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普通で平凡1

「〈統率者(リーダーシップ)〉」


 アリスはハインツのスキル、〈統率者(リーダーシップ)〉を唱えた。

エンプティの仕事によって、兵士達は数名へと減っていた。それら全てが、〈統率者(リーダーシップ)〉によって支配される。


「あれは……!? ハインツのスキルでしょう!? どうしてアリス様が!」

「分からん!」

「何故でしょう、何故でしょう……」


 アリスが幹部のスキルを使えることを知らない面々は、突然アリスがハインツのスキルを使い出したことに驚きを隠せない。

アリスによる説明を受けていない以上、彼らは混乱していたままだ。


「マイラを殺せ」


 そんな幹部をよそに、アリスは命令を下した。

アリスの命令を受ければ兵士達は、マイラへと襲いかかる。先程アリスから受けた〈闇矢(ダークアロー)〉からしっかりと回復出来ていないマイラは、それを回避する余裕など持ち合わせていない。

何と言っても仲間である兵士を殺すなどということが、彼女には出来ない。


「オォ、オお、お!」

「い、や、あぁあぁああぁあ!!!」


 それでも死は逃れたいと、必死に震える体で杖を握る。

あれだけ職人が力を発揮させた熟練者の(ロッド・オブ・)魔術杖(エキスパート)も、このときばかりは弱々しく見えた。

 殺しは出来ずとも――せめて攻撃を受けないように防御魔術だけは張ろうと、杖を動かした。


「おっと、抵抗されるのは困るな」


 しかしそれですら、簡単にアリスに阻まれてしまう。

アリスが指を動かせば、マイラの杖が浮いて彼女の手の中からするりと抜け出ていく。

杖は空中でとどまり、目標を定めて勢いよく落下した。


「くっ……え、? ――う゛ァ゛っ、」


 そしてその杖はドスン、という音とともに着地する。

ただしその杖は、マイラの体を貫いていた。


 杖は胸を貫き、背中に抜けて、地面へと刺さっていた。

杖によってマイラの体は固定され、体を動かして逃げることすら不可能になった。

体の中から上がってきた血液が、口から大量に吐き出される。

 そしてそんなマイラのもとに、慈悲も遠慮もためらいもない兵士達が突撃してくる。

剣士の剣が彼女を突き刺し、弓士の矢がマイラを無情にも射抜く。魔術師の攻撃を彼女が避けきれるはずもなく、まるでただの的のようにそれらが被弾していく。


 兵士達は今までの戦闘での疲労疲弊と、アリスの〈統率者(リーダーシップ)〉によって肉体にダメージを負っていた。

攻撃を繰り出し終えると、すぐにそこで事切れてしまった。


「が、っは……」

「――お前は」

「う、ぐ……」


 マイラの意識は既に朦朧としていて、アリスの言っていることが理解出来ない。

アリスもそれは分かっていた。だからこれはただの独り言に過ぎない。


「お前は、私の子供達を危険に晒した。私の不手際なのは分かっているが、それでも許せない。私の、私の大切な子供達を、虫けらのように扱った」

「なに……が」


 何を言っているのか、さっぱり分からないマイラ。

そもそも魔王の言うことなんて、理解するに値しない。

だがそんなこと、アリスにはどうだって良い。これは言い訳で、独り言、決意。

 この場にいる幹部に言うように、自分に言い聞かせるように。今後このようなことがないようにと、彼女の強い気持ちを伝える。


「あの可愛いパラケルススをこれ程までに傷つけて、あの可愛いユータリスを心までいたぶった。許せない」

「ばげ、()、の……」

「好きに言え。どうせお前は死ぬ。あの世で仲間を待つんだな」






「アリス様! 先程のスキルは……」

「あれ? 言ってなかったっけ? 幹部みんなのスキルを使えるんだよ〜」

「そうなのですね……!」

「ただそのせいで、私の固有スキルは無いんだけどね」

「チッ、ケチ臭いんですね、その神とやらは!」


 ――マイラ・コンテスティは死んだ。

残っていた兵士達も全て狩り殺した。この森にいるのは、動物か魔物くらいだ。

とはいえ長時間の激しい戦闘で、それらも今はどこかに逃げているか、巻き込まれて死んでいるかのどちらかだろう。

 どちらにせよこの森には、アリスに対する敵対勢力は存在しないということ。

 四人は後始末のために、まだ森に残っていた。


 そしてそんな中、幹部から出てきた質問は、先程のスキルに関してだった。

アリスもいずれ言おうと思っていた〝己の仕様〟を、今の今まで言いそびれていたのだ。


「でも何故、それならばわたくし達をお作りになったのでしょう……?」


 三者三様の反応を見せる中、エキドナがそんな思いを零した。

全員のスキルを使えるほどなのであれば、別段仲間など必要が無かったはず。それらのスキルだけを所持して、一人でこの世界を制圧することも可能だっただろう。


「言ったでしょ。私は人間だった。普通で平凡で尋常な。エンプティみたいに纏めてくれる才はないし、ハインツみたいに軍を仕切れない。パラケルススみたいに錬金術なんて分からないし、ルーシーみたいに魔術も得意じゃない……沢山知ってるけどね。ベルみたいに暗殺できないし武器にも詳しくない。エキドナみたいな守ってくれる人が欲しかったし……」


