたいです。また冒険の話をしてくれませんか?」

「え? そ、そう? じゃあ前の続きで――」


 気遣われたとレインはわかっていた。

 余程クララに対しもの言いたげな顔をしていたのだろう。表情を読み取られ強引に話題を転じられてしまった。


 だが、ちょうどいいとも思った。自分の過去の冒険譚を語り聞かせることで気が紛れたからだ。

 生贄にされる彼女にかける言葉など、ついぞ思い浮かばなかった。

 レッスンの最終日。仮面舞踏会の前日。生贄王女の最後の夜。

 クララと一緒にいられる時間も残りわずかとなり、明日になればあっという間に時が過ぎて夜には『幻魔王』が彼女を攫うだろう。

 レインにはどうすることもできないし、気にしている余裕は――ない。


それ(・・)どころじゃなくなるから)


 レインは『幻魔王』と会わなければならない。会って話をしなければならない。その目的のためにここまで来たのだ。たとえ野次馬だの厚顔無恥だの周囲から罵られようが、レインは『幻魔王』に聞かなければならないことがある。

 その目的のためならばそれ以外の全ては瑣末な問題に過ぎない。


「やっぱりレインの旅の話は面白いです! 妾も早く――」


 クララが慌てて自分の口を手で塞いだ。

 その手に抑え込まれたのは「冒険に」という言葉。

 妾も早く冒険に――出たい、とでも言うつもりだったのだろうか。

 

「じゃあ、今から城を抜け出しちゃう?」


 思ってもみないことを言ってしまった、とレインは後悔した。クララにとっても予想外の言葉だったのか「え?」と目を丸くしている。

 だが、レインの口は止まらなかった。


「ここで逃げちゃえば国の生贄になる必要もないし、幻魔王の魔の手からも逃れられる」

「……」

「宮廷魔法使もここにはいないから監視の目もない。なんならセルティア・アンヴリューを味方に引き込んで国を捨てるのもいいかもね」

「レイン、それは――」

「親衛隊長である彼女ならクララを助けてくれるだろうし、助けてくれないならそれはそれで国を見限る決意も固まるでしょ? いいじゃん、逃げようよ。お姫様の責務とか『ノイシスの加護』――加護持ちの責任も忘れて自由になろうよ」

「レイン」


 手袋をはめた手の上に紋章が描かれた手が重なった。

 レインとクララの左手だ。相変わらずレインは手袋を脱いでいなかった。それが冒険者レインとしてのアイデンティティでもあったからだ。


「嘘でも嬉しいですよ。心配してくれてありがとうございます」

「っ!」


 思わずどきりとする。

 今までの言葉が本気ではないと見抜かれたからだ。

 クララの友人として、友人という立ち位置にいるレインとしての体裁。少しの罪悪感に突き動かされ、薄情者だと思われないための出任せを羅列していたに過ぎない。

 つまりは“友人として助けたいと思っている”というポーズだ。


 それなのに彼女はなんて言った?

 嘘でも嬉しいと笑ったのだ。

 一点の曇りもないその笑顔でありがとうとレインに伝えたのだ。

 それはレインの友人として、クララの嘘偽りのない本心なんだと物語るには十分だった。


「……どうせ幻魔王の狙いは加護持ちが召喚する精霊よ。天敵が増えるのが怖いからクララを攫うのよ」


 クララの左手の甲の紋章を見下ろしながらレインは言葉を続ける。


「ねぇ、ララ。本当に逃げてみない?」


 言ってみてやっぱりレインはちょっとだけ後悔した。クララも今度は目を丸くするだけではなく狐耳をぴくりと震わせ、レインの意図を探るべく次の言葉を待っていた。

 口は止めなかった。


「さっさと精霊を召喚してノイシスの加護から解放されたいところだけど……もし、ララ自身を狙っているのだとしたら不用意な刺激はしたくない。だから逃げるのが一番得策だと思うの」

「……民には公表していませんが幻魔王の(ふみ)は二通ありました。そこには妾の召喚魔法を禁ずること、そして破られた場合は問答無用で都市を破壊すると記載されています」

「初耳なんだけど?」

「誰にも言う必要のない情報なので」

「……それもそうね。じゃあララが逃げた場合はなんて書かれてたの?」

「それは、特に何も……でも妾を幻魔王に差し出さなかったら国が亡ぶと――」

「亡べばいいじゃない。その程度で終わるなら」

「!?」


 クララが驚き、少しだけ悲しそうな顔をした。

 

「レインはこの国が嫌いなんですか?」

「好きとか嫌いとかじゃないわね。ここには私にとって大切な人がいないだけ。それだけの話よ。友人と呼べるのは目の前にいる獣人だけだし」


 レインの言葉を聞いてクララは押し黙ってしまった。

 説得するならこのタイミングだろう、とレインは息をのむ。


「あまり言いたくはなかったけど、クララにとってこの国は守る価値があるの?」


 一国の姫に対する言葉ではないのでクララには怒られるとレインは思っていた。だが、意外にもクララは首を傾げるだけでとぼけている様にも見えない。


(考えないようにしていたのか。それとも……)


 指摘すれば確実にクララを傷つけることになるだろうが、レインは言わずにはいられなかった。


「アリアデュラン王国はララは犠牲にして助かるつもりよ」

「……幻魔王からの要求なので仕方ありません」

「それに“反対する人間がいない”のも仕方ないって言うの?」

「!? それ、は……」

「貴女の家族や親衛隊である宮廷魔法使、王族に仕える従者や兵士たち、そして王都の民。表面上は心配する素振りを見せてはいるけど誰もララを助けようとはしない。みんな思ってるのよ。お姫様一人の犠牲ですんでよかったって」

