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44.百年後(悪事の報い)



 ジェイコブ王太子は目を覚ました。

 そして、前夜の記憶がないことに気づいた。


「はて、俺はいつ寝たのだろう?」


 起きた場所はベッド。しかし見覚えがない。白いシーツを被せただけの粗末なベッドである。掛け布団も、えらく薄くて貧弱だ。


「あ、本当に、百年ぴったりで起きた」


 ジェイコブ王太子を見下ろして、見覚えのない女が言う。


「先生、第三号の患者さんが起きました」


 女の声に、白衣を着た男が近づいてきた。患者? ということは、俺は事故にでも遭って意識をなくし、この病院に運ばれたのか? それにしても、何だか安っぽい病院だ。王宮のそばには、もっと立派な病院があったはずだが……


「やあ、王太子。気分はどう?」


 やあ王太子だって? ジェイコブの頭が混乱する。ここはどこだ。シェナ王国であるはずがない。きっと外国だ。しかも王家を敬うことを知らない、非文明国に来てしまったに違いない。


「何とも言えない気分かい? きっと腹が減ったろう。それより喉が渇いたかな? 百年飲まず食わずの患者は、なんせ我々も診たことがないんでね」


 外国語ではないのに、意味がわからない。

 ジェイコブ王太子が無言でいると、


「まあ、急に食べても胃が受けつけないだろうから、お粥でも用意しよう。すぐに食べられないようなら、これを読んで。グレイスとポーラは先に起きて、もう読んだから。ちなみにこの文書を読むことは、レオ三世国王陛下の御命令だから、ゆめゆめ逆らわないように」


 あまりの無礼さに逆に怒ることもできずにいると、はい、と文書を渡された。

 表紙の真ん中に、「王太子様、婚約者の私を毒見役と交代させるとはどういうおつもりですか?」とある。


「何だこれは?」


 思わず声が裏返る。その瞬間、グーと腹が鳴った。

 医者と看護師が手を叩いて爆笑した。


 ジェイコブ王太子は無視した。そんな、無礼な医者に笑われたことよりも、「毒見役と交代」という衝撃のフレーズに心を掻き乱されていた。


(そうだ、思い出したぞ。ランはどうなった? それからコーデリアは? 結局あいつはフグ毒で死んだのか?)


 表紙をめくって文書を猛然と読む。驚きの連続。

 読み終わったとき、ようやく「元王太子」は、自分の置かれている境遇を理解した。


「……そうか。王位は、レオによって簒奪されたのか」


 現在の国王はレオ三世とか言っていた。とすると、やつの孫が、資格もないのに王の椅子に座っているらしい。


 ジェイコブはカッとなった。

 正統な王位継承者は俺だ。

 しかも、この医者の話では、父も母も百年の眠りから覚めたという。

 ならば、三人揃って国民の前に姿を現そう。そして憎むべき簒奪者の孫に、王位を返還するよう命じるのだ!


「言っとくけど」


 医者の声には、ぞっとするような冷たさがあった。


「これを読ませたのは、王太子、あんたが自分の悪事を恥じて、反省するためだから。私は悪い人間でした、これからは心を入れ替えますーーそう書いてある紙にサインしなければ、我々はどんな医療処置もしてはならないことになっている」

「ふざけるな!」


 ついにジェイコブが爆発した。


「貴様は死刑だ! 貴様の一族もだ! 俺は王位継承者だぞ!」

「落ち着けよ、王太子。それは百年前の話だ。百年のあいだに、この国がどれだけ進歩し、科学技術が発展したかを聞いたら、あんたらは何もできない過去の亡霊に過ぎないと悟るだろうよ」