 ポツポツとアリスは〝言い訳〟していく。三人はそれに何も言わず、ただ静かに聞いていた。

 この世界にやってきて、アリスの実力は何度も目にしている。だからアリスが己の頂点に立つべき圧倒的存在であると、よく理解していた。

ゆえにアリスからそういう言葉を聞けるのは、珍しいことでもあるし――何よりも、それだけ幹部を評価してくれているのだと分かれば、彼らも感動する。


「なにより、ひとりじゃ嫌だったんだ――わがままだよ」

「……アリス様……」

「…………」


 えへへ、と恥ずかしそうに笑うアリス。

幹部達が言えることなど何もない。アリスの寂しさを自身で埋められるのであれば、それこそ喜ばしいことだろう。

 至高なる魔王のアリスが、自身を必要としているという事実。

それは彼らに強い忠誠心を与えるには十分であった。元々忠誠心は高かったが、それを更に堅くするほどには。


「だからさ、皆は私を置いていかないでね。いつかは行っちゃうんだろうけど、それは勇者を殺した後にして欲しいな」

「い、いいえ! 我々はずっとお傍にいます!」

「ええ! ええ! 私、ハインツも恐れながらそばで、お手伝いさせていただきます!」

「わたくしも、お付き合いさせていただきたく、いただきたく……」


 アリスが幹部の設定をしたが、設定までだ。

この世界で動いているのは、後は生み出された彼らの考え、意思。思考の隅々まで管理しているわけではないため、いずれはアリスの元を去ることだってあるだろう。

 アリスからすれば、子供達が巣立つようなもの。それは素晴らしいことでもあるし、敵対さえしなければ喜ばしいことだ。

だからそれ自体は否定しない。

 しかしながら、アリスには勇者殺害という大きな目的が存在する。

だからもしも彼らがアリスの元を去るのであれば、その目的を達成した後であって欲しい。そう願っていた。


 そんなアリスの考えとは別に、幹部達はアリスの元を去る気など、さらさらない。

自分の活動が停止するその瞬間まで、アリスへの厚い忠義を捨てず、己の命を犠牲にしてまでアリスの側に添い遂げる気持ちがあった。

 たとえそこが地獄の果てであったとしても、喜んでついていけるほどの忠誠心があるのだ。

 そしてそれは、今回のパラケルスス負傷によるアリスの対処で、更に跳ね上がった。

元々幹部全員を大好きだと言っているアリスを知っていたが、それが負傷した際にあれだけ怒りを顕にした。

自分達が忠義を尽くしている存在が、それだけ応えてくれるのだと知れば――より一層彼女に尽くしたいと思うのは、当然のことだろう。


「さてと、せっかくだから目立つようにしとこっか」

「どうされるおつもりですか?」

「んふふ、見てなさい」


 アリスが両手を広げると、膨大な量の魔術陣が現れる。

エンプティがその強大な力に興奮し、ハインツが見知らぬ魔術に感動して、エキドナがもしも戦闘になった場合防ぎきれるかとオロオロしている。

 その様子にアリスはクスリと笑いながら、魔術を発動した。


「そうだな、せっかく余裕もあるし。たまには詠唱でもしてあげよーう」


 すう、と息を吸い込むと、アリスは脳裏にハッキリと浮かんでいる長ったらしい詠唱を唱え始めた。


「……花よ、木よ、生きとし生ける全てのものよ。その生命を母なる大地へと還さん。

世界に光が包まれようとも、世界が闇に覆われようとも、全ては土へと還りぬ――〈破壊者の大地(ラヴェッジ・アース)〉」


 魔術陣が爆発するように光る。光は一気に広がって、辺り一帯の木々を巻き込み、鳥や花、草、全てを包み込んでいく。

これだけを見ればなんと美しい光景だろうか。

 しかし幹部達は、激しい光の中で起きている全てが見えていた。

 触れた場所が一瞬にして土になっていくところを。逃げることなど許されず、何もかもを飲み込んで行くさまを。そしてその光は留まるところを知らず、数メートル数百メートルと距離を伸ばしていくこと。


 暫くして、発光を終える。

昼間だというのにそれをさらに強調する、まばゆいばかりの光は失われた。

 そして残されたのはただの大地。辺り一帯の大量にあった木々もなく、ただ広々とした大地があるだけだった。

その真ん中にポツンと、マイラと兵士が残っている。


「アリス様、これは……?」

「よく見えるでしょ。宣戦布告ってとこかな」

「まあ、素晴らしいですわ!」

「そ、それにしても、先程の魔術は……? 我々には被害が無かったようですが……。アリス様が知らない間に、守ってくださったのでしょうか、でしょうか……」

「あぁ、あれね」


 〈破壊者の大地(ラヴェッジ・アース)〉は、魔術の中でも最高ランクのXランクに属する魔術だ。

長ったらしい詠唱が必要となる強大な魔術だが、アリスはそれすら行わない。今回ばかりはたまたま気分が乗ったので、詠唱を使っただけだ。

 効果は単純。生命を全て土に還す。

死んでいるものには適応されないため、マイラ達の死体が残っているのだ。

ではハインツやエンプティ達は生命では無いのか。草や木々、小さく儚い蝶ですら土となったというのに。


 それはこの〈破壊者の大地(ラヴェッジ・アース)〉の対象が199レベル以下であることが関係する。

つまり200レベルである異常者――例外である彼らは、その効果を受け付けない。

だからある意味〝バグ〟を利用したようなもの。

 違反と捉えるかはそのもの次第だが、今回においては雑兵の殲滅ではなく〝見栄え〟だ。

マイラの死体が目立つよう、ただ周りの風景を変えたに過ぎない。


「アベスカに送った二人が心配だ。戻ろっか」

「えぇ、アリス様の国へ」

「はい!」

「そうですわね、そうですわね……」

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― 新着の感想 ―
残した五人を攻撃し合わせて回復させて魔力が尽きてそれすらできなくなったら殺すとか、そういう遊びを入れるかと思ったけど意外と素直だった
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