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第12話 探り合い

「あれー? 浮かない顔してどうしたの~?」

「……カレア」


 客室へ向かっている道中、レインの前に現れたのは勝手気ままな妖精少女だった。


「今日はどこにいたの?」

「えー? 食堂のコックさんと仲良くなったからつまみ食いさせてもらったー」

「それはよかったわね」


 レインがダンスの練習をしている間、この妖精は探検と称して城内をあちこち飛び回りお城生活を満喫していた。最初の一日二日は森の番人が現れたとそこかしこから悲鳴が上がっていたが、三日もすれば慣れたもので今では城の使用人たちから可愛がられるようになっていた。


 強大な魔法を放たなければただの愛らしい小さな女の子でしかないので可愛がられているのは相方(レイン)としてもありがたい話だった。これで危険生物なので監禁しますと宣告されていたら正論すぎて抗議の一つもできなかっただろう。


「午後はねーお城のメイドちゃんたちから休憩時間のティータイムに誘われてるの。お菓子、食べ尽くしてくるわ!」

「……さいですか」


 だからといってこれはこれで自由すぎるだろうと思わなくもないレインであった。


「反応わるーい。やっぱり何かあったのね! どれ、お姉さんに話してみなさいな」

「……別に、ちょっと言い負かされただけよ」

「どゆこと? 口喧嘩でもしたの?」


 周囲をくるくる飛び回るカレアを見上げ、レインは諦めたようにため息をついた。教えないといつまでも聴き回りそうな勢いだ。

 あからさまな態度をとっていたのはレイン自身なので咎めることもできない。


「お姫様のことで揉めたの」

「誰と?」

「宮廷魔法使セルティア・アンヴリューと」

「あー……で?」

「あの日が迫ってきてるでしょ? だから『ララを守るつもりはないのか?』的な内容を皮肉を込めて言ったの、そうしたら――」

「はは~ん、わかったわ。『お前が言うな』って殴り返されたんだ。当たり前だよねー私たちはお姫様が連れ去られる場面に立ち会いたいからここにいるんだもん。相手からしたら『なに説教かまそうとしてんだ』ってなりますわ」

「……どっちの味方なのよ」


 不貞腐れたようにレインが呟くと、カレアはその頭に飛び乗り子供をあやすようによしよしと撫で始めた。


「もちろん私はレインの味方ですよー。でもそうねー、あのセルティアって娘は魔導都市学園を首席で卒業した才女でしょ? レインにはまだちょっと早かったかなー」

「バカで悪かったわね」

「もー拗ねない拗ねない! 同年代であれば向かう所敵なし、一部の例外を除けば魔法使いとしても最強になれるし、召喚魔法が使える歳になればさらに伸び代もある! これからこれから~!」


 太鼓持ちのようなカレアの誉め殺し。

 子供扱いされてるなーと感じながらも拒絶はしない。年齢的に考えれば妖精のカレアの方が長生きであるのは確実で、一回年齢を尋ねたときは「乙女になんてこと聞くの……!」と誤魔化していたが数百歳であることは教えてくれた。

