アベスカの日常
幕間①開始です。
アベスカは今日も平和である。
魔王がアリスに代わったことにより、さらなる平和を取り戻していた。
ホムンクルスによって働き手も増えて、ようやっと城下町の外へ出ていこうという考えも生まれてきた。
人口が激減したことによって、衣食住が賄えるといっても蓄えには限度がある。
もうアベスカの人間を魔物が襲わないのであれば、外に出て土地を耕し生計を立てるべきなのだ。
もちろん、全ての魔物が襲わないわけではないので、些か不安は残る。
しかしアリスも土地を借りている以上、国民に手を出すことは許容していない。
もしも申請があるのであれば、魔族なりホムンクルスなり貸し出すつもりだった。……慈善事業ではないので、無料とは言わないが。
それでも最低限、民を守るつもりではあった。
そんなこんなで、アリスとアベスカに常駐している二人の幹部は、アベスカ国民から圧倒的な支持を得ていた。
「今日から診療再開って聞いたから予約してたのに! パラケルスス先生は!?」
「今魔王城で療養中だよ」
アベスカは今日も平和である。……一人を除いて。
パラケルススは一時的に〝出張〟していたのだが、それでも定期的に戻ってくるはずだった。
アベスカを任された以上、アフターケアをするというのも仕事の一つだ。
そう。一国を回ったら帰国し、ホムンクルスのケアや国民の治療を行うはずだった。
しかし国民が予約した日になっても、王城は開放されなかったのだ。
「療養だって……? 何かあったのかい!?」
「ああ、先日まで他国へ行ってただろう? その時に勇者とその軍に、奇襲されたみたいでね」
「奇襲だァ!? 先生を!? なんて酷いことをするんだ……」
いつまで経っても開放されないことに腹を立てた住民は、王城へとやって来て兵士に文句を言っていた。
しかしながら返ってきた答えに、男は絶望することになる。
彼は先日、腰を痛めてしまった。町医者にかかってみたのだが、それでも良くはならない。
近日中にパラケルススが診療で戻ってくると聞いて、予約を入れたのだが――結果こうだった。
「一緒に出ていた方を守るために、体を張ってだいぶ怪我をされたらしい」
「そんな……。大丈夫なのかい!?」
「アリス様が間に合わなかったら、死んでいたかも――ともっぱら噂になってるよ」
「なん……アリス様、流石だな。俺の腰なんて、パラケルスス先生に比べりゃ大したことねぇな。みんなで回復を祈ろう」
この男が酒場に行けば、あっという間にパラケルススの話題で持ち切りになるだろう。
そして時間のかからないうちに、街中に知れ渡るはずだ。
別に箝口令をしいているわけでもないし、パラケルスス側としては診療が出来ないので、知ってもらった方がありがたい。
しかしこの話題は、アベスカの民が勇者に対して――まるで魔王のような偏見を持っていく一因となるのである。
そしてそれに反比例するように、アリスの価値と好感度、忠誠心が驚くスピードで上がっていくのだ。
そんな違った意味で広がっていくのは、まだ誰も知らないことだ。
「再開が決まったら、予約者には連絡するつもりだから。腰くらいなら、ルーシー様も治してくださると思うが……聞いてみるか?」
「おぉ、良いのかい!? 休みが明けたら、畑に行きたくてよ。出来れば頼みたい」
「ちょっと聞いてくるよ」
城内、ライニールの書斎――
「パラケルスス殿が負傷、ですか」
ライニールは真面目に事務作業をしていた。そしてその横には、メイド達が用意した菓子を美味しそうに頬張るルーシー・フェルがいる。
ルーシーはパラケルススの件があって、余計にアベスカから離れられなくなっていた。
ライニールの監視もあるため、魔王城に戻る頻度も低い。
パラケルススを治療の際は、アベスカへとわざわざ来てもらっていた。瘴気が漂う魔王城の環境が、今の彼にはいい薬となり得るのだが――光属性を上手く抜き取れるのはルーシーかアリスのみ。
ルーシーがアベスカを離れられないのならば、パラケルススに来てもらうしかない。
そういう理由もあって、ルーシーが転移の魔術で送迎をしているのだ。