 ジェイコブはベッドから立ち上がり、医者を突き飛ばした。


「ヘイ、王太子。どこへ行く?」

「外だ」

「外へ出てどうする?」

「王位の正統性を訴える。調べれば、俺が正しいことがわかるはずだ」

「まあ、一部の貴族や軍人は、あんた方を崇拝し、今日の『復活』を待ち望んでいたようだがね。でもあんた方は、このままじゃ彼らに会えないよ」


 ジェイコブは病室のドアの前で振り返った。


「どういう意味だ?」


 医者は肩をすくめた。


「百年のあいだに、この星の環境は激変したんだ。恒星から出る電磁波が強烈になってね。現代の医療処置を受けないと、大変なことになるよ。誰かと会うどころじゃない。そういう意味さ」


 ジェイコブは、医者の目をじっと見つめた。


「サインしないと処置しないんだろ?」

「ああ」

「それで、父と母はサインしたのか?」

「いや」

「なら俺の返事はこうだ」


 ジェイコブは唾を吐いた。

 医者は、ゆっくりとハンカチを出して顔を拭いた。


「グレイスとポーラは一階のホールにいる。お前も合流して行け。チャンスは与えたんだ。後悔するなよ」

「早く国外に出ることをお勧めする。死刑が執行される前に」


 病院のホールで、グレイス二世とポーラ王妃が待っていた。


「息子よ」


 グレイス二世は、険しい顔で言った。


「まだ逆転の目はある。諦めるな。我々への忠誠を失っていない人民に会いに行こう。もし軍をこっちにつけることができたら、勝利は間違いない」

「陛下。陛下を崇拝している貴族や軍人が大勢いるそうです。彼らを焚き付けましょう」

「急いでちょうだい。その人たちのところへ行けば、きっとまともな食事が食べられるわ。犬の食べるような病院食じゃなくて」


 元国王と元王妃と元王太子は、鼻息荒く病院の外に出た。


(しかしこれが……本当にシェナ王国か?)


 町のあまりの変わりように、ジェイコブは言葉を失った。建物は木からコンクリートに。人々の服装は明るい派手な色合いに。また土が剥き出しだった道路はすべて舗装され、その上を、不気味な機械が人を乗せて動いている……


「危ない。あの鉄の塊にぶつかったら、馬に蹴られたどころじゃないぞ」


 グレイス二世が言ったときだった。

 ジェイコブは、腕がかゆくなった。

 掻いた。

 皮がめくれて指に血がついた。

 はっとして腕を見る。

 腕は、真っ赤に火膨れしていた。


「熱い!」


 ジェイコブは初めて気づいた。

 ほぼ同時に、グレイスとポーラも気づいた。


「火傷よ!」


 叫んだポーラの唇は、血を吸ったヒルのように膨れ上がっていた。


「医者が言っていた電磁波とは、これか?」


 言うと同時に、グレイス二世は地面に倒れて転げ回った。


「熱い! 熱い! 全身が焼ける!」


 ジェイコブは痛みに朦朧とした頭で、必死に考えた。


(まだ間に合うか? 病院に戻って医療処置を受けたら、命は救かるか?)


 ジェイコブはよろめく足で、病院目指して進んだ。

 一歩、また一歩……

 一歩ごとに、電磁波は深く身体を刺し、細胞の中の水分を、ぶくぶくと沸騰させた。


「ああ、目が見えない。病院はどこだ? 俺は救かるのか?」


 ジェイコブは前のめりに倒れた。

 全身が焦げた。

 黒ずんだ皮膚からプスプスと煙が上がっても、元王太子の指先は、病院に向かって虫のように動いていた。


           《完》


 たくさんの応援、ありがとうございました。

 この連載を始めたら、望外なことに、他の異世界恋愛物も多く読んでもらえました。なのでこの作は、作者にとってまるで親孝行な娘のようになりました。読んでいただいた方、重ねてお礼申し上げます。本当にありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[一言] 5ちゃんねる……………? 2ちゃんねるなら、知ってるんだけど…………… そんなもん、ほっとけばいいのさ~(//∇//) 嫌なら、そいつが自分で書けばいい 他人の書いた物をコケお…
[一言] Σ( ̄□ ̄)!え、電子レンジになっちゃった? おつかれ様でした~(//∇//) 楽しかった~
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