 レインにとってカレアは相方であると同時に小さなお姉さんでもあるのだ。


「それにしてもやっぱりこうなったかーって感じだね~」

「なにがよ?」

「んー? レインがお姫様に同情? というか感情移入しちゃうんじゃないかって。普段は目的まで一直線の向こう見ずな猪娘だけど――」

「ちょっと」

「――根が優しくて面倒見のいいただの女の子だから、時間があると考えちゃうよね。これからお姫様はどうなるんだろうって」

「……」


 カレアの言う通りだ。

 レインは少しクララといる時間が長すぎたのだ。

 だから彼女の未来を憂いてしまうし余計な感情に振り回されて目的を見誤る。無関係だが他人事のように思うことができなかった。


「カレアはさ、あの人たちが私をここに置いた理由ってなんだと思う?」

「え? 唐突じゃん。んーそうだな~……ぼっち姫の最初で最後のお友達作り?」

「鬼畜すぎない? もう少しなんかこうあるでしょ?」

「えぇー……」


 逆さまになって宙に浮いているカレア。腕と足をそれぞれ組みながら唸り続けるが、思い浮かばなかったのか最後にはわざとらしく寝息を立てて寝たふりをし始めた。


「もう、真面目に考えてよ」


 カレアを手のひらに乗せると「じゃあレインは何か心当たりがあるの?」と寝言のように問われる。


「私は……身代わりにでもされるのかと思ってたわ」


 ぴくりとカレアが身動(みじろ)ぎし、静かに瞼を上げる。その表情はどこか暗く、居心地が悪そうに上半身を起こした。


「レイン、それは――」

「面白そうな話をしていますね」

「わああああああ!?」


 思わぬ闖入者の登場にカレアは悲鳴を上げながら飛び上がり、そのままレインの顔にへばりついた。

 顔面で妖精を受け入れたレインは「あぶ」と言葉にならない息を吐くと、慣れたように妖精の首根っこを掴み引き剥がす。

 視線は自然と闖入者である女性――セルティア・アンヴリューへ。


「盗み聞きは趣味が悪いんじゃないですか? 宮廷魔法使さま?」


 というか毎回毎回神出鬼没すぎるのだ。会話に割って入るのが趣味なのかと勘ぐりたくなってしまう。


「すみません。そう言うつもりはなかったのですが、あなたを待っていたら声が聞こえたもので。盗み聞きをするつもりはありませんでした」

「うっ」


 思わずたじろぐレイン。

 軽いお小言感覚で非難したら思いの外素直に謝罪されてしまいちょっと気まずい。

 かぶりを振り、気を取り直す。


「……まぁ、別にいいけど。それより私を待ってたってどういうこと? それにあなたはさっきまで稽古場にいたじゃない」

「先回りしました。宮廷は庭のようなものなので待ち伏せは容易です」

「そんな得意げに言われても」

「……? そう見えましたか? 自分で言うのもなんですが私は常に無表情だと自覚しているのですが」

「自覚はあるんだ……まーあれよ、ニュアンスから私がそう決めつけただけだから聞き流してちょうだい」

「そうですか」


 セルティアは納得したように頷くと改まってレインに向き直った。


「話が逸れました。レイン、今から少しだけ時間をいただけますか? 見せたいものがあります」

「それが待ち伏せてた理由ね。先にシャワー浴びたいんだけど、その後じゃダメなの?」

「はい。それに長時間拘束するつもりもありませんし、これはあなたが望んでいたことだと聞いています」

「私が望んだこと……?」


 なんのことだろう?

 レインは頭を傾げるが思い浮かばない。

 答えはすぐセルティアの口から告げられた。


「私の召喚獣の戦闘訓練です。会ってみたいのですよね? 私の『騎士』に」

「……!」


 宮廷魔法使セルティア・アンヴリューの召喚獣。

 それは伝説の人型精霊であり、騎士の精霊でもある。

 レインにとって雲の上の存在だが、もし彼女(・・)がレインの想像通りの人物だとすれば、そこまで首を傾けて見上げなければならないほど遠くの存在ではないはずだ。

 それこそ、今のレインと宙に浮いたカレアぐらいの高さしかないはず。


「ぜひ、会わせてください」


 セルティアを見上げるレインの口調は、心なしか少しだけ幼く、そして丁寧になっていた。



 ±



「見えますか。あの子が私の精霊の『灰騎士』です」

「あーうん」


 場所は移り、レインたちが案内されたのは王城の2階から伸びる渡り廊下。

 その眼下では城外の訓練場があり、灰色の騎士と精霊を率いた宮廷魔法使たちが対峙し模擬戦を行っていた。


「私が召喚した人型精霊には霊獣化すると魔法を無効化するという奇しくも幻魔と同じような能力が備わっていたため、他の宮廷魔法使や兵士の方々の訓練相手になってもらっています。幻魔を想定した実戦的模擬演習はこの国でしかできないため彼らの戦闘力はここ数年で飛躍的に伸びました」