現在パラケルススは大方の治療を終え、魔王城にて休んでいる。
「うん! だからしばらく、魔王城でリョーヨーするって!」
「へぇー……そうなんですねぇ……」
ライニールが意味ありげな返答をすれば、ルーシーがそれに気付く。
特に「裏切らないか、注意深く見ておけ」と周りから言われているため、疑心暗鬼――ほどではないが、ルーシーはライニールをさして信用していない。
元々裏組織と繋がっていたこともあって、誰にも別け隔てなく接しているルーシーですら、彼を信頼するということは更に有り得ないことだった。
「あーしはいるからね? アリス様を裏切るような素振りがあれば……」
「そ、そそそそそんなことしませんって! 神に誓います!」
「神とかどーでもいいし。アリス様に誓えっての」
「誓います!」
アリ=マイアの言う神など、ルーシーにとってはどうでもいい存在だ。
どうせいるかも分からない神である。
それなのであれば、人々は〝アリス・ヴェル・トレラント〟という、現人神を崇め称えるべきなのだ。
――これは、幹部全員に共通する考えだ。
慈悲深く、崇高で、この世の全てを凝縮せし我らが主。
アベスカの人間は、殆ど同じような思考になっている。
……地位のある人間を除外して。
ライニールを始め、大臣や神官はアリスを許容していない。
もちろん、いつの日だかに行ったライニールの公開謝罪の日に、ベルが実力を見せつけて脅したため従っている程度だ。
しかしそれは武力で屈しただけだ。心の底から「アリスを尊敬する」と思わなければ、駄目なのである。
(でもでも、あーしにはそんな方法わかんないしぃ……)
考えるのが苦手なルーシーには難しいことだ。
だから彼女に出来る最大限のことをやるだけ。とにかくライニールを監視して、アベスカの人間と仲良くなる。
もちろん、後半においては完璧だ。既にルーシーによって、城の使用人達は懐柔されていると言っても過言ではない。
そんな中、部屋の扉がトントンと鳴る。この部屋はライニールの書斎であるため、日中やって来る人間は多い。
仕事を持ってきた大臣から、今いるルーシー、兵士団のフィリップ達などなどだ。
「入れ」
「失礼致します。ルーシー様がいらっしゃると聞きまして……」
入ってきたのは一般兵士だ。城の入り口の警備を担当しているものだった。
そして兵士が用のある相手は、ライニールではなくルーシーであった。
パラケルススと違ってこれといった仕事がないルーシー。彼女にとって人に呼ばれるということは、珍しいことだ。
たまに使用人や、世話になった一般市民がお土産を持ってくることがあるが、その程度である。
「なになに? あーしに用事?」
「はい。治癒の魔術を使用できないかと思いまして……」
「んん?」
「その、パラケルスス様の診療待ち患者がおりまして。休み明けの畑仕事をしたいとのことで、痛めている腰を治して欲しいようです」
一般市民の腰痛を治す程度、ルーシーには大したことない。
今一番辛いであろうパラケルススに代わってやれるならば、それを実行するのが当然のこと。
ルーシーはお菓子を置いて、部屋を出ていく。もちろん、ライニールに釘を差すのも忘れずに。
「おけまる! 今行くよ~。じゃあ、あーしは出掛けるね」
「はっ、はい……いってらっしゃいませ、ルーシー様」
ルーシーがヒラヒラと手を振って出ていく様を、ライニールは怯えながら見送った。
ようやっとこれで静かに事務作業が出来ると胸をなでおろす。暇な時にこうして書斎にやってくる彼女を、どうにか出来ないものかと毎度毎度考える。
しかし文句を言えば首が飛ぶかもしれない。胃痛に耐えながら、ライニールは仕事をするしかないのだ。
パラケルススが不在の中でも、こうしてアベスカは回っているのであった。
まだまだ終わらないのですが、次作のネタを考えつつあります。
次回は、前作(その悪魔は〜)寄りのサイコパス女が人を殺す話になるかもしれません。
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