「そんなことは……」


 ないとは言い切れなかった。

 幻魔王の要求が発表されて数週間。

 民衆による抗議のデモ活動があったという報告はない。クララの父であり現国王であるマクゼクト王はもとより国を第一に考えている。クララの母であり第二王妃のローゼには発言権はない。そして宮廷魔法使は王族と国に仕える召喚士だ。マクゼクト王の意向に従うほかない。

 こうなるとクララはわかっていた(・・・・・・)。わかってはいたが悲しいという感情を抱かないかは別だった。


「貴女を守ってくれないこの国を、貴女が守る理由はあるの?」

「……」


 レインは畳みかけた。

 クララの顔が曇ったことで確かな手ごたえを感じたからだ。

 意外だったのは家族や魔法使たちの反応は当然と考えているのかあまり悲しそうな顔をせず“王都の民”という単語には過敏だったことだ。


「どうせみんな自分のことしか考えてない。だったらララも自分のことだけを考えて逃げればいいのよ。何なら魔法使以外の協力者を探して……そうね、あの便利屋のグレイを雇うってのもいいわね」

「ど、どうしてそこで彼が?」

「強いしお人好しだから。あと、あいつのこと好きでしょ? お姫様」

「――っ!?」

「顔、真っ赤。わかりやすっ」


 それどころか獣耳も尻尾もピーンと逆立てていて全身で感情を表現していた。

 その感情は恋慕以外の何者でもない。


「私をこの後宮に捩じ込んだあいつなら、逆にララのことを城から連れ出すことできるんじゃない? ちょっと……いや、だいぶ遅い時間だけど今から私が話つけてこようか?」


 我ながら無茶で無謀な計画を提案しているなとレインは呆れた。作戦と呼べる策もなくその場しのぎにすらならない蛮行ばかり。

 でも、クララが何かしら動くつもりなら手伝ってもいいと、そう思えるぐらいにはレインも彼女のことを友人だと認識していた。


「レインは……目の付け所がいいですね」

「……? 急にどうしたの?」


 断られるか、受け入れられるか。

 二つに一つの返答を待っていたレインとしては、クララの唐突な賞賛には顔をしかめることしかできなかった。


「ララがグレイのことを好きだって見抜いたこと?」

「それもありますが……」

「否定しときなさいよ、一国の姫でしょ」


 困ったように苦笑するクララ。

 そしてどこか諦めたように視線を落とし、呟く。


「あの時の彼の気持ちが少しだけわかりました」

「?」


 漠然と、自分に向けられた言葉ではないとレインは理解した。それが思い出に浸るような独り言だったからだ。


(あの時? 彼? いったい誰のことを言っているの?)


 疑問を口にしたところで答えてはもらえないのだろう。

 なぜなら、立ち上がったクララが決意を秘めた瞳でレインを見つめ返していたからだ。


「冒険者レイン」


 そこにいたのはレインの友人のララではなく、アリアデュラン王国の王女クララ・ラスティム・クランベル・リ・アリアその人だった。


「貴女の厚意に感謝を。ですが妾の考えは変わりません。明日の仮面舞踏会の夜、王女として『幻魔王』にこの身の全てを捧げるつもりです。それがこの国のため、ひいては世界のためだと信じています。妨害は国家への反逆であり、たとえレインであっても許容できません」


 ああ、やっぱりなとレインは後悔を実感した。

 説得を試みたところでクララの決意を揺さぶり彼女の想いを傷つけるだけ。自分は言いたいことを言って自己満足に浸っただけにすぎないのだと思い知らされる。


(私と違って彼女は逃げない)


 レインはただ「――わかってた」とそれ以上は何も言わなかった。


「……」

「……」


 沈黙が訪れた。

 気まずい――と感じたのはクララが先だった。彼女は何も語らなくなってしまったレインを前にあたふたすると、


「あ、え~と、そ、それに! 妾が逃げてしまうとレインも困るんじゃないですか?」

「え?」

「仮面舞踏会に幻魔王が現れなくなってしまいますよ」

「そう、なの? 私の計画ではララの逃亡がバレなければ舞踏会に幻魔王がのこのこやってくるって寸法だったんだけど……私はそこで会えれば問題ないし」

「……」

「……」


 再び沈黙が訪れ、見つめ合う。


「そこはちゃっかりしているというかなんというか……(したた)かですね」

「……否定はしないけど」


 クララの心配をしておきながら己の目的は忘れていないレイン。

 そんな抜け目のない彼女を前にクララは目をぱちくりとさせ、くすりと破顔した。


「あんなに言いたい放題だったのに、くぅふ、自由な方」

「しょ、しょーがないでしょ!? ここまで来たんだから幻魔王には絶対会わないといけないの! 私は冒険者だから! 冒険者は自分勝手なものなのよ!」


 言い訳がましく主語も大きい。冒険者だからといって全員の面の皮が厚いわけではない。

 めちゃくちゃな理論にクララはまた笑った。レインもまた「な、なによ」とつられるように笑った。

 二人にとって最後の夜は静かな笑い声で締めくくられた。 



明日も同じ時間に短めの話を投稿予定。

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