「すごいわね」


 セルティアの解説に適当に相槌を打ちながら、レインはそういえばそうだったと人知れず肩を落とした。

 彼女が会いたかった“紅色の騎士”は幻魔討伐のために遠征に出ており不在。今は“紅”ではなく“灰”しかこの場にはいないのだ。


「あの子にはできるだけ獣のような動きで戦ってもらい、幻魔を演じてもらっています。召喚士はその攻撃をどう弾き、受け流し、いなすのか。そして精霊と共にどう反撃に転じるのか。自分なりの答えを得た者だけが幻魔討伐部隊に加わることができます」

「なるほどねー」


 聞き流しながらもレインはとりあえず『灰騎士』と召喚士たちの模擬戦を眺めた。

 宮廷魔法使セルティア・アンヴリューが最初に召喚した人型精霊『灰騎士』。その名の通り灰色の鎧を身に纏う騎士のような姿の精霊。世界で二番目に観測された人型精霊であり、その中身は普通の人族と変わらない見た目をしている。


(……らしい。灰騎士(こっち)の中身は見たこと無いから知らないけど、ね)


 宮廷魔法使たちを翻弄する『灰騎士』を見つめる。

 セルティアの言葉通りその灰色の騎士は獣のように俊敏に動き、宮廷魔法使たちをちぎっては投げちぎっては投げの無双状態だった。脚力が自慢なのか蹴り技を多用しており、今まさに隙を見せた魔法使を蹴り飛ばしていた。


「痛そう」

「加減しているので死ぬことはないので問題ありません。もし今のが本物の幻魔の攻撃だとしたら致命傷は免れないでしょう」

「……」


 幻魔とは魔法が効かない化け物。

 炎や水、風に土と魔法でできたものならば全て無効化してしまう魔法使いの天敵――つまりは人類の敵。

 だから魔法使いは精霊を召喚し使役することで幻魔に対抗し、召喚士となった。

 そして宮廷魔法使セルティア・アンヴリューが召喚したのは魔法が効かない騎士の精霊。


「どうして――」

「?」

「どうして『幻魔王』は黒い騎士の姿をしてるのかな」


 それは疑問がつい口から出ただけであり、答えなど求めていなかった。

 だが、


「当て付け――のようなものだと私たちは解釈しています」


 それを聞いていたセルティアはまるで回答を用意していたかのように迷いなくレインの言葉に応じた。その予想外の反応に戸惑い、レインは思わず「当て付け?」とそっくりそのまま返す。


「はい。この国の最大戦力である『灰騎士』と『紅騎士』に勝るとも劣らない強さを持っている――と誇示するために『幻魔王』はあの姿を選んだのでしょう」

「つまり、本当の姿は別にあると?」

「でなければ私の精霊たちと同じ姿の幻魔など、あまりに出来過ぎ(・・・・)ではないですか」

「……それもそっか」


 いい迷惑です、と静かに愚痴るセルティアは相変わらず感情の起伏がまるでなかった。

 そして無表情のままレインの顔を覗き込む。


「心ここに在らず、とは思っていましたが『幻魔王』のことを考えていたのですか? 『灰騎士』に会いたかったのも『幻魔王』に似ているからですか?」

「え? あーいや、別にそういうわけじゃ……」

「や~違う違う、セルティアちゃん、そうじゃないよー」


 どう答えたものかとレインが悩む間もなく、相方の妖精が服の襟元から飛び立ちそのまま出しゃばり始める。


「レインはね、『灰騎士』じゃなくて『紅騎士』に会いたかったの」

「アリアンジュに……ですか? 彼女は今、幻魔討伐のために遠征にでているためこちらにはいませんよ。クララ様からも『紅騎士』は任務中だとあなたは聞いていたはずですが……」

「ぅ……」

「『騎士』に会えると思ったら興奮してど忘れしちゃったみたい」

「ちょっとやめてカレア、恥ずかしいから!」

「興奮……」


 セルティアは腕を組み顎に指を当て思案する。その姿はまるで推理を行う探偵のようでもあった。

 そして結論が出たのか、静かにレインのことを見つめ直す。


「レインはアリアンジュ――『紅騎士』のことが好きなのですか?」

「す――っ!? ど、どうしてそうなるのよ!」

「あー……ばれちゃった? 実はうちの娘は大の紅騎士ファンでさ。国民的英雄の彼女のご尊顔を拝みたかったみたいなの」

「やはりそうでしたか。気持ちはわかります。私のアリアンジュは強いだけでなく中身も可愛らしい女の子ですから男女問わず絶大な人気を誇っています。男性からは度々求婚されることもありますし、女性からも――」

「ちょっちょっと待って話を進めないで! 私は別にファンとかそういうのじゃないから! カレアも悪ノリしないで!」


 レインは元凶(カレア)を鷲掴みにしてその口を指で塞いだ。突然の仕打ちにカレアは抗議するように「むーむー」唸るが、レインは気づかないふりをして無視を決め込む。

 そんな慌てた様子のレインにセルティアが「……違うのですか?」と小首を傾げる。


「違う。私はただ……そう、世界最強と謳われる人型精霊がどんな精霊なのか気になっただけよ」

「それはつまり『灰騎士』のことでは? その言い分だと『紅騎士』にこだわる必要はありませんね」

「……あ」


 しまった、と妖精を握っていない手で己の口も塞ぐレイン。その行動そのものが自ら「嘘をつきました」と宣言しているようなものだった。

 カレアはそんな相棒を半眼で見上げ、


(好きということにしとけばセルティア・アンヴリューを誤魔化せたのに……不器用な娘ね。あながちそれは嘘というわけでは無いのに)


 と嘆息する。

 まだまだ若くて多感なお年頃ということで諦めるしかないのだろう。


「なるほど、嘘ですか」

「……っ!」


 当然セルティアにも見破られてしまう。


「レインは嘘が下手なんですね」

「……悪かったわね」


 誤魔化すことすらも諦めたのか不貞腐れたように呟く。ついでにカレアもことも解放すると、彼女はレインの頭の上にまで飛び励ますように撫で始めた。本日2回目である。


「あの子に会う必要がないのなら丁度いいですね。この機会に少しお話でもしましょうか」

「そろそろシャワーを浴びたいんだけど……」

「では私もご一緒しますよ。湯に浸かりながら親睦を深めるのもまた一興」


 レインとしては断り文句を言ったつもりだったのだが逆手に取られてしまった。諦めたように「やっぱりここでいいわ」と妥協するしかなかった。


(というかお姫様(ララ)従者(セルティア)もどうして私と風呂に入りたがるのよ!)


 あまり素肌を見せたくないレインにとってはいい迷惑だった。いつからこの国は裸の付き合いに積極的になってしまったのか。レインの疑問は絶えない。


「残念です。ではこちらで少し気になっていたことを質問してもよろしいでしょうか」

「……どうぞ、答えられる範囲なら」

「レインは冒険者になってどれくらいになるんですか?」

「冒険者の過去を探るのは……まぁ、今回はいいわ。10年は経ってないとだけ」

「魔法はどちらで修得を?」

「カレアに教えてもらったの。下級から上級魔法まで使いこなせるから色々助けられたし叩き込まれた」


 レインの頭上で妖精が「いえーい」とポーズをとる。


「妖精とはいつから冒険を?」

「私が旅にで始めた頃、割とすぐ……ってなにこれ? いまさら尋問みたいなことして身辺調査のつもり?」

「……恋人はいますか?」

「図星なのね!? 内容が急に下世話になったわ!?」


 あまりにも脈絡の無い強引な話題の転換に突っ込まずにはいられなかった。

 だがセルティアはこの流れで誤魔化すつもりなのか、素知らぬ顔で話を続けた。


「これはただのガールズトークですよ。それで恋人はいないんですね?」

「勝手に決めつけないで」

「いるんですか?」

「……いないけど」


 意図がまるでわからないがレインは律儀に答えていく。

 彼女にも思惑というものがあり、ここは我慢するべきタイミングだと判断したのだ。


「好きな人は?」

「いない」

「ダメよセルティア! この娘は人生イコール恋人なしの非モテ女な――」

「うるさい!!」


 我慢できなかったので妖精を鷲掴みにして外に投げ飛ばした。浮いた話など冒険者になってからは皆無に等しい。だが、人生最後まで独り身というつもりもない。カレアの言葉が真実であるかは別として。


「非モテ……」

「そこ! 変な単語だけ拾わないで!」


 段々とレインは理解してきていた。

 このセルティア・アンヴリューという女は人を揶揄うことが好きで、相手のペースを乱すことが得意なのだと。今もまた顔色を変えず、口角を上げるように頬に指を当てている。

 感情豊かな相手なら今の問答で笑っていたのかもしれないが、セルティアが笑顔を見せることはない。もしかしたら万に一つの可能性として笑いを堪えている動作に見えなくもないが、レインの観察眼では読み解けなかった。


「レインが非モテかどうかはそれとして」

「不名誉だから訂正させてもらえる?」

「あなたは『紅騎士』が好きなのでは?」

「……」


 無視され、さっきと同じ質問が返ってきた。

 レインは逡巡する。

 ここで嘘をつかずに答えたらどうなるのだろうかと。もしやこの質問の応酬は先ほどのやり取りのやり直しをさせられていて、セルティアに「正直になれ」と回りくどく説かれているだけなのではないだろうか。


「――す」

「ちなみに好きと答えても彼女はあげませんよ。私の精霊ですので」

「……」


 今ならこの女を殴っても許されるのではないだろうか。

 レインは黙り、拳を握り締めた。だが、相手は世界最強の宮廷魔法使と称しても過言ではない女。手痛い反撃をされるのは目に見えており、なにより王家直属の召喚士に暴力沙汰など気が狂ったとしか考えられない。

 そんなレインの怒りが油断を呼んだのか、あるいはセルティアにそう仕向けられたのか、


「それに彼女にはもう大切な人がいるのでレインが付け入る隙はもうありません」

「うそ!? お姉さん(・・・・)に彼氏が――しまっ」


 セルティアの予想外の発言に気を取られ、レインにとって致命的なミスを犯してしまう。

 レインは慌ててセルティアの視線から逃れるように顔を背けたが、鋭敏な彼女が聞き逃すはずもなく。


「アリアンジュのことを『紅騎士』『紅騎士様』『アンジュ様』と呼ぶ方はたくさんいますが、“お姉さん”と親しげに呼ぶ人はあまり会ったことがありませんね」

「……そうかしら? 小さな子どもだったら彼女のことをお姉ちゃんと呼んでもおかしくないと思うの」

「間違ってはいません。孤児院に訪問する機会があったのですが、最初は子どもたちから『紅騎士様』とお堅い呼ばれ方をされていました。でも遊んでいるうちに段々とお姉ちゃんと呼ばれ慕われていました」

「私も一緒よ。親しみを込めてお姉さんって呼んでみたかっただけ。恥ずかしいわね、『紅騎士』の召喚士本人にバレちゃうのは」


 困った困ったと照れたように頬を掻くレイン。

 セルティアはそんな彼女をじっと見つめ、そして再び口を開く。


「明日の正午です」

「……?」

「明日の正午に『紅騎士』のアリアンジュは遠征から帰還します」

「っ!」

「会いたいですか?」


 レインは少しだけ迷った様子を見せるが、すぐに「必要ないわ」と首を振った。


「旅の疲れもあるだろうし次の日には仮面舞踏会――再臨する『幻魔王』への対策で、あなたたちはどうせ忙しいんでしょ? 一介の冒険者に時間をとってもらう必要なんてないわ」

「そうですか……では、レイン」

「なに?」

「明日は姫様の最後のお相手をよろしくお願いします。午後はそのまま休んでもらって構いません」

「……そうさせてもらうわ」


 最後。

 その言葉はレインの体に重くのしかかり、無意識に顔が歪むのを感じさせた。


「話はこれで終わりでいいかしら? そろそろ私は部屋に戻らせてもらうから」

「――言い忘れていたことが一つだけあります」


 呼び止められる。

 レインはすでにセルティアに背を向けて歩き出そうとしていたところだった。


「あなたがこの城に招かれた理由は姫様の身代わりのためではありませんよ」

「……」


 身代わり――それは先ほどカレアに話していたレインの見解。レインが城に雇われた本当の理由はダンスの相手ではなく、クララの身代わりにでもされるでのはないかという邪推だ。


「なーんだ。てっきり私のことをお姫様の影武者にでも仕立て上げるために招いたのかと思ってたわ。予想が外れちゃった」

「荒唐無稽な発想です。影武者にしては背格好がまるで違いますし、例え相手が幻魔であろうと騙せませんよ」

「ぐうの音もでないわね」

「それとも――」

「ん?」

「あなた自身には姫様との共通点に心当たりがあるのですか?」


 手袋をつけている手を人知れず握り締めた。

 もしかしてこの宮廷魔法使は私の秘密を知っているのではないか?

 そんな疑問が湧き上がってくると同時に彼女たちの行動に得心がいく。風呂に誘うのは手袋を外した瞬間をその目で確かめたいからじゃないのか。そしてこの手の甲にある紋章(・・)こそ、セルティアたちの狙いなのではないか、と。


「――なんて、冗談ですよ」

「え?」

「獣人ならまだしも人族とクララ様の間に共通点などありません。もちろんレインがクララ様と同じくらい容姿が整っている――と豪語するのであれば否定はしません」

「そんな恥ずかしいこと思ってないからね!?」


 警戒するのも馬鹿らしいほどの軽口で話が流されてしまい拍子抜けする。

 やはり考えすぎなのだろうか。


「じゃあ結局のところ理由はどこにあるのよ」

「グレイです」


 セルティアの答えはまるでそれ以外の真実はないと断言するかのようにはっきりとしていた。


「グレイ? あの万屋はただの仲介役でしょ?」

「そうです。あなたがここにいられるのは全て彼の計らいによるものです。最初からそれ以上でもそれ以下でもありません」

「……はは、なにそれ」


 それこそ荒唐無稽だと思ったが、反論する気も起きなかった。


「じゃあグレイにはちゃんとお礼を言っておかないとね。彼が今どこにいるか知ってる? 近場にいるなら後で会いに行ってくるわ」

「彼ですか? それなら――」


 セルティアの視線が下に移る。

 釣られてレインも覗き見ると、そこには依然として『灰騎士』と宮廷魔法使たちが訓練を行っていた。ただ、その騎士の隣には何故か妖精カレアがおり、『灰騎士』と共闘して魔法使たちに魔法をぶち込んでいた。

 レインは見なかったことにした。


「彼は、今日はここにはいませんよ。万屋として忙しいので……今は獣退治でも依頼されて遠出でもしているんじゃないでしょうか」

「えーあ~まぁそうよね。そう都合よく城に来てるわけないか」


 幸い親衛隊長は妖精の参戦を特に気にした様子もない。話を続けてくれたのでレインも全力で乗っかった。


「じゃ今度こそ戻るから、失礼するわね」

「はい、また明日お会いしましょう」


 メイドとして頭を下げるセルティアを背に、レインは逃げるようにその場を離れていった。

 残されたセルティアは空を見上げ、


「明日は帰還したアリアンジュと情報共有、そしてルダージュと一緒に計画の最終確認ですか。忙しくなりますね」


 己の召喚獣たちの名を呼び、静かにため息をつくのだった。



 ±



 翌日、正午過ぎの城内は喧騒に包まれていた。

 幻魔討伐のために遠征に出ていた宮廷魔法使部隊が帰還し、1人の魔法使が悲鳴を押し殺したように叫んだからだ。


「報告します!! 我々、幻魔討伐部隊は作戦中に幻魔と交戦! その途中『幻魔王』と遭遇!! やつは……あの化け物は! 私たちの前で本性を現し、目の前で幻魔を丸呑みにしました!